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第二十六話 『挟撃』 4. やれるものなら

 


「ざけんなって!」

 前のめりになりドンと机を叩いた礼也を、桔平がじろりと見やる。

 小会議室にはいつもの雰囲気とは違う空気が充満していた。

 近づいたその鼻先から、桔平が物憂げに顔をそむけ、はあ~、とため息をつく。

「その意見には俺も賛成だが、今さらどうしようもない。もう竜王は俺達の手から離れちまったんだよ」

「だから、ざけんなっての!」

「だから、どうにもなんねえっつってんだろうが!」

 ぐぐいと顔を近づけた桔平の鼻が自分の鼻先に触れ、ようやく礼也が引き気味にクールダウンした。

「……ドン引きだって」

 すると桔平も再び顔をそむけ、小指で耳をほじりながら、面倒くさそうに先へとつなぎ始めた。

「とにかくこの件に関しては、俺らなんかよりはるかにお偉いところからオッケーが出ちまったんだから、ここで何のかんの言ってたって一切覆らないんだよ。そこんとこわかっとけって」

「凪野博士も承諾したの」

 振り返ると、真顔で桔平を眺める夕季の姿があった。

 ぞんざいに座り憎まれ口を発し続ける礼也から、やや離れた長机の前で背筋を正し、ひたすら真剣なまなざしを送り続ける夕季に、桔平が少しだけ態度を改めた。

「発案は国防省だが、凪野博士の推薦状も添付してあった。博士がグループ全体のオーナーであることには違いはないし、俺達が逆らう理由なんてどこにもない」

「……」

「逆らやいいじゃねえか、んなもん」親指で鼻をほじりながら、礼也が不快そうに顔をゆがめ、吐き捨てた。「俺らの機嫌損ねて困んのは、実際どっちだって」

「てめえはまだそんなうわっついた考えでいやがったのか!」

「おおっ!」その迫力に、思わずパイプ椅子ごと転がり落ちる。「見事に親指、刺さったって!」

「おまえ、竜王、一回動かすために、どんだけの金が動いてんのか知ってんのか。資金援助もなんもかんも優遇されてるから表面にゃ出てこねえが、一部門として見りゃ、メガルはまごうことなき赤字企業だ。博士から独立しようなんて考えたら、それこそ一日ともたねえで潰れるわ」

「んなリアルな話、どうでもいいって。実際、なんかあった時、俺らに泣きついてくんの見え見えだろうがよってことだ。そん時になって後悔したって、気持ちよく乗ってやんねえって。こっちも人間だからな」

「黙らっしゃい!」

「おおっ!」再び転げ落ちた。「ことさら深く刺さったって!」

「絶頂期の勘違いアイドルみてえなこと言ってんじゃねえぞ。そっぽ向かれて売れなくなってから後悔したって、手遅れなんだからな」

「いや、そうは言うけどよ、俺らみたいなオンリーワンに……」

「はっはっは! 昔そんなこと言って一気に転げ落ちたビッグなスターがいたのを思い出すわ! あー、かたはらいてー!」

「○○ちゃんのことですか」

 静かなる圧力に、桔平がおそるおそる振り返る。

 そこには眉間にしわをよせながら拳を握りしめる、真剣な忍のまなざしがあった。

「ここで直接関係ない人のことを引き合いに出すのはおかしいと思います」夕季から二列下がった端の席にどっかと座り、机の上で組み合わせた両手をじっと見つめる。それから恥ずかしそうに顔を赤らめた。「すみません。思わずカッとなってしまいました」

「お、おお……」困った顔を向けると、困った顔で見つめる夕季と目が合った。こそこそっと耳打ちする。「あいつ、いつからいた」

「最初からいた」

「○○ちゃん、好きなのか」

「前に嫌いだって言ってた」

「……。女心ってのはわかんねえもんだな」

「わからない」

 真顔で夕季が返した。

「とにかくだ」ごほんと咳払いをし、気を取り直す。「自分がいつまでも必要とされてると思ってたら、大間違いだぞ。おまえらがそういうこと言うの、待ちかまえてる奴らがいるのは確かだからな。しかも山盛りいやがる」

「ああ!」またもや露骨に顔をゆがめる礼也。「言ってどうなんだ。リストラでもする気か」

「そのとおりだ」躊躇なく言い切る。「とりあえず責任とってリストラされるのは、俺や木場達が先だがな」

 目配せする桔平に、壁際で腕組みをする木場が難しそうな顔を縦に振った。

「んなことして困るのは、結局自分らの方じゃねえか」

「誰が困る。かわりで来た奴か」

「はあ?」

「リストラした方は正規の手順踏んで、相応の引継ぎ人員まで準備した。プロセスに何の落ち度もない。新しい奴が使えなければ、またそいつをクビにしてかわりを探せばいいだけだろ」

「何言ってんだ、あんた」

「責任の所在なんて、そこですべて完結してるってことだ。リストラされた時点で、俺達はすでに過去の人間なんだよ。必要とされる理由がない」

「プロ野球だってサッカーだって、優勝監督何回もショウカンしてんじゃねえか」

「優勝監督はな。残念ながら俺達の今の立ち位置は監督ですらなく、成績残せねえのにフロントとケンカばっかしてる二軍の崖っぷち野郎だ。かわりなんざいくらでもいる。過去に固執するよか、第二の人生探し求める方がよっぽど現実的なんだよ」

「そう考えるとリアルにいらねえかもな」

「てめえ!」ごほんと咳払いし、クールダウンする。「とにかくだ。まるで人類全体の未来を左右するかのような重要なポジションにいる俺達も、小さな国の一組織の中に入っちまえばちっとも重要でなくて、全体から見ればチリみたいなちっぽけな立場にすぎない。たとえるなら、下請けの下請けのそのまた下請けの中小企業のパートさんくらいだろう」

「それは不適切かつ差別的な表現ですよ」

 忍にがっかりされ、桔平が猛省する。

「確かにそうだった。パートさんは安い賃金で会社と家計を支えてくれる立派な人達だ。じゃ、一流大学出の使えねえ新入社員ってとこか」

「何か恨みでもあるんですか……」

「自分なんか高卒だろ。しかも四流のよ」

 じろりと礼也を見やる。

「だからだ!」

「何がだ……」

「んなこたどうでもいい。おまえらはもうちょっと違うだろうが、俺らはそんなもんだ。兵隊さんとしちゃ、俺も木場もかなりのモンだとは思うが、世界一だなんて思ったことはない。ましてやオンリーワンであるはずもない。どれだけ優れていても、たかだか一人の兵士の存在が国同士のパワーバランスを左右するなんてことは到底ありえない話だからな。ドラグノフくらいのクラスになれば別だがよ。実際、俺やあさみより優れた指揮者なら、その辺にだってごろごろいるはずだろう。別に今すぐ変わったって、何の変化もな……」

「それは困る」

 夕季の呟きに桔平が言葉をなくす。

 そしてみなが注目する中、夕季は極めて真面目な様子でそれを口にしたのだった。

「今は私達のことを理解してくれる人達が近くにたくさんいてくれるから、好きにやらせてもらってるし、それでうまくいっているんだと思う。だけど周りが私達をよく思わない人や信じられない人達ばかりになったら、これまでどおりにやれなくなるはず。きっとがんじがらめになって、ストレスや小さなミスのせいで結果を残せなくなるに決まってる。だからかわらないでほしい」

 そこまで続け、まじまじと見つめる桔平と目が合い、夕季が真っ赤な顔を横に向けた。

「……なんだか暑い」

「おまえってばほんとにもう……」ジワワ~ッと目を潤ませる。「口ではあーだこーだ言ってやがっても、心の中じゃ、ちゃんと俺達のこと考えてやがったんだな、もう。かわいいとこあんじゃねえか、もう。ぎゃあぎゃあにゃあにゃあ素直じゃねえのは仕方ねえとして、普段からもちっとだな、もう……」

「うるさいから、もう!」

「ほんと、こっちのバカちんどもとはえれえ違いだな、もうよ!」

「俺のことかって!」

 礼也が立ち上がる。

 その隣で、光輔がバツが悪そうに自分を指さした。

「俺のこともかな」

「おまえ、いたのか!」

「……いたじゃん、最初から」

「あ~、なんかおごってやりたくなっちゃったな」光輔らを無視し、桔平がだらしのない顔で夕季を見下ろす。「おい、夕季。この後で焼肉でも食いにいくか。ジャンジャン亭」

「う!」

「う?……。明日休みだし、木場が運転してってくれりゃ、俺も飲めるな。よし」

「じ、実は俺もかわってほしくねえって」

「お、俺も……」

「やかましゃい! このくそボーズどもが!」

「ひど……」

「ひでえって……」

 その様子をちらちら見やりながら、夕季がおそるおそる切り出した。

「……お姉ちゃんも一緒に」

「ん? 別にいいけどな」

「夕季!」

 キッとなり、忍が弾かれたように立ち上がった。返す刀で桔平を睨みつける。

「すみません、さっきの無礼は謝ります! 勇み足でした」

「いや、いいけど……。ぶれい?」

「やっぱりアイドルは売れている時こそ謙虚になるべきだと私は思います」

「真剣な顔してからに。そんな飲みたいのか?」

「はい!」

「……素直だな」

「やっぱり嫌いです」

「何が!」

 すっと夕季が顔をそむけ、光輔と礼也が苦笑した。

「……。なんか、気が抜けちまったな」木場をちらと見上げ、桔平が嬉しそうに笑った。「おい、木場、さっさと焼肉いくか」

「まだ話は終わっていないだろう」それをジロリと睨めつける木場。「……それからだ」

「かたいこと言うなって。いいじゃねえか、内輪の集まりなんだからよ」

「何!」

 わかったわかったと、面倒臭げに桔平が仕切り直した。

「結論は出た。考えなしで困るのは俺達自身だ。とにかくプログラムなんざおかまいなしで、俺達の失脚を目論んでる輩が内にも外にもいるのは事実だから、おまえらも気をつけろ。奴ら、実際に自分達がどうこうするわけじゃないから、単純に目先の正論だけで物事をさばこうとする。後で取り返しのつかないことになって最終的には大慌てするんだろうが、そん時になってもおまえらまでたどり着くのに、とんでもなく時間がかかるのは間違いないだろう」

「たどりつくこともできないかもしれない」

 静かな夕季の呟きに全員が振り返った。

「もし本当に私達が不要だと判断したのなら、それを覆さないために排除される可能性もあるから」

「おまえは、そういうことをさらっと言うんじゃない」

「でも本当のことだから」

「……」

 図星だった。言葉を選び、桔平が押し止めた理由を、夕季が見事に言い当ててしまったのである。

「大丈夫、そんなことさせないから」

 ほがらかに発した忍にみなが注目する。

 すると忍は、夕季や光輔らを楽しそうに眺めながら、力強く頷いてみせた。

「絶対させないから」

「やれるものなら、やってみればいい」

 続けざまの声に、そこにいた全員の動きが止まる。

 それを発したのが木場だったからである。

「めずらしいな、おまえがそういうことを言うなんて……」

「めずらしいですね、ほんと……」

 桔平と忍がぽかんとした顔を見合わせる。

 すると木場は照れたようにそっぽを向き、ごほんと咳払いをした。

「で、何人行くんだ。八人までなら乗れるぞ」

「一、二、三……」忍が数え始める。「光ちゃんと礼也と……」

「あたしもいきたいであります!」

 忍の後ろで元気に手を上げる少女の姿あり。

 そこにいた雅を、全員がぽか~んと眺めていた。

「……いたんかよ」

「いましたがな。最初から」

「いたんだ……」

「あ、あたし、運転する。今日は飲まないから」

「みっちゃんはもともと未成年だよな……」

「やめといた方がいい。俺の車はでかいぞ」

「大丈夫だよ」

「免許、取れたんかよ」

「まだ。でも、平気、平気」

「いや、平気じゃないな、みっちゃん……」

「いや、逆にすげえって」

「てへへん。ドヤ顔」

「自分でドヤ顔言った!」

 礼也が苦笑いする。

「まあ、いいわ。とりあえずお手並み拝見ってとこだ」ふわあ~、と大あくびをかました。「どうせなんもできねえで泣きついてくるとでも思ってんだろ、あんたも」

 礼也の振りに桔平がニヤリと返す。

「まあな」

「んで、いざとなったらぶちかます。そういうこったな」

「わかってんじゃねえか」ドス黒い笑みを噴き上げてみせた。「目にモノ見せてくれるわ」

「見せてくれるわってーの! 覚えてやーがれ」

 二人で邪悪な笑いを共鳴させる。

「悪そうだね」

 光輔の呟きに夕季が顔を向けた。

「すごく悪そう」

「ね~、意地悪そう」

「おまえが?」

「あれ、光ちゃん、いたっけ?」

「何言ってんの。最初から……」

「ごめん、全然見えてなかったよ」

「あ、いろいろひどいな……」

「いいか、おまえら、俺の名誉のためにも、これだけは言っとく」腕組みをしながら桔平が夕季の方へと近づいて来た。「汚れることを恐れる奴には何もつかめねえ。手を汚した分だけ、身を削った分だけ、何かをつかみ取ることができるんだ。だから俺はあえて悪役をだな……」

「それは違う……」

「俺の名誉のためってはっきり言っちゃったね……」

「わかってねえって」礼也が二人を威嚇した。「おまえらが正義の味方だっつうなら、俺は悪党にしかできねえことをやる。それで死角なしだって話だ」

 尻馬に乗って言い放った礼也の発言に、桔平と木場が顔を見合わせた。

「どっかで聞いたようなセリフだな。誰だっけか?」

「俺はおまえの口から聞いたぞ」

「正義の味方とか言うのやめて。聞いてて恥ずかしいから」夕季が恥ずかしそうに身をよじる。「頭悪そうだし」

「何!」

「俺、ちょっとカッコいいかなって思っちゃった……」

「でもよ」ふいに礼也が顔をゆがめる。「あのオッサン達、全部同じ顔じゃねえか。まるまる見分けつかねえぞ」

「それは確かに」光輔がうんうんと頷いた。「声も似てるし」

「全部ゴリラえもんみてえだしよ」

「礼也! 貴様!」

「あ、じゃ、こういうのはどう?」ポンと雅のひらめき。「木場さんが四人に増えたって思ったら」

「それで何が解決すんだ……」

「見分け方ならあるぞ」

 桔平の発言に全員が振り返る。

 みなからの注目を浴びる中、桔平がドヤ顔で先につなげて言った。

「ここんとこに一ミリくらいのホクロがあるのが長男だ。んで、それよりちょっとだけ大きいホクロが次男。そっから毛が生えてんのが三男だ」

「そんなんわかるかってーの!」礼也がいきり立つ。「しかも全部耳の後ろじゃねーか。わかりづれえ!」

「そうか? 俺はそれで区別してきたんだが……」

「わかるかよ! なんだ、一ミリって。ちっせすぎだろ。こんなだぞ!」

 人さし指と親指でオッケーマークを作る礼也に、桔平が、いやあ、と笑ってみせる。

「ま、正直、長男と次男は二分の一の賭けみたいなもんだが、三男だけはガチだろ。なんたって、ホクロの毛だからな」

「綱澄のホクロの毛なら、なくなったという噂だぞ」

 表情もなくそう言った木場に、桔平が驚きの表情で振り返った。

「マジか! 唯一の道しるべが!」

「全滅じゃねーか! でもって、誰の噂だって!」

「結構気にしていたようだからな、綱澄も」

「う~む」桔平が目を閉じて腕組みした。「仕方ねえな。俺がさんざんからかったからな」

「あんたのせーじゃねえか!」

「まあな」

「まあなじゃねえだろ! 何、してやったりみてえな顔になってやがんだ!」

「いや、あのな……」

「話は終わった?」

 全員が一斉に振り返ると、部屋の後方であさみが不敵な笑みを投げかけていた。

「……おまえ、いたのか」

「ええ、最初から。全部聞かせてもらったわ」いたずらめいた頬笑みを浮かべ、隣をちらと見やる。「ね、小田切主任」

「……」

「ションもいたのかよ!」

「いや、僕は今来たばかりで……」

「いねーのかよ!」




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