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第二十六話 『挟撃』 8. 違和感

 


 白銀の戦士と化した空竜王が黒き四足インプを次々と駆逐していく。

 そこにい合わせた輩は、ただその勇姿に心を奪われるばかりだった。

 桐生兄弟達とは違い、メック・トルーパーの面々はそれを当然だと言わんばかりの顔つきで。

「よし、よくやった」司令室特設スペースで小躍りしながら桔平がマイクスタンドを握りしめる。「すぐにあとの二人も行かせる。それまで何とか一人でふんばってくれ」

『了解』

 桔平からの指示を受け、空竜王のコクピット内で、操縦者が重く頑丈そうなヘルメットを脱ぐ。

 中から現れたのは疲れた表情の夕季だった。

『苦しい……』

「我慢しろ。またジャンジャン亭連れてってやるから」

『……了解』

 桔平の指示により空竜王の中が夕季にかわっていたことは、メックの隊員達にはあらかじめ知らせてあった。

 知らなかったのは桐生藤鋼と剛力の二人だけだったのである。

「光輔、礼也」再びマイクを引き寄せる。ディスプレイには特殊車両に待機させていた二人の顔が見えた。「すぐに他の奴らも引きずり出す。早くかわれ」

『はい』

『わかってるって。肉、忘れんな』

「俺に言うな。木場に言え」

『何故俺だ!』

 三体の竜王がインプの群を瞬く間に蹴散らしていく。

 その圧倒的なパフォーマンスを目の当りにし、藤鋼と剛力は絶句せざるをえなかった。

 大音響の雄叫びに振り返る光輔ら三人。

 山を縦に割り、中から体長百メートルはあろうかという四足インプが出現していた。

「おい、ありゃ……」

 あまりの巨大さに礼也が言葉を失う。

 横に並んだ光輔が唾を飲み込み、それを受けた。

「……ヤバいかもね」

「やるしかない」

 夕季の声に二人が空を見上げる。

 暗い夜空を、月明かりに照らされた空竜王が突き抜けていくところだった。

「みやちゃんがいなくても、私達でできることをするしかない」

 ケルベロスの頭頂にブレードを突き立てようとして、空竜王が強靭な前足にはらわれる。

 礼也が眉間にぐぐっと力を込めた

「それっかねえな」

『よし、やろう』海竜王の両眼が鈍い光を放つ。その直後だった。『……礼也』

「ん? なんだ、光す……」すぐに礼也もそれに気がついたようだった。「集束できる、のか……」

『みやちゃんがいる』

 二人の前に降り立つ夕季。

 それですべてが決した。

「うっし、いくぞ!」

『おっけー』

『了解』

 ガーディアン、グランド・コンクエスタと巨大ケルベロスが、黒い山々を挟んで対峙する。

 闇に同化するケルベロスの巨体は判別しづらかったが、黒豹を百メートルサイズに換算したとも思える巨躯は、四足状態の体高だけでガーディアンに相当するものだった。

 鋭い牙と鎌のような爪、そしてミニサイズ同様赤く光る三つ目が、この世のいかなる生物とも理を分かつものだった。

「雅」

 横並びのコクピットから呼びかける礼也に、雅からの声は返らない。

 それを疲労のせいと理解し、礼也を見据え夕季が頷く。

 礼也も舌打ちしてそれを受け入れた。

「しゃあねえ、一瞬でカタつけてやるか。……うわ!」

 言い終える間もなくケルベロスの先制攻撃を受ける。

 斜め上段から振り下ろされた漆黒の塊が、月から反射する光を伴って通り抜けていった。

 その一瞬後、反射的に退いたガーディアンの胸元がザックリと抉り取られていた。

「……こりゃ」

「速い」

 溜飲の礼也を差し置き、夕季がぐっと眉間に力を込める。

 その反対側で光輔が同じ表情をしてみせた。

「でもって、強い……」

 顎の下の汗を礼也が拭う。

「久々のパワー系だな」

「礼也、あたしにやらせて。タイプ・スリーなら速さで上まわれる」

 振り向く夕季に、礼也が向き合った。

「いや、スピード自体はなんとかなる。問題はパワーの方だ。エア・タイプじゃ力負けするとつらい」

「でも」

「雅が万全じゃねえんだ。こらえろ」

「……」

 殺し文句に押し止められ、夕季が身を引く。

 二人の合間を縫うように光輔が参入してきた。

「ポジション・チェンジしよう」

 顔を向ける二人に光輔が続けて言う。

「今の方がダメージは少ないかもしれないけど、それだと長引くかもしれない。夕季の依存度を高めてスピードを保持しつつ、一撃で葬り去るグランド・タイプの攻撃力を活かそう」

「それっかねえか」

 礼也の隣で夕季も頷く。

「うしゃ! チェンジだ!」

 夕季と光輔のポジションが入れ替わる。

 するとガーディアンの装飾部分の色彩が反転した。

 先よりも鮮やかに光り輝き、決着のために両足で大地をがっしりとつかむ。

 遠方へと駆け抜け、山あいを削り取りながら猛スピードで突進してくるケルベロスの影。

「臥竜偃月刀!」

 空竜王依存の武器である長刀を展開する礼也。右中段にかまえ、両足で大地に根を張った。

 赤い三つ目が妖しげに光り、牙を並べたケルベロスの口腔がガバッとガーディアンをロックオンする。前足から長く伸びる三本の鎌は地に突き立てるだけのものではないと、容易にうかがい知ることができた。

 飛びかかるケルベロスを斬りつけようと直後にはらった切っ先は、その真下をくぐるだけだった。

「ぐあっ!」

「うおっ!」

 衝撃を受け、ガーディアンが後退する。

 肩口にはたった今刻まれたばかりの、深く真新しい傷跡が噴煙を上げていた。

「くっ!」

 振り返る夕季。

 数キロメートル先で穿った大地をブレーキがわりとし、ケルベロスが強引に反転する。そのままスピードを殺すことなく、すぐさま三度目の攻撃態勢へと移行した。

 どうやらこの魔獣は一撃離脱を繰り返す戦法を得意とするようだった。

「くそ、やっぱつかまんねえか……」額にあぶら汗を浮かべ、ギリと歯噛みする礼也。「同じモーションから全然ベッコの攻撃してきやがる。せめてどっちがくるかわかれば」

「チェンジアップみたいなもんかな」蒼白の光輔が焦った顔で振り返った。「まったく同じフォームでスピード変えて投げられたら、思わずバット振っちゃうもんな」

「おお、あと同じモーションからのミドルからハイとかよ。おまけでフェイント入れられたらたまったモンじゃねえ」

「あとさ、思い切り振り抜いてのループシュートとか……」

「二人ともいい加減にして! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

 夕季に叱責され、二人がやや反省する。

「さっきまでのパターンを逆算してみる」

 真顔のまま、まばたきもせずにケルベロスの突進を凝視していた夕季の発言に、お手上げ状態の二人が注目した。

「……わかんのか」

「わかる」

「さすが、夕季」

「……かもしれない」

「……」

「……」

 次に来るのが牙か鎌爪かで対応が変わる。

 一度目は鎌。つい先の攻撃は牙だった。

 迫りくる脅威にジリジリと脳を焼かれ、礼也の忍耐が限界を超えようとしていた。

「おい、夕季」

「もう少し」

「……」

 一秒の千分の一、一万分の一、それ以上に記憶を分割し、静止画に起こした映像を夕季が逆算していく。

 間近までケルベロスを引きつけ、その滲みほどの微量の誤差に気がつき、夕季がぐっと眉間に力を込めた。

「牙のタイミングじゃない」

「うし!」

 ケルベロスの飛びかかるタイミングに合わせ、礼也が一歩だけ退く。

 それが必殺の間合いだった。

 ググッと伸びて懐に入り込むケルベロスの右前足。鎌の長さを計算した分を含め、体一つ分下がって、半身の体勢から長刀を振り上げた。

 ザクッ、と嫌な感触を脳裏に刻み、黒い体液を撒き散らしながらケルベロスの前足が月明かりに映し出される。

 尋常ならざる勢いと、前足を一本失ったバランス制御に、体勢をコントロールできず、レースカーがスピンするがごとくにケルベロスが転がり込んでいく。山腹に巨体を激しく打ちつけ、崩れた山肌もろとも粉塵にまみれて一連の流れから放り出された。

 次に立ち上がるまでの時間を礼也達にもたらしながら。

「弾劾蒙衝打!」

 反応なし。

「ち、出ねえか! 方天戟!」

 叫ぶや、ケルベロス目がけて猛突進を開始するガーディアン。

 顔を向けた黒獣を翻弄するように、月明かりを背にした大巨人が空高くジャンプした。

 かまえに入り飛びかかろうとするケルベロスに隙を与えず、ガーディアンが組み合わせた拳を激しくその頭部へと叩きつける。

 エネルギーを集積した両拳の塊は大量の爆薬にも等しく、それをまともにくらい、ケルベロスの頭部は微塵に粉砕されていった。

 尻尾の先まで一直線に突き抜ける残光がケルベロスを跡形もなく吹き飛ばし、すべてが決着した。

「……終わった」

 最初に口を開いたのは光輔だった。

 シートの背もたれにどっかと身体をうずめ、天を仰ぐ。

 少し遅れて、夕季が深く長い息を鼻から噴き出した。

 同様に礼也も口から大量の吐息を排出する。感応スティックを握り込む両拳は汗まみれだった。

「なんか変な感じだったな」

 光輔の声に二人が顔を向ける。

 すると光輔は体裁が悪そうに笑ってみせた。

 二人が黙ってそれを眺める。

 光輔が何を言おうとしているのか、わかっていたからだった。

「いつもと違っていたような……」




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