第二十六話 『挟撃』 6. ブチ切れた二人
「あったまきたぞ!」
全身から沸々とマグマを煮たぎらせ、今にも噴火寸前といった様相の礼也が、床を踏み抜かんばかりの勢いで待機所から飛び出していく。
雅が倒れたと忍から電話で告げられ、くれぐれも軽率な行動は控えろと釘をさされた矢先のことだった。
桐生三兄弟からの命令で、ガーディアンを集束させるために雅を長時間拘束し、無理をさせたのが原因らしかった。雅からすれば、無理を承知の上で、それでも少しでも光輔達の負担が減るのならと了承したと言うことである。
通路で三兄弟の姿を見つけた時、横に夕季が並んだことに気がつき、礼也が顔をゆがませた。
「今、そのかわいげのねえ口開くんじゃねえぞ」ギリと歯噛みする。「あたりかまわず破壊しまくりてえぐらい怒りが最強にブチ切れてんだからよ」
ぶすりと告げた礼也に顔も向けず、夕季も眉間に皺を寄せた。
「何言ってるのかよくわからないけど、話しかけないで。今、ブチ切れてるから」
何やら感情的になっている二人を訝しげに眺め、剛力が一歩前へ出る。
「何か用か」
些細なものを見下すようなその視線に、礼也がさらにヒートアップした。
「顔見りゃわかんだろ。用がありまくりだ!」
その様子に眉一つ揺らすことなく、剛力が面倒くさそうにため息をつく。
再び礼也の活火山が大爆発した。
「んだ、てめ、この!……」
「どうしてあんなバカなことをしたの」
前に割り込んだ夕季に勢いを削がれる礼也。
「おい、てめえ、今俺が……」
「無理なことくらい承知でしょ」
「……」
再噴火をまたもや夕季に押さえ込まれ、礼也が悔しそうに口をつぐんだ。
そんな二人の様子を眺め、三兄弟が微笑ましげに笑い合う。
ムッとなった夕季に、やれやれといった顔を向け、藤鋼が説明を始めた。
「オビディエンサーのメンバーか。君達は本当に自分の力だけでガーディアンを開放できたとでも思っているのか」
「はあ! 何言ってやがる。んなの、あったり前……」
「思ってない」
「……ぞ」
夕季の一言に、苦虫を噛み潰して絶句する礼也。
すると少しだけ藤鋼の夕季を見る目が変わった。
「なるほど。君は少しだけ頭がいいようだ」
「……」
「確かにドラグ・カイザーの覚醒は君達の力だと認めよう。だが、ことガーディアンの集束に関しては、コンタクターに大きく依存するものだと言わざるをえない。その証拠に、君達がガーデイアンの情報を得られたのは、コンタクターがスタンバイしてからだったはずだ。だから我々は集束実験を行った。それが様々な効果を広範囲に渡ってもたらすものと期待してのことだ。すぐにどうこうなるものだとは我々も考えてはいない。だがきっかけになるかもしれない。ガーディアンからさかのぼって、ドラグ・カイザーの覚醒のトリガーに触れる可能性もあったはずだろう」
「だからって、あんなやり方は間違ってる」
「間違ってはいない。コンタクターがもう少し努力すれば、必ず何らかの成果が出たはずだ」
「んだ、てめ、全部雅のせいだってのか!」
礼也が一歩前へ出る。
それを眺め、藤鋼ががっかりした顔をしてみせた。
「そうは言ってはいない。だが予想以上にもろかった。もっと強靭でなければ、我々の役には立たん。今のままでは、単なる足手まといでしかないのは確かだ。あれでは話にならん。まずはコンタクターの身体的な強化から始めるべきだろう」
「んだ、てめ! 強靭とか強化とかって、雅をなんだと思ってやがる……」
「役に立たないのはどっちなの」
ぶすりと告げた夕季に全員が息を飲む。
意味を解し怒りの込み上げる三人と、毒気を抜かれた礼也も含めて。
「自分達のことは棚に上げておいて、できないことの言い訳ばかりして恥ずかしいと思わないの。役立たずなのを認めたくないのはわかるけど、それを責任逃れのために全部人のせいにしてなすりつけて、いい大人なのにすごく情けない。必死すぎて見ていてかわいそうになってくる。どうせこれ以上何を言っても無駄だろうからやめとくけど、迷惑だからもう私達には関わらないでほしい。そうやっていつまでも三人で傷をなめ合って、ぬるま湯の中で慰め合ってればいい。それでいいと思っているならだけど」
「何だと、貴様!」
綱澄が夕季の肩をつかみ、押し上げる。
横幅も体重もまるでダブルサイズの圧倒的な圧力は、凄まじいものだった。
「そのゆがんだ性根、叩き直してやる。子供だからといって、容赦はせんぞ」
プロレスラー体型のいかつい偉丈夫と制服姿の女子高生が対等に対峙する様は、異様な光景でもあった。
しかし体勢を崩されてもなお、夕季は眉一つ揺らすことなく、綱澄を蔑んだまなざしで見続けるだけだった。
「力で押し切ろうとするのは、本当のことを言われてグウの根も出ないのを認めたということ。プライドだけがやたらと高い世間知らずの駄々っ子みたいでみっともない。まるでそこにいる誰かそっくり。身体だけじゃなくて、もっと頭の中も鍛えた方がいいと思います」
「何! 貴様!」
「マジでブチ切れていやがった……」戦慄の表情で、不敵にぶら下がる夕季を眺める礼也。呪縛の解けたタイミングで何かが喉に引っかかった。「そこにいる誰かって、俺のことか、てめえ!」
「そう」
「んだ、この! いらねえだろ、明らかに!」
「いい加減にしろ!」
藤鋼の一喝に振り返る礼也。
そこには厳しい表情で状況を見定める藤鋼と、腕組しながら睨みつける剛力の姿があった。
「その辺にしておけ。幼稚な子供のたわごとにつきあっているほど、我々は暇ではない」
「はあ!」
「いくら貴様達が保護されるべき対象であったとしても、今のやり取りは許容できる範囲にない。本来ならば、しかるべき罰を与えるところだが、今回だけは見逃してやる。とっとと消えろ。そして二度と顔を見せるな」
「んだと、この」ギリギリと奥歯を噛みしめ、荒い吐息を排気する。「上等だ。罰でも何でも与えてみろって!」
「貴様、まだわからんのか!」
怒り心頭に発し三歩前へ出た剛力が、ふいに立ち止まる。
ありえない物音を聞いたからだった。
小さく、う、とうめいた声に、藤鋼らが振り返ると、悶絶の表情で顔を鬱血させた綱澄が、白目を剥いて失神するところだった。
信じられないものを見るように、目を丸くしたまま硬直する藤鋼と剛力。
膝から崩れ落ちる綱澄の背後から現れたのは、口をへの字に結んだ夕季の仏頂面だった。
完璧とも言える夕季のチョーク・スリーパーが、綱澄の闘争心を削ぎ落としたのである。
驚きに言葉もでない二兄弟に気づき、礼也がにやりと笑ってみせる。
「あ~あ、戦場での油断は命取りなんだろ。死んだな、あのオッサン」さらに鼻で笑う。「ナメすぎだって。まともにやりゃ、あんなちんちくりんに負けるわけねえのによ。見た目のかわいげのなさにもっと気づいとけって」
「うるさい」
綱澄を解放した夕季が着衣の乱れを整えながら、礼也を睨めつける。
崩れ落ちる綱澄を後ろから眺め、夕季が何かに気づいた。
「……あ、ほんとだ」
それを見ていた礼也がおもしろそうに笑った。
対照的に眉間に深く刻まれた焦りを伴い、剛力と藤鋼が小声を交し合う。
「奴はどんな相手でも決して油断をするような男ではない。あの少女は何者だ」
「わからん。だが相当の手だれであることは間違いない。おそらくはこの少年も」
「うむ」
「二人とも行きなさい」
その声に夕季と礼也が振り返ると、通路の先に忍の姿を認めた。
藤鋼が顔をしかめる。
桔平や木場と行動をともにする場面を見ていたため、忍の存在は知っていた。
が、女子職員の制服に身を包んだその一職員の様子が、何かおかしいことに二人は気づいたのである。
いでたちや雰囲気に違和感があり、単なる事務員のそれとは明らかに異なって見えたのだ。
「なんだ、この女は……」
剛力の呟きを受け、礼也がやれやれという顔になった。
「そういやここにゃ、もう一人ドラグノフの弟子がいたんだったな」
「ドラグノフだと……」
ギロリと礼也が二人を睨みつける。
「順番こで相手してもらうつもりだったが、またにしとくわ。ありゃある意味、こっちのなんちゃって女子高生よか厄介だからよ」
「礼也!」
藤鋼は何も発することができなかった。二人が去って行くのを見届けてなお、剛力とともに溜飲し、まだ気を失ったままの綱澄を畏怖するように眺める。
そこへ忍の低い声が届いた。
「説明していただきましょうか」
落ち着いた調子ではあったが、怒りはしごく伝わってくる。案の定、顔を確認すると、普段からは想像もつかないような形相で二人を睨みつけていた。
「いったい何があったのです……」
「何があった」
かぶせて発せられた声に忍が顔を向けると、藤鋼達の背後に、訓練用の小銃を背負った大沼の姿があった。
それを見て驚いたのは、忍よりも藤鋼達の方だった。
「大沼……」
大沼が何気なく目をやる。
「久しぶりだな、桐生。いや」意味ありげに含んでみせた。「桐生特佐殿、か」
再び二人が溜飲する。今度ははっきりと聞き取れるほど大きく。
硬直してしまった二人を見比べ、大沼が忍に笑いかけた。
「似ているのは見た目だけだな」
それに対し、忍もにやりとなる。
「私もそう思っていたところです」
「これなら俺達だけでなんとかなる」
「ああ、まあ……」
ようやく気を持ち直した剛力が、大沼を激しく睨みつけた。
「どういう意味だ!」
「あなた方よりも木場さんの方が上だということです」
こともなげに大沼がいなす。
それ以上の虚勢は大沼にとって、滑稽であるだけだった。
「ふざけるな。我らが木場ごときに遅れをとったことなど、一度たりとない」
「三人がかりでですか」
「!」
「ご冗談を」
絶句する剛力を鼻で笑う忍。
大沼が目を向けると、忍はあきれたように首を傾け、腕組をしてみせた。
「あの人は目上の人間を立てる主義ですからね。本気なら、三人がかりでもかなわないと思います」
忍の顔をまじまじと眺め、大沼もおもしろそうに笑った。
「俺もそう思っていたところだ」
完全に毒気を抜かれた桐生二兄弟に追い討ちをかけるように、大沼が向き直った。
「ところで」じろりとやる。「あなた方の相手は二人ですればいいのですか。それとも私か彼女のどちらかで?」
忍が、ははは、と笑う。苦々しげに。
「……できれば大沼さんだけでお願いします」
ドン、ドン、ドン、と机を叩く桔平にも顔色一つ変えずに、あさみがマグカップのコーヒーをすする。
面倒臭そうに目を閉じ、片目だけで桔平をうかがい見た。
「で、どうしたいの?」
「はあ!」
「今の彼らは政府からの特命を受けているのよ。私達が口を出す領域じゃないわ」
「だからって全部従う必要もねえだろって言ってんだ!」
「そうね」
こともなげにあさみがいなし、桔平が拳のやり場に困り始める。
それでも怒り収まらず、何とか次のステップへ導こうとした。
「どうする気だ。このままほっとくのか」
「それでもいいかなと思っていたんだけれど、あの人達、ちょっと調子に乗りすぎているところもあるみたいね」
「ちょっとどころじゃねえだろ!」
激しく拳を叩きつけ、机の上に置かれたマグカップが躍り上がった。
「わかったわよ」はあ~、とため息をつく。「大事な戦力を潰されちゃ、こっちもたまったものじゃないしね」
呼び出しがかかり、桔平に目を向けながら、あさみが専用回線の受話器を取った。
「その件についてはもう一度よく考えてみます。……あ、私です」
まるで動じず、腹の底が見えないあさみの態度に、桔平がごうを煮やす。
イライラと周りを見回し続ける桔平に、通話を終えたあさみが表情のない顔を差し向けた。
「たった今、プログラムが確定したわ」
「何!」
「ケルベロスですって。言う?」
「……」
意味ありげに笑いかけるあさみに、桔平は何も返すことができなかった。