第二十六話 『挟撃』 3. 桐生三兄弟
シミュレーション・ルームに多くの隊員達の姿があった。
己の手足のように陸竜王が動き回る画面を、同じ顔の二人が物々しげに腕組みし注目していた。
桐生三兄弟の長男、籐鋼と、三男、綱澄だった。
仮想ミッションをそつなくこなし、次男、剛力が兄弟達の前に現れる。
先に口を開いたのは、隊長格である籐鋼だった。
「どうだ」
サポート・メンバー達との打ち合わせを遮り、剛力を振り向かせる。
剛力もまた、他の兄弟達と同じ表情、同じポーズで向かい合った。
「思っていたよりもシビアだな。だが問題があるというほどのレベルでもない」
「そうか」眉も動かさず、三男綱澄の顔へ目を向けた。「綱澄、我々の中ではおまえが一番感応指数が高い。実機へのスライドはおまえからだと思っているが」
「願ってもないことだ」同じ顔が鏡のように睨み合う。「補助具の解除は」
「それはまだ先だ」
「しかし補助具がある状態で飛べたとしても、何の足しにもならん。我らの最終的な目的はガーディアンへの集束だからな」
「最初のだろう」
剛力に二人が振り返る。
三つの同じ顔が輪を描くように並ぶさまは、さながら万華鏡のようだった。
「集束ができなければ何の意味もない。我々はすでに他の誰よりも感応数値で優位に立ち、補助具を装着した状態では最良の機動を行えるスキルがある。ならば一刻も早く邪魔なものを取り払い、集束への段階を踏むべきだ」
「まあ待て」剛力の言葉に頷く綱澄を横目で制し、籐鋼が剛力の視線を強く受け止めた。「過去のデータからも、ドラグ・カイザーとの親和力を引き出すには、時間をかけて密接になる必要があると聞かされている。動かない木偶の中で焦ってそれを求めるよりは、補助具を装着した状態で徐々に慣らしていくほうが確実だとも思えるが」
「確かにな」綱澄がそれを受ける。「何より実戦に身を置くことが一番の近道とも思える。理由はわからんが、極限の状況下での方がそういったスペックを引き出すのに適しているのだろうな」
「うむ」
籐鋼と剛力が同時に頷く。綱澄も。
彼らは一卵性ではあったが、他の一般的な兄弟同士に比べても、同調意識においては異常なほどシンクロ性が高かった。互いの意見を述べながらも考えの方向性に違いはなく、むしろ相手の感情をより深く掘り下げ、補っているふうでもあった。常に同じ思想を共有しながら、それをあえて口にすることで、より深い絆を感じ取ることができる。それこそが彼らにとっての誇りでもあったのだ。
「どうでもいいが、実戦には使わんぞ」
同じ顔が一斉に振り返った。
その嫌悪の表情に一歩も譲らぬ不快さを顔中に塗りたくり、桔平が三人を睨めつけた。
「今のあんたらじゃ、まるで役に立たん。高校生以下だ。実力テストくらいはさせてやるが、プログラムが発動したら竜王もここも引き渡してもらう」
ギリと桔平を睨みつけ、籐鋼が前に出る。
「貴様にそんな権限はない。今はともかく、有事の際の指揮権は我々に委ねられることになっているのは知っているはずだ。貴様も含めてな」
「俺への指揮権はな。だが竜王やメックへ直接命令を下す権限は、俺と局長にしかない。あんた達は現場の人間に口を出せる権利があるだけだ。実際に部隊を動かせるのは……」
「その権限はすでに剛力と綱澄が得ている。綱澄がメック・トルーパーの指揮権を持ち、剛力はドラグ・カイザーの実権者となった。もう一度確認してみろ」
「……。何だと?」顔をゆがめる桔平。そのからくりは容易に想像がついた。「……火刈か」
「ふ」口もとに笑みをたたえ、桐生籐鋼が二人の兄弟へと振り返る。「もうここに貴様達のすべきことはない。わかったのなら、黙って我々に従うことだ」
「それが最良の選択であるのなら黙って従おう」
押し殺したような重々しい口調に、四人が顔を向ける。
部屋の入り口付近に、訓練服を着込んだ木場の姿があった。
「貴様達にそれに相応しい器量があるのならば、我々は喜んで協力する」
じろりと睨めつけ、三兄弟に一歩も引くことなく木場が続ける。
それを眉一つ動かさずに受け入れ、起伏のない調子で剛力が突き放した。
「昔の我々と同じだと思うな、木場。今なら一人一人が、貴様らごときが足元にも及ばんものだと考えろ」
「なんだと!」
「よせ、桔平」
いきり立つ桔平を片手で制し、木場が品定めするような目線を三人に向ける。
「ここでは結果がすべてだ。彼らが我々にとって最良の結果をもたらすというのならば、俺は喜んで受け入れる」
「そうだったな」木場とは正反対の表情でにやりと笑い、桔平が同調した。「いくら感応指数が高くたって、適性がなけりゃ機械じゃない方の竜王は動かない。並外れた操縦技術だけで結果を残せるといいがな」
が、しかし、桔平の皮肉にも三人はまるで動じない。
三人とも同様に哀れみを込めたまなざしで桔平を眺め、綱澄が代表者を買って出た。
「適性がパイロットの絶対条件だと言うのなら、世界中から候補者を募るべきだ。無論先進国の人間だけでなく、未開の部族の中からもな。いまだ知られぬ彼らの中に、我らより優れた適性と心を持ち合わせた者がいる可能性は否定できんはずだ。それを怠っておきながら、片手落ちの選考基準である適性だけが唯一無二だと言わんばかりのその物言いは、滑稽ですらある」
「ぬかせ。未開の部族に俺達と同じ文化レベルを受け入れさせるのにどれだけの時間が必要だ。まったく別の環境にすぐに順応し、理解しようもない一つの価値観を共有できるようになるのか。何百年もいがみ合ってきた宗教観の違う連中に、自分勝手な理屈と思想を押しつけて、それでうまくいくと思うのか」
「屁理屈を言うな。貴様の意見は単なる論理の飛躍だ」
互いに一歩前へ出て、桔平と綱澄が睨み合う。
他の三人は物も言わずにその様子を傍観していた。
やがて、すう、と息を飲み、桔平が涼しげな視線を三兄弟へと差し向ける。
「そうかもしれねえ。だが急いだのは、急ぐ必要があったからだ。今の環境で作り上げるので手一杯だったのか、或いは」
綱澄が不思議そうな顔を向ける。
次に桔平の口をついて出た言葉は、己の身体と努力ですべてをつかみとってきた彼らにとって、到底信じがたいものだった。
「適性ではなく、選ばれたのだとは考えられないのか。奴らだけじゃない。ここにいる全員、竜王の意志によって集められた。そんな気さえしてくる」
無論、桔平自身でさえ。
「都合のいい解釈だな。自分達を正当化したいがためだけに聞こえるが」
「なんとでも言え。結果がすべてだ」
「貴様に言われるまでもない」
「まったく哀れになってくるぜ」
「何だと」
桔平がニヤリとする。
「親方の腹ん中、よーく覗いてみろよ。あんたらの結末が透けて見えるようだ。ま、それがわかるくらいのお利口さんなら、こんな茶番にほいほい乗っかったりしねえだろうがな」
「貴様!」
「よせ、綱澄!」
籐鋼に制され、綱澄が思いとどまる。
それを表情もなく眺め、桔平と木場が顔を向け合った。
それから目と目で合図するように、順次部屋から出て行く。
「あんたらも、竜王に選ばれた類だといいな」
去り際に振り向きもせず、桔平がぶすりと突き刺した。
残された三兄弟はものも言わず、二人の影を追い続けていた。
「……相変わらず、得体の知れん男だ」
その籐鋼の言葉に、剛力が反応した。
「籐鋼、おまえは柊を買いかぶりすぎだ」
「そうではない」
ここで初めて兄弟の意見が割れる。
長男の籐鋼だけが常々感じ取っていたことを、初めて二人へ吐露しようとしていた。
「柊よりも格技が得意な人間や、射撃のセンスで上をいく者など、この世界には吐いて捨てるほど実在する。だが、こと戦場においては、奴ほどの兵士を俺は知らない」
剛力と綱澄が、籐鋼を見据えたまま溜飲する。
かつて木場や桔平も含めた特殊部隊を統率していた籐鋼が、ここまで桔平を重く見ていたことなど、知るよしもなかった。
畏怖の表情で自分を凝視する二人へ顔を向けることなく、特戦隊の鬼隊長と呼ばれた籐鋼が遠い目をしてみせた。
「何故かは知らんが、柊は自分だけの理屈で国を背負っている。己の死や投降、イコール国の敗北というスタンスを持つため、自分自身が生き残るのが絶対条件となる。奴にとって我々は、同じ部隊にいながら仲間ではなく、単なる同盟部隊という位置づけだろう。協力して戦うことがあっても、それは自分の国を守るための手段でしかない」
「国ときたか」
「国なら我々も背負っている。この国の誰よりも重く」
「そうではない。それとは別の国だ」熱いまなざしを差し向ける綱澄に、静かに藤鋼がかぶりを振った。「奴しか知らない、奴だけの国だ」
「別の国だと。笑わせる」剛力が不快気に眉を寄せた。「いかにも、現実を受け入れられない敗北者が口にしそうなセリフだ」
「身のほど知らずのうつけ者の思考だ」
「同感ではある。我々は己の信念を強く想い描く時に、祖国を引き合いに出す。が、逆に取れば、祖国という理想を当てはめるための器がなければ、何も描けないということでもある」
「それがどうだと言う。そんなことは当然だろうが」
「それ故に我々はより強い思想を保ち、具現化することができるのだ」
「柊には国によることなく、一人だけでそれを実行するだけの行動力と信念がある」同時に顔をしかめた二人から目線をはずし、藤鋼が続けて言った。「我々は強さを口にしながらも、必ずどこかで何かに依存している。そしてそれは正しい。他人の意見を受け入れられない者、協力し合えないものは、そこで個々の限界値をも決定してしまうからだ。しかし集団を成すことによって、それを覆し得ることができる。それが国という形の理想でもある。故に国がなくなれば我々の心は折れる。だが心に国を持つ人間は絶対に折れることはない」
「それは我々も同じだ」
「この国が大いなる勢力に飲み込まれたとしても、我々にはそれを立て直す強さがある」
「俺は国がなくなっても、と言った」
「!」
「……」
「我々は国の代表として敵の部隊と戦うことがあっても、国そのものと戦うことはない。我らが戦うことで、国そのものがなくなることもない。奴の戦いとは、根本から違っているのだ。もはや歩み寄る余地もない」ふいにその眉をひそめた。「どちらかの国が滅びるだけの戦いならば、それは戦争ですらない……」