第二十六話 『挟撃』 9. 挟撃
プログラムの脅威が去ったメガルのブリーフィング・ルームで、怒りに打ち震える桐生三兄弟と睨み合う桔平や木場の姿があった。
あきれ顔の夕季と、それぞれ複雑そうな表情の光輔、礼也、鳳、朴らの姿も。
「だからバレるって言ったじゃない」
拳を振り下ろして詰め寄る夕季の前で、鳳と朴が、いや~、と顔を見合わせる。
「いや、朴がよ、大丈夫だって言うからな」
「ひどいね、鳳さん。おもしろそうだからぜひやろうって言ったのは鳳さんだよ」
「そんなこと言ってねえだろが。俺は夕季がどういうリアクションとるのかがおもしろそうだなって言っただけだ。奴らへなちょんぱだからバレっこねえって言ったのは、柊だぞ」
「ちょっと待て」たまらず桔平が首を突っ込む。「なんで俺の名前が出てくる。俺は夕季があたふたするのがおもしろいぜって言っただけだ。鼻の穴おっぴろげてやりたいやりたいっつってたのは、朴さん、あんただろうが」
「ちょっと待ってよ。僕はただ夕季ちゃんの困った顔が見たかっただけだよ。ド変態だからね」
「いい加減にして!」当然夕季が爆発した。「何考えてるの、みんな! 非常識だよ!」
「いや、そこまで怒んなくても。非常識っておまえ……」
「ちょっと怒りすぎだろ。な、朴」
「いや、むしろもっと怒ってほしいね。ド変態だし」
「貴様ら、いい加減にしろ!」
「木場、マジ怒りだな……」
「本当に冗談通じねえな……」
「ゴリちゃんに怒られても嬉しくもなんともないね」
「誰がゴリちゃんだ!」
「こんなの、前にもどっかで見たような……」
「またこのパターンかって……」
卑屈な笑みを浮かべる光輔の隣で、礼也が辟易しながら顔をそむけた。
「だいたいだな、礼也のせいだぞ」
「はあ!」鳳のトホホなフリに礼也が凶悪なまなざしを差し向ける。「どういうこった、そりゃ!」
「おまえの言葉遣いが変ちくだからバレたんだぞ。わかってんのか」
「俺のどこが駄目だっつんだ。夕季のドンビキな動きに百パー連動してたじゃねえか」
「うるさい! 礼也!」
「それはもう完璧なアテレコだったって」
「ほら、その言い方だ、おまえ。そんなガキみたいな言葉遣い、あいつらがするか」
「はあ! そういうオッサンだって、えれえ噛んでたじゃねえか。何が、逃げなくてもいいんではないかと思った、だ。んな棒みてえなこと言うか、あのでかぶつ達が」
「貴様こそ、何が、なんだかいけそうな気がする~、だ。そんなへなちょんぱなこと、あのカタブツどもが言うはずねえだろ」
「んだと! んなことだから、こんなパターンの時くらいしか出番がなくなってんだろうが!」
「てめえ、気にしていることを!」
「二人ともやめなよ。みっともないね」
やれやれという顔で間に入った朴を、二人が同時に睨みつける。
「おまえが一番ひどかったじゃねえか! もう少しやらせてほしいね、って、明らかにおまえしかいないだろ!」
「そうだって。何が、わかってるよ、だ。おネエか!」
「ひどいね、二人とも訴えるよ!」
「てめーら、一発ずつ殴らせろ!」
「なんだ、礼也、その言い草は!」
「礼ちゃん、僕の分は鳳さん殴って。悪いのは鳳さんだから」
「てめえ、朴、仲間を売る気か!」
「やめなよ、本当にみっともないから」夕季が悲しそうに三人を眺める。「大人げなさすぎて、見ている方が恥ずかしいよ」
「いや、てめえ、そういう言い方はやめろって……」
「せつないぞ、夕季……」
「もっと言ってほしいね、むしろ」
ははは、と卑屈な笑みを浮かべる光輔を、夕季が横目で見た。
「俺も、ひどかったよね。一皮向けそうな気がして仕方がないんだけど、とか言っちゃったし」
「すぐに光輔だってわかった」
「え? マジで?」
「うん」真顔で夕季が頷く。「一瞬、どうしようかと思った」
「ゴメン」
「……別にいいけど。一生懸命にやってたのは伝わってきたから……」
「あ、そう……」
「貴様達、いい加減にしろ!」
すっかり調子を崩された桐生三兄弟が茶番劇を睨みつける。
それに気づいた桔平と木場が、改めて三兄弟と向かい合った。
「これは重大な命令違反だ」首を押さえ顔をゆがめる綱澄を横目に、藤鋼が仏頂面を桔平らに叩きつけた。「結果がよければそれでいいという問題ではない。民間人とは言え、処罰は覚悟しておくんだな。罷免されたとしても、もう今後竜王に近づくことすらかなわなくなるだろう」
「んだと!」
「やめろ、礼也」
怒りの矛先は瞬時に桔平へと振りかえられた。
「だいたいよ、夕季の奴があの毛ボクロのオッサン、ノシちまうからいけねえんだろうが」
むぐ、と夕季が顎を引く。
怪訝そうに眉間に皺を寄せる藤鋼と剛力の間で、綱澄の顔が真っ赤に炎上した。
タイミングをはかったように、キッと礼也が綱澄に振り返る。
「空気も読まねえで出撃寸前にリベンジかましといて、んで、あんなちんちくにあっさり返り討ちにあって、マジで恥ずかしいな、あんたも!」
礼也に思い切り指差され、綱澄が真っ赤な顔に沸騰した血管を浮き上がらせて歯噛みする。
それを気の毒そうに眺め、腕組みの鳳が目を閉じながらうんうんと頷いてみせた。
「そりゃ、同じ相手に二度続けて敗れたら、言い訳もできんだろうな」
「しかも可憐な女子高生にだからね」
「いや、ちっとも可憐じゃねえって、朴さん。ちんちくだって。なあ」
「うるさい! 黙れ、礼也!」
「はあ! ちんちくはちんちくだろうが! てめえ、何様だ!」
「うるさい!」
「てめーがうるせえ!」
「死ねば!」
「はあ! 死ねばあ! ぜってえ死なねえ!」
「寿命がきても!」
「なんとかする!」
「バカなの!」
「ああっ!」
乱暴な口調でぐいぐい礼也に迫る夕季の姿を目の当りにして、桐生三兄弟が困惑の表情をみせる。
それに気がつき、夕季が泣きそうな顔でうつむいた。
やれやれという様子で桔平がため息をもらす。
「カタをつけてすっきりしてからミッションにかかろうとでも思ったんだろうが、相手が悪かったな。こいつのこと知ってるここの連中は誰も手を出さんくらいだ。無論、この俺もだ。なあ」
「……うるさいです」
「とにかく、プログラムの発動中にオビィが気ぃ失ってちゃ、大問題だからな。シャレにならねえだろ、あんたらにしても」
「そんなつもりはなかった。ちょっと注意しようと思っただけだったのだが……」夕季より二まわりも大きなレスラー体型のナイスガイ、綱澄が悔しそうに唇を噛みしめる。「……この娘があまりにも俺のことをバカにするから……」
「バカになんてしてない!」
「いや、したぞ! した! ホクロの毛がまた生えてきやがったのか、とか言っただろ」
「言ってない!」
「言ったぞ!」
「そんなふうに言ってない。せっかく綺麗に抜いたのにまた生えてきたんですか、って言っただけ」
「ほらみろ。言っただろうが!」
「言ったけど! でも、そっちだって、いい気になるなとか、ムカつくこと言うから!」
「だからといって、言っていいことと悪いことがあるだろう。人が気にしていることをわざわざ!」
「……。ひどいこと言ってごめんなさい」
「いや、そんなふうに素直に謝られると、かえって心が引き裂かれそうだ……」
「それで俺達が一肌脱ごうってことになったわけだ」
綱澄の声にかぶせるしたり顔の桔平を、光輔が遠いまなざしで見つめた。
「すごく嬉しそうだったす……」
キッ、と光輔を睨みつける桔平。
「だから俺はクチベタの夕季が困るとかわいそうだから、みんなでアテレコしたらどうだって、提案したんだろうが」
「……そうすね」
「ちょうど朴さんが変な装置発明したって言うから、これまたグッドタイミングだってことでな」
「三バカ兄弟専用音声変換装置ね。ちょうどじゃなくって、いつかこんなふうにハメてやろうと思って、急いで作ったの。仕事そっちのけで」
「あ、ひょっとしてあのわけわかんねえ見積もり、これのためか」
「あいや~、バ~レ~た~ね~」
「てめえ!」
「最初からそのつもりだったんでしょう!」夕季が二人の間に割って入った。「あたしのことをからかって楽しむつもりだったんだ。ひどいよ!」
睨みつける夕季をにんまりといなす邪悪な笑み。
「そこのケボクロ思わずガッツリ締め落としちまって、真っ青な顔して、どうしよう、ってオロオロしてたのはどこのどいつだったっけな~?」
「それは……」
「おまえもクチパクだけならって、安心したような顔してただろうが」
「それは責任を感じて……」
「うまいこと考えやがったな、柊も」
「よしきた、って思ったね」
「ま、どのみち三バカの誰か一人は捕獲するつもりだったからちょうどよかったな、柊」
にやにや笑いながら鳳がそう言うと、他の二人もにやにやと嬉しそうに振り返った。
「おお。手間がはぶけたぜ」
「タナボタだったね」
「やっぱりそうだったんだ! 最低だよ! もう顔も見たくない!」
「心が引き裂かれそうだな」
「せめて顔は見てくれねえかな」
「僕らは悪口言われる時は顔を見つめながら言ってほしい派だからね」
「俺だったらアテレコいらずだったがよ」
礼也のドヤ顔に、桔平が腕組みしながら、あきれたように苦言をていする。
「てめえにゃ無理だ」
「んだ! カラオケで歌いながら踊るくれえのモンだろが、んなモン」
「ふざけんな、バカヤロー!」
「はあ!」
「踊りながら歌うのがどれだけ難しいのか知らねえだろ。昔、ブレイクダンス踊りながら歌おうとしたアイドルが、どんだけ悲惨な目にあったかわかってんのか。ま、あれはもともと歌の方もアレだったがな」
「知らねえよ!」
「竜王の中で三バカになりきって演技するのなんぞとは、わけが違うぞ」
「いや、できるって。俺なら竜王の中で三バカのマネしながら、さらに歌って踊れる自信がある」
「無理だ」
「できるって! 」
「なんか、違う話になってるよね」
光輔が卑屈な笑みを夕季に向ける。
それに対する夕季の反応は、当然への字口だった。
「おまえには無理だ。俺なら別だがな。俺はカラオケで○○ちゃんの歌をフリつきで歌える派だ。ほれ、こんな感じだ。しゅしゅっと」
「こうかよ。簡単じゃねえか」
「バカ、違う。シャワー、のとこの足はこうだ」
「こうだろ。できてんじゃねえか。シャワー、だ」
「違ってんだろ。こうだ。スパッ、スパッと」
「カクカクしてるだけじゃねーか!」
「な、夕季、キレが違うだろ」
「みやちゃんがメンドくさいからやめてほしいって言ってた」
「何!」
「ざけんな、てめえが○○ちゃんのこと好きなんじゃねえか」
「好きで悪いか! 歌って踊る派にとって、○○ちゃんはカリスマみたいなモンだ。そんなこと言ってるような奴は、○ッちゃんでも歌ってろ」
「誰だ、○ッちゃんって!」
「あれだろ、柊」鳳が余計な口をはさもうとする。「タマキ……」
「○ノキン・トリオだからな、わかってるとは思うが!」
「もう一人はノッチだったよな?」
「わかって言ってんだろ、あんた! どうせ!」
「ん? じゃ、キンって誰だ。やっぱキンタ……」
「そんな苗字の日本人見たことねーだろ! 今まで!」
まったくもう、と、桔平が腕組みをして二人を見下ろす。
「できねえ奴に限ってすぐ大口たたきやがる」
「はあ! ふざけんなって!」心無い桔平の一言に、礼也のプライドが燃え上がった。「俺こそ歌って踊れる本当のオトヒメだって!」
「ウタヒメだろ。間違えんな……」
「そうだがよ!」
「貴様達、いい加減にしろ!」
「んだあ!」
藤鋼のいかずちにいきり立つ礼也を、片手で制する桔平。
「ナメているのか、貴様達は。さっきから黙って聞いていれば、三バカとは我々のことか!」
「いや、そうは言ってねえじゃねえか」
「いや、そうじゃねえんかよ」
「いや、礼也、そこは○とか入れて伏字みたいにはぐらかしといた方が」
「メンドくせえな。でもよ、すっとわかるってこた、やっぱ自覚あんだろうな」
「今までさんざん言われてきてたんだろうな」
「あ、やっぱな」
「さっきから貴様達二人が我々を指さして言っていたのだろうが!」
「あらまあ……」
「……だって」
「貴様ら!」
「おふざけはここまでだ」桔平が表情を改める。「おし、解散だ、みんな」
「待て、柊!」
「おし、散れ、散れ」
「……」
木場を残し、他の全員を部屋から出した後で、藤鋼から目をそむけることなく、いつになく真面目な口調で桔平がそれを切り出した。
「俺は、何かと俺を目の敵にするあんたらが昔から大嫌いだったが、認めてはいた。何故ならあんたらは結果を残す者はしっかり認め、そしてベストを尽くした者の失敗を決して責め立てたりはしなかったからだ。だが、それがなくなった今、あんたらとうまくやっていく必要はなくなった。今回はどっちもどっちだ。俺の権限で不問にする。それでもあんたらが我を通そうって言うのなら、こっちも容赦しない。次にもし奴らよりも結果を残せなかったら、俺が完膚なきまでに叩き潰す。覚えておけ」
「何!」
「俺もだ」綱澄の勢いを木場が眼光で叩き落した。「覚えておけ」
「あ~あ。俺一人でも厄介なのに、えれえの敵にまわしちまったな。あんたら、三人がかりでもこの男にゃかなわなかったんだろ? まあ昔の話だからな」桔平が意地悪そうににやりと笑う。「今なら瞬殺されちまうんじゃねえのか」
ぐむむむ、と奥歯を噛みしめる三兄弟に向け、再び桔平が真顔になった。
「どのみちあんたらじゃ、あいつらには勝てねえよ」
「何だと。聞き捨てならんぞ柊。ことと次第によっては許さんぞ」
一歩前へ出た剛力を値踏みするように眺める。
「同じ心が三つあるだけじゃ駄目だ。結局一つでしかない。別々の心が一つに結びつくから、奴らはあんたらの三倍強いんだ」
「どういう計算だ、それは!」
「計算以前の問題だ。あんたらには互いを信頼する気持ちが足りねえ」
桐生三兄弟が信じられないといった顔を揃ってしてみせる。
不快さを前面に押し出し、藤鋼が兄弟を代表して口を開いた。
「馬鹿な。我々の信頼が足りないだと。我々ほど互いを理解し合っているチームは全部隊中探しても見つからんぞ。感応能力もしかりだ。現にデータでもそれが立証され、こうして……」
「だったら単純にあんたらよりあいつらの方が上だってことだろ」
「でたらめ言うな。貴様、何を根拠に」
「そんなもんねえよ。俺がはっきりわかっているのは、所詮あんたらにはデータではじき出せる程度の可能性しかなかったってことだ」
「……。彼らにはそれ以上のものがあるとでも言うのか」
「見てりゃわかるだろ」
「……」まるで相手にされていないことを知り、藤鋼が言葉を失う。「とにかく許可もなく貴様達が独断行為を強行したのは紛れもない事実だ。それだけは覚悟……」
「許可なら出ています」
部屋の外から聞こえてくるその声に、全員が一斉に顔を向けた。