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第二十六話 『挟撃』 7. ケルベロス発動

 


 市境の山の麓に三体の竜王が降り立った。

 プログラム・ケルベロスの発動を一時間後に控え、予測地点の近くで砦となる場所に陣取ったのである。

 慌しく体勢を整えるメック・トルーパー達の後方で、トレーラーから降りた保護具付きの機体がのっそりと歩き出す。

 搭乗者は、無論桐生三兄弟だった。

「剛力、綱澄」海竜王のコクピットの中で、ゴーグルシステムを装着した藤鋼が他の二人へ呼びかける。「わかっているだろうが、無茶は禁物だ。今回の目的はあえて危険な緊迫下の状況に身を置き、ドラグ・カイザーの力の解放を促すことにある。まず初動の相手戦力を見極め、我々の手に余るものならば速やかに退却する」

『幻獣の類であればいいのだがな』

「いや、剛力、そちらの方がかえってやっかいかもしれんぞ」

『それもそうか』

『メックと歩調を合わせるのだな』

 綱澄の確認に藤鋼が目を向ける。

「彼らの優先任務は危険区域からの我々の離脱だ。歩調を合わせる必要はない。そう指示したのは貴様ではないのか」

『……いや、そうだが』

 空竜王のコクピットの中、綱澄がわずかに顎を引く。

 専用ウェアにシステムを組み込んだ巨大なヘルメットを装着していたため表情は読み取れなかったが、いつもとはどこか違う反応をみせた綱澄に藤鋼が引っかかった。

『インプ程度なら俺達でも対応できそうじゃないか。何も逃げなくてもいいんではないかと思っただけだ』

『綱澄』

『は』

『どうした、貴様。何か変だぞ』

『……』

 剛力に問われ、綱澄が戸惑いをみせる。

 やがてやや言いづらそうに綱澄が口を開いた。

『もう少しで感じがつかめそう、なのだ』

『何!』

 それに反応したのはむしろ藤鋼の方だった。

「どういうことだ、綱澄」

『……いや』うん、と頷く。『うまく説明できんが、何だか今日は違う気がするのだ。なんというか、一皮向けそうな気がして仕方がないのだけれど』

『……解放できそうだと言うのか』

『う、……ああ』

「本当なのか、綱澄」

『……』

「綱澄!」

『……。……。本当だって!』

「!」

『いや、本当にそんな気がする。なんだかいけそうな気がする』

「……」

 藤鋼がふうむと顎に手を当てる。難しそうな顔でしばらく考え込んだ後、厳しい様子で綱澄に目を向けた。

「よし、わかった。ぎりぎりまで我慢しよう。メック・トルーパーの護衛は貴様を優先させる」

『俺にメックを守れってことか』

「そうではない。奴らが貴様を守るのだ。命を賭してでも我らを守るのが彼らの使命だ。もし解放ができるというのならば、それを最優先とする。彼らにもそう伝えよう」

『いや、それではメックが危ないだろうが』

「それが彼らの使命だ。先のことを考えれば、今ここでささいな犠牲にこだわることより、我々の力の解放が大儀を持つことは明らかだ」

『メックを犠牲にしろってのかって!』

「……。綱澄……」

『……ん? ああ、そうか……。そっちのが……』

「綱澄」

『ん? ……いや、なんでもない。少しだけ彼らのことが気になっただけだ。そうだな。長い目で見ればそれが彼らのためでもある。よしわかった。喜んで彼らを犠牲にしよう』

「……」

『綱澄、何を言っている』

『いや、何でもない。とにかく俺のまわりにメックを全部集めてくれ』

『そういうわけにはいかんだろう』

『何!』

「……!」機内のアラートに藤鋼の顔つきが変わった。「おい、来たぞ!」

『予定より早いぞ』

『そんなの誤差だって』

『綱澄』

「綱澄の言うとおりだ。これくらいの誤差はないに等しい」

『そのとおりだ、って……』

「……」どこか不自然な綱澄を訝しげに眺め、藤鋼がしっかりと念を押した。「おい、気を引き締めていくぞ。いいな」

『わかっている、藤鋼』

『……う、……』

「綱澄!」

『わかってるよ!』

「……綱澄」

『あ、いや、うむ、わかった』

 藤鋼が不安そうな表情になった。

 山からの脅威に愕然とするまでは。

 山頂から無数の筋となった光の矢が高速で降りかかる。

 それは獣の形をした数十の黒い影だった。

 赤い三つ目を煌々と光らせ、ガバッと開いた口には、子供の描く怪物のような長く尖った牙を上下に何十も揃える。鋭い爪は鎌のように薄く長かった。

 その異形に危機感を察知し、一早くすべてのメック・トルーパーが車両に乗り込む。

 五メートルを超す巨体だけでなく、そのスピードたるやレースカーすらはるかに凌駕しており、到底歩兵の手に負えるものではないと判断したためだった。

 巨大な黒豹の前では、トラやライオンですら子猫のようであろう。

「こら、貴様達、何を逃げている。ぐあっ!」

 メックを叱責する藤鋼の脇を、黒く巨大な塊が線となってすり抜けていった。

 その速度に補助具を付けた不完全なロボットが追従できるはずもなく、瞬く間に三体の竜王は四足インプ達のただ中に置かれることとなった。

「く!」歯がみする藤鋼。「メックは何をしている! 早くサポートを……」

『ぐあっ!』

 剛力の声に藤鋼が振り返る。

 剛力の陸竜王が、一体のケルベロスにのしかかられ、身動きの取れない状態だった。

 鎌爪で肩を押さえつけ、幾十もの牙をその首もとへ突き立てようとする。

「剛力!」

 響き渡る連射音。

 粉々にちぎれ飛ぶインプを蹴散らして現れたのは、コイルガンを抱えた空竜王の姿だった。

『大丈夫か』

 メックと共闘しながら、空竜王が歩み寄る。

 特殊車両にガードされた陸竜王が、ぎしぎしと軋む右手を上げた。

『駄目だ。動力ユニットが損傷したらしい』

 息を飲みながら見守っていた藤鋼の呪縛がようやく解かれる。

「剛力、退がれ」それから空竜王へ振り返った。「綱澄もだ。あとはメックに任せ、我々は撤退する」

 それに剛力が待ったをかけた。

『いや、俺はまだやれる』

「命令だぞ、綱澄」

『メックの指揮権は俺にある。もう少しやらせてほしいね』

「……は?……」

『……いや、もう少しやらせてくれ』

「……」

『頼む』

 メックに誘導される陸竜王を眺めつつ、藤鋼が眉を寄せ空竜王を見据える。

「……だが」

 その直後だった。

 無数の四足インプが一斉に空竜王に飛びかかり、黒山となって押しつぶしていったのは。

「綱澄!」

 藤鋼の眼前で蠢く影の塊となった四足インプが、空竜王の全身を引きちぎる。

 ちれぢれに砕け散った欠片は、すべてが補助具だった。

「……綱澄」

 咆哮を撒き散らす四足インプ達を目の当りにし、何もできず硬直するだけの桐生二兄弟。

 ここへきて、ようやく自らの過ちに気がついたようだった。

「……。こんなことになるなんて……」

 その時、信じがたいことが起きる。

 藤鋼と剛力が見守る前で、光に押されたインプ達が空高く弾け飛んだのである。

 絶望の視線に晒され、銀色の輝きを放つ空の勇者が翼を広げて立ち上がる。

 周辺のインプ達をブレードで叩き折り、複数の眼光を従えながら、空竜王はさらなる敵へと挑みかかっていった。

「綱、すみ……」

 畏怖するように眺めるだけの藤鋼達を置き去りにしたまま。









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