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第二十五話 『ドッグデイズ』 7. 燃える海

 


 一足先にフォエニクスの出現ポイントへと到達した夕季が目にしたのは、単なる雲の塊だった。

 真円ではないものの、均整の取れた丸い形。直径二百メートルほどと聞いてはいたが、実際はもう少し小さいようだった。海面から立ち込める水蒸気がスクリーンとなってはっきりとは判別できなかったため、遠目には蜃気楼のように映るだけで、特に危険な印象は受けなかった。

 それが十キロメートルを隔て、三千メートルの上空から見下ろした感想である。

 しかし、それより間合いを詰めた途端に、イメージはすべて払拭される。

 遠方からでもわかるほどの熱の圧力が、竜王を介して尚も伝わってきたのである。

 おそらくはそこまでの接近を試みた段階で、航空機も船舶も炎上爆発を引き起こしたであろう。そしてもしそれ以上のアプローチが可能であるなら、溶解へと至るはずだった。

 眉に力を込め、夕季が司令室を呼び出す。

「今あたしがいる場所を記録しておいて。そこから外側へ二キロ。それが輸送ヘリの限界」

『それ以上近づいたらどうなる』

「機体が燃える。その前に中の人が焼け死ぬかもしれない。とりあえず以上」毅然たる表情で桔平へ報告し、すぐさま眉をゆがめる。「まだ許してないから」

『……』

 実際、ポイントへの到達地点よりはるか手前であるにもかかわらず、光輔らを載せた輸送ヘリの機内は異常な温度上昇を感知し始めていた。

 夕季のいる場所は、まだぎりぎり人類が踏み込める位置でもある。

 ここから先は、未知の領域への侵入だった。

「下側、探ってみます」

『おい、無茶はするなよ……』

「わかってる!」

『……まだしっかり怒ってやがんのな』

 海面すれすれまで飛行高度を下げ、波を切るように空竜王が低空飛行へと移行していった。

 それはさながら、川辺での石切りにも似たものと言えた。

 五キロメートル手前まで接近し、その状態を確認し目を細める。

 薄紙一枚隔てた海面には、煌々と輝く溶鉱炉が、否、まるで太陽を思わせる暴力的な光が海を溶かし続けていたのである。

「海が燃えてる……」

 思わず口をついて出た言葉だった。

 それ以上の接近を危険だと判断し、夕季は空竜王の機首を垂直に引き上げた。

 こめかみを伝う汗を手の甲で拭う。

 焦りの表情にまみれたその顔が、熱さだけが原因ではないことを物語っていた。

「桔平さん」

 変わらぬ表情のまま、桔平を呼び出す。

『どうした』

「みやちゃんの様子は」

『絶好調だそうだ』

「そう……」

 常ならぬ夕季の物言いに、スクリーンの中の桔平も心配げな面持ちを隠すことができなかった。

「かなり無理をしなければいけないかもしれない」

『……そんなにか』

「うん」

『どうするつもりだ』

「ピオニィでアタックをかけてみる」

『それで粉々にできるのか? 下へ抜けた途端に六千度の灼熱地獄が待ってんだぞ』

「わからない。けど、貫いてすぐに光輔と交替して深海まで潜れば」

『その温度差にガーディアンは耐えられるのですか!』

 予定外の声の乱入に、夕季がググッと顎を引く。

 間髪入れず、不快そうに顔をゆがめた桔平を押しのけ、ショーンが横入りしてきた。

『それだけの急変動を起こせば、地球上の物質はどんなものであろうとぼろぼろに崩壊する。いくらメガリウムだからって、それが絶対ないと言い切れるのですか』

『いや、おまえは黙ってろ……』

『太陽の中でガーディアンが活動できるのですか、って聞いているんです』

 桔平とショーンの押し問答を、夕季はまばたきもせずに眺めるだけだった。

『こいつらは今までも、数知れない特異な状況をしのいできている。できないことはない』

『それは限定された状況下でのことでしょう。数万ボルトの静電気を一瞬浴びただけならば、実害はほぼない。でも二百ボルトの電流を浴び続ければ、人体は簡単に破滅する。それくらいご存知でしょう』

『何わけわかんねえこと言ってやがんだ、てめえは』

『中の人間がもたないって言っているんです!』

『……おまえまでも』

『私もその意見に賛成です』

 言葉を失う桔平にかわり、忍がおそるおそる口を出す。

『一瞬でカタがつくかどうかわからないのなら、むしろオビディエンサーのダメージの方が心配です。それ以上に、コンタクターへの影響がはかりしれない』

『んなの平気だって』礼也、乱入。あいかわらず何一つ根拠は持たぬものの、その口調は妙な自信に満ちあふれていた。『なんなら、リクリュウだけで相手してやってもいいって。熱いのなんざ、へっちゃらへーだ。なんせリクリュウは、マグマの中でもすーいすいだからよ。太陽くらい、屁でもねえって』

『マグマなんて太陽の表面温度よりはるかに低いんだぞ。もし内部まで太陽と同じ温度だとしたら、マグマごとき一瞬で蒸発する。そうなってもいいのか』

『マジか……』

 ショーンにたしなめられ、礼也の勢いが削がれていった。

 時期をうかがうように、参入してくる夕季。

「とにかく今は何かしてみるしかない。肉体的な負担は大きいだろうけれど、ぎりぎりで行動をキャンセルすることもできるから。それでも心配なら、あたし一人で……」

『てめえはそういうのやめろって言ってんだろーが!』

 突然の桔平のイカズチに、夕季の身体が萎縮する。

『ホイホイ自分の命、安売りしてんじゃねえぞ。何回言や、わかんだ、おまえは。どうしてもってんなら、俺がやってやる。おまえらは確実に相手を倒すことだけを考えてろ』

 その表情が真剣であることに気づき、夕季が素直に頭を下げた。

「……わかった」

『わかりゃいい……』ふん、と桔平が腕組みをする。すっかりおとなしくなった夕季をちらと見やり、桔平が、こほん、と咳払いをしてみせた。『ところで、そろそろ許す気になったか?』

「まだ」

『まだか~……』


 三人がエア・スーペリアを集束させ、高度五千メートルの上空で滞空する。

 これから鳥の形態へと変化し、海上のフォエニクス目がけて垂直降下を試みる予定だった。

 ピオニィ・ストライクと夕季が名づけた、エア・スーペリアの必殺ブローである。

 夕季を中心に据えた集中コクピットの中、三人がはるか真下のフォエニクスを睨みつける。

 緊張の面持ちのまま、光輔がその口を開いた。

「雅」

 スクリーンに呼び出された雅が、薄笑みをたたえ三人を見つめ返した。

「タイプ・スリーでストライクをかけた後、すぐにタイプ・ツーに変わって海中にダイブするから、そのつもりでいてくれよ」

『了解、了解』

 にっこりと微笑む雅を、礼也が疑わしげに見やった。

「おい、今日のゲロっとタイマー、どれくらいだ」

『ん? 七分半くらい』

「根拠は?」

『ありません』

「……やっぱ、ねえのか」

 あははは、とおもしろそうに雅が笑う。

『でも今日は調子いいから、必殺技五つくらいはいけると思うよ。クラッカーの連ちゃんでもだいじょうび。吐いちゃうかもだけど』

「……ごめん、みやちゃん」

『あ、別にいいよ、夕季』慌てて否定する。『吐いちゃっても桔平さんが片づけてくれる約束だから。それが駄目なら、回らないお寿司をおごってもらうことになってるし』

「……」

「おっさんも大変だって」

「大変だね」

「……でも許さない」

 白銀の翼を陽光にきらめかせ、全長五十メートルの巨大な大鷲が滑空していく。

 目指すは、直径二百メートルの異次元空間だった。

 立ち込める水蒸気のスクリーンと圧力を伴った上昇気流をかき分け、ストライク・バードが風を切り裂いて進む。

 まばたきする間もなく、目標の白もやが視界へと飛び込んできた。

「行きます」

「おうよ!」

「っし!」

 夕季のアタック宣言に、声を揃える他の二人。

 とりわけ光輔は、次の行動へのイメージを脳内へとすり込み始めていた。

 と、その時。

 三人の眼前で信じられないことが起こった。

 一瞬でフォエニクスが反転し、その灼熱に燃える裏面をガーディアンへと差し向けたのである。

 六千度の熱風と、色すら判別できない暴力的な光源が三人に襲いかかる。

 司令室も同様だった。

 輸送ヘリからの中継を介して映し出されたディスプレイ内が白一色に染まり、注視していた面々がその眩しさに一斉に手をかざす。

「駄目だ、みんな目を閉じて!」

 青ざめたショーンの絶叫が室内に響き渡った。





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