第二十六話 『挟撃』 5. 役立たず達
「よかったじゃない」
屋上で昼食をとっていた最中にふいにみずきが大声をあげ、周囲の生徒達が一斉に振り返った。
恥ずかしそうに顔を伏せる。みずきではなく、夕季が。
そんなことなどおかまいなしにみずきが続けた。
「もう穂村君もゆうちゃんもあのロボ……」慌てて口にリミッターをかける。「危険な目にあわなくてすむ。あとは専門の人達に任せておけば安心だよ。てゆうか、それが普通だよ。正しいよ」
ひとしきりまくし立て、何故か浮かない顔の夕季と、それを困ったように眺める光輔の様子にみずきが気づいた。
「どうしたの、ゆうちゃん。なんだか不服そうだね」複雑そうなまなざしを向ける夕季と視線が合致し、みずきのテンションが後退した。「どうしてなの、やっと危険なことから解放されるかもしれないのに。ずっと普通の高校生でいられるんだよ。それじゃ駄目なの?」
「誰かがやらなければいけないことなら、自分でやった方がいい。その方が後悔しなくてすむから」
改めてみずきが夕季の覚悟に触れる。
その深い溝と変わることのない信念を認めつつ、それでも何とか距離を縮めようと心を立て直した。
「どうして。別に穂村君やゆうちゃんがやらなくたっていいじゃない。危険だってことくらい、あたしだって知ってる。明日にだって死んじゃうかもしれないんだよ。それでもまだ続けたいの。どうしてなの。あたしそんなの嫌だよ。二人には生きていてほしいもの。いつ死んでもおかしくない友達と普通につきあうのって、すごくつらいんだよ。こわいんだよ」
ぐむ、と夕季が口をつむぐ。眉を寄せながら押し出した不安定な言葉は、口にした本人ですら信じ難いものだった。
「だったら、もう友達なんかでいない方がいい。その方がお互いのためだし」
みずきの感情が爆発する。
「どうしてそういうこと言うの。あたしはただ、ただ二人に生きていてほしくて……」
想いが込み上げ、喉を詰まらせるみずき。出なくなった声のかわりに溢れ出したのは、悲しみの爆弾だった。
「うえっ、うええ、……ひどいよ、そんなこと言っ……」
「……」
ぼろぼろと大粒の涙を流して泣きじゃくるみずきを見かねて、ずっと困惑顔の光輔が間に入ってきた。
「篠原。夕季も俺も、大切な人達が目の前で傷ついていくのを何度も見てるんだ。何もできなかったことだっていっぱいあった。それってとてもつらいんだ。自分達の大切な人が苦しんでいるのに、何もできないのって、すごくつらい。自分をかばって命を投げ出してくれてる人を、黙って見ているしかないなんて、俺にはたえられない。篠原だって夕季が危なかった時、助けようとしただろ。俺も篠原や茂樹が困った時、助けたいんだ。大切な友達だから。きっと夕季もそうだと思う」
「だからって、だからってねえ……」
「わかってるよ、夕季だって。本気であんなこと言うような奴じゃないって、篠原だって知ってるだろ」それから夕季へ振り返った。「な、夕季、そうだよな」
それに夕季は答えなかった。
愁いを帯びたまなざしを空へと流し背中を向けた夕季を、光輔は複雑な表情で見守ることしかできなかった。
「うえっ、えっ、えぐう……」
元気のない表情でみずきがとぼとぼと帰路へつく。
駅前のロールケーキ屋の反対側の道路に車両が止まっているのに気づき、何気なく顔を向けた。
それは明らかに通行の妨げとなっており、通りかかる人々が怪訝そうな視線を投げかけていった。
「おーい、みずぷー」
聞き覚えのある声に振り向くと、たくさんのロールケーキを抱えた桔平が店から出てくるところだった。
「あ、ひいらりさん」
微妙に違うのにもかまわず、桔平が嬉しそうな笑顔を差し向けた。
「帰りか? 送ってってやるよ」
「……いいです」
「遠慮すんなって。夕季の奴も呼ぶか?」
「……」みずきがぐっと顎を引く。「ゆうちゃんはもう帰っちゃったから……」
「そうか、なら仕方ないな」特に気にかける様子もなく、また笑いかけた。「そうだ、おごってやるよ」
くいと屋台を顎で指し、それがうすうすロールケーキのことだとみずきは理解した。
「いいです」
「遠慮すんなって」おばちゃんの店から運んできたビニール袋を差し上げて続けた。「なんなら、こん中から二、三本持ってってもいいぜ。せっかくできた夕季の友達だからな。大事にしとかねえとな」
「……」
「あいつも淋しんぼのくせに不器用だからな。悪い奴じゃないんだが、すぐ人に誤解されるようなこと言いやがるしよ。俺らはわかってるからいいが、あれじゃなかなか友達だってできねえだろ」
「……。そんなことないです」
「ん?」
「ゆうちゃん、すごくいい子ですよ」突然、真顔でみずきが訴え始めた。「ちょっととっつきにくいところがあるけど、すごく優しくて真面目で責任感があって…」
言葉が途切れ、みずきがうつむいたのを見て、桔平がまた嬉しそうに笑った。
「そんなことはわかってるんだけどな」
「え?」
不思議そうに顔を向けたみずきに、桔平はやや照れたように続けてみせた。
「俺らからしたら、そういうのはすごく当たり前に大事なことだからな。でもよ、お嬢ちゃん達くらいの年頃で、そういうの本当に必要としている人間がどれだけいる。多分、ほとんどの奴がそういうのまったく気にしてなくて、普通にその日がくれてっちまってんじゃねえのか。俺だってそう思う。ただ女子高生としてつき合ってくだけなら、あいつの重さは邪魔なだけだ。むしろそれを理解してくれる人間にめぐり合うことの方が難しい」
「……」
腑に落ちない様子でみずきが桔平の顔を眺める。それからパンパンに膨らんだビニール袋へ目をやった。
「いくつ買ったんですか」
「十二個だ」
「十二!」
「いつもこんなモンだがな」
「……へええ」
にっこり笑いかけ、桔平が車のキーを取り出した。
「さ、帰るぞ。まだ会議中なんだ。怒られちまう」
みずきが嬉しそうに笑い返す。
それを見届け、桔平が安心したようにドアノブに手をかけた。
「あ、駐禁貼られてやがる!」
「呼んでくれればよかったのに」
休憩スペースで桔平の買い込んできたうすうすロールケーキを口にしながら、夕季が不満そうな顔を向けた。
「おまえ先に帰ってたんだろ」
四つ目のケーキを食らいつくし、桔平が包み紙を丸めて放った。
ゴミ箱への軌跡を見届け、夕季がすねたように口を尖らせる。
「……かもしれないけど」
「呼んでほしかったのか?」
「そういうわけじゃないけど……」もじもじ、ぷい。「……二人だけだと気まずいかもって思って」
「そんなことなかったぞ。よくしゃべってたし」がぶり、もぐもぐ。「おまえの百倍くらい。ん、ふぐ!」
目を白黒させながら胸をドンドンと叩く桔平に、夕季が飲料水の入った紙コップを手渡した。
「ぶは~っ! 死ぬかと思った! とうとう本当にうまい死ぬ時がきたのかと熱い想いが込み上げ、走馬灯という名のメリーゴーランドがクルクルし始めたところだちょうど!」
「……」
夕季が二つ目のロールケーキに手を伸ばす。ブルーベリーだった。
その物憂げな顔を見て、桔平がやれやれという表情になった。
「あの子、おまえのこと心配してたぞ」
「……」
「何も知らないのに勝手なこと言って、おまえに嫌な思いさせたかもしれないって、ロールケーキ三つ食いながら反省してやがった。あんな顔されたら、チョコバナナだけは食わないでくれとも言えねえぞ」
一口含んだまま、夕季が恨めしそうに桔平を見上げる。
「……なんだ、その顔は」
「……別に」
するとおもしろそうに桔平が笑ってみせた。
「よし、みずぷーともだいぶ仲よくなったし、また一緒にバイキングに連れてってやるよ」
「……うん」
「それで前にスピード違反で捕まってたから、免停だあ~、だって」
屋上で向かい合って昼食を取りながら、夕季はずっと真顔でみずきの顔に注目していた。
一緒にいた祥子が着信に気づいて二人から離れたのをきっかけに、夕季がちらちらと機会をうかがうそぶりをし始める。
そんなことなどまるで知らぬみずきが、一人喋りを継続中だった。
「でね、ひいらりさんてね、ゆうちゃんと乗る時は怒られるからタバコ我慢してるんだって。でさ」
「……。この前はごめん……」
飛び込む間合いがうまくはかれない夕季の決断に、みずきが言葉を失う。
不思議そうな顔を向けると、眉をVの字に逆立て肩をこわばらせた夕季の真顔が注目していた。
「……いいよ、別に」
ふっと、みずきが笑う。
すると少しだけ夕季の肩から力が抜けたようだった。
「……。心配してくれてありがとう。あたし、ひどいこと言ったのに……」
「だからいいってば……」思わず涙ぐむ。
「……うん」
「それよりさ……」
「うん、……うん」胸がいっぱいになり、夕季もそれ以上何も言うことができなかった。
二人は互いの顔も見られず、ただテンションの下がった状態でうんうんと頷き合うだけだった。
そこへ通話を終えた祥子が帰ってきた。
「あんたら、何があったの!」
シミュレーションを終え、意見を交換し合う剛力と綱澄を、籐鋼が腕組みをして眺める。そして難しい顔つきのまま、それを切り出した。
「そろそろ集束をしてみようと思う」
二人が驚愕のまなざしを向ける。
当然だった。
「何を考えている、藤鋼。我々はまだ覚醒すらしておらんのだぞ。実機を動かすのがやっとだ」
「そうだ。開放の条件すらわからない状況で何ができると言う」剛力の発言を受け、綱澄が補足した。「それに集束は理屈ではなく、ドラグ・カイザーを操る者が記憶として情報を得られるものだと聞いたが」
表情を変えることなく藤鋼が二人を見やる。
「集束は覚醒とは違う。彼らは自分達の力だけでは集束にたどりつけなかったという話だ」
「ガイア・ストーンか」
藤鋼が綱澄に頷いてみせる。もう一つつけ加えた。
「そして、コンタクターの存在だ」
「コンタクターか。残念だが、現状では三雲はまるで使い物にはならんぞ、藤鋼」
「そうだ。奴はプライドだけが高い、役立たずのトラスト・ブレイカーだ」
綱澄の苦言に、藤鋼が厳しい顔を向けた。
「そんなことはわかっている」
「所詮はメガルへの発言権を消失させないために登録された、名目上だけの人員だと聞いている。成果を期待するだけ無駄だ」
「ろくに顔も見せず、今も何をしているのか」
「放っておけ、剛力。こちらとて、三雲を使うつもりなど毛頭ない」
当然のように言い切る藤鋼に、他の二人が訝しげな顔を向けた。
「はなから命中率など期待してはいない」口もとをにやりとゆがませた。「ここの人間達と同じようにな」
 




