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第十七話 『花・前編』 9. ウロボロス・ユニット

 


 式典用のブースに三機の搭乗式二足歩行兵器が陳列されていた。

 全高約十メートル。陸竜王や海竜王を模したと推察されるレイアウトは基本的に似通ってはいたが、それぞれが独自のコンセプトを持ち、サイズの違いもあり、まるで別の機体のように映った。

 開発時期の前後もあったが、成り立ちが異なり、個別の開発チームが競うようにプロジェクトを展開してきたのだ。そのすべては主流派に属するグループであり、今回ドラグノフやマカロフとともに、多数の技術スタッフが来日していた。

 コクピット・ハッチを跳ね上げた状態で直立する三体の機械歩兵をいぶかしげにドラグノフが見上げる。

 シンプルな造形の機動特化型、装甲や火力に重点を置いた重武装型、工作機械のようなマニュピレータを持つ偵察型がそれらのすみ分けであり、偵察型には試作段階の遠隔操縦ユニットがデモンストレーション用にコクピット内に実装されていた。

「ずいぶんとでけえんだな」

 桔平の声にドラグノフが振り返る。

 幹部用の制服の襟元を指で広げ、桔平がドラグノフの横へ並んだ。

「デリーとの共同開発が決まった時は竜王とそんなに違わないサイズだったはずなのに」

「竜王と同等のシステムを再現しようとすれば、必然的にこのサイズとなったのだろう。パワード・スーツならばこの半分以下のサイズでも収められるのだろうが、安全面とパイロットのケアにおいて改善すべき問題点が多すぎる。技術面ではロシアもデリーもすでにクリアしているのだがな。こいつもコクピットこそ窮屈だが、戦闘時以外には足も伸ばせるしリクライニングも可能だ。頭部の積載スペースには五十ガロンの水タンクと百食分以上のレーション、医療キットなどが詰め込まれ、コクピット内から取り出せるようになっているし、望めば現地放送の音楽を受信することもできる」

「……。ロシア人ってのは頭いいんだな……」

「君よりはな」

「何!」

 自嘲気味にドラグノフが、ふっ、と笑った。

「心配するなキッペイ。私もロシア人だが、こんなものは作れない。せいぜい世界最強の特殊部隊でトップに立てるくらいだ」

「いや、自慢してるようにしか聞こえねえんだが……」

「そうか?」

 まあいいか、というふうに桔平が後頭部をかく。

「こいつの名前、確かインフィニティ、だったな」

「インフィニティ・シリーズ。無限、という意味だ」

「よくある名前だ」

「そうだな。だが、まだ誰もそれを見極めた者はいない。今はまだ口に出すのも恥ずかしい段階だが、いずれ完成するだろう。我々がそれを見極めた最初の人間になる」

「なるほどね。ま、竜王の中はスッカスカのモナカだからな。まったく同じモンなんてできっこねえし、あんたらがすげえことには変わりねえよ」

「モナカ?」

「おお」振り返り、にやりと笑う。「定番の和菓子の一つだ。今度食わせてやるよ。濃~い日本茶によく合うんだぜ」

「それは楽しみだ」ドラグノフも同じ顔をしてみせた。「ぜひロシアへ持って帰りたい」

「本当に変わってんな、あんたは。和菓子が好きなロシア人なんて、そうはいねえぞ」

「どこの国のものでも本当にいいものは同じだ」

「まあな……」二足歩行兵器のバックパックへ目をやる。行軍中の歩兵の背負う荷物を思わせる巨大な箱が、亀の甲羅のように密着されていた。「これがウロボロスか……」

「ああ」中型車両ほどの大きさのユニットをドラグノフも見上げる。「まだ試作段階だがな」

「でっけえな。竜王よりもでけえんじゃねえのか?」

「これでもかなり小型になった方だ」桔平の顔も見ずににやりと笑う。「最初の設計では合衆国と同じサイズだった。そのために苦肉の選択として侵略プランが持ち上がったほどだ」

「いや、何言ってんのかわかんねえんだが……」

「時計の針が限りなく零時に近づいた瞬間だ」

「言ってろって」

「ふ……」ふいに複雑な心境をその表情に浮き彫りにする。「ムゲンを謳っておきながら、性能も活動時間も現行の原子力機関にははるかに及ばない。こいつはただの長時間バッテリーにすぎない。残念ながら失敗作だ」

「充分だろ」ドラグノフと同じ表情になる。その思惑は対照的だった。「燃料の補充もなしで何日も動き続ける戦車や戦闘機が、戦場にゴロゴロ現れたらと思ったら、歩兵の立場からしたら絶望的な気持ちになる」

「アメリカではこれと同じ容量の高密度燃料ユニットを、冷蔵庫ほどの大きさで実現したと聞く。同じ機体でそれぞれのパワーソースを携行しながら戦ったとしたら、ロシアには到底勝ち目がない」

「最初はそんなモンだろ。携帯電話だって出始めの頃はとても携帯できるようなシロモノじゃなかった。全然つながんなかったしな。そん時ゃ、ポケベルで呼び出して公衆電話に行きゃ充分だって、みんな言ってたもんだ。だが技術の進行は、みるみるうちにスタンダードへとたぐり寄せられていく。癌細胞が増殖するようなスピードでな」

「たとえが適切ではないな」

「本当に賞賛されるべきは、無駄だと思わず、諦めずにそれを成し遂げた奴らだ。最初の一歩を踏み出した人間の勇気には、その後のどんな偉大な功績だって及ばない」

「賛同しかねる面も多々あるが、言いたいことはわかる。ものごとをつきつめることも確かに難しいが、我々はあえてパイオニアとなる道を選択した」

「小型核融合炉の開発に躍起になっているところもあるが、ウロボロスを目指したロシアは正しい。燃料の調達はおろか、整備や不測の事態にもその場で対応できるからな。知識さえありゃ、その辺の町工場でだって修理可能だ」

「堅牢でシンプルがロシアの伝統だからな。どれほどの先進技術が詰まっているのかと期待して分解した技術者は、中身を見て拍子抜けするだろう。その驚くほどシンプルな作りに仰天すること間違いなしだ。ボルシチを作る方が二つばかり工程が多い。アレクシアならばそこへあと三工程加えるはずだ」

「ははは。かと言って、決して手を抜いているわけじゃない。必要なスペックを詰め込み、できるだけ簡素に大量に壊れないものを作り上げる。誰がどこでどんな道具をどう使うのか熟知しているからこそできる芸当だ。そしてそれが優位であることを決して他人には悟らせない。そのしたたかさがロシア人の怖さだ。知ってるか? こいつがアメリカさんからインフェルノ・シリーズってもじられて畏れられてるのを」

「ああ。皮肉たっぷりにイン・フェアーと呼ばれていることもな」

「どっちも当たってる」

「そうだな」

「……」

「……」

 沈黙を受け入れる二人。

 次の桔平の言葉には複雑な想いが詰め込まれていた。

「あんたにとっては残念なことになったな」

「……」すぐさまドラグノフが思考を切りかえる。「これも巡り合わせだ。もともと縁がなかったものと考えるしかない」

「いつ発つ?」

「まだ未定だが、長居して君達の邪魔をするわけにもいかないからな」

「プログラムの発動中はあんた達の行動にもかなりの制限がつきまとう。その前に撤退する方が利口かもな」

「ああ」

「ただな……」

「……」

「あのバカ、淋しがるだろうって思ってな」

「……。ユウキのことか?」

「……ああ」

「私も残念だ。ようやく後継者を見つけたというのにな」

「なんの後継者だ?」

 意味ありげにドラグノフが笑う。

「たった数週間で彼女は見違えるほど強くなった。体の使い方がいい。体幹がしっかりしているから簡単にぶれることもない。もともとセンスはあったのだろうが、あの上達振りには正直言って驚きを隠せない。体格が同じならば、おそらく彼女の方が私より上だろう」

「あんたみたいな女、そうそういやしねえがな……」

「同じ条件で一対一ならば、彼女より強い高校生は日本には存在しないはずだ」

「そりゃ言い過ぎだろ。あの体つきで格闘技かじってる二百キロの奴に勝てるとは思えねえ」

「その二百キロの相手の筋肉はナイフも通さないのか?」

「殺し合いの話、してたのね……」

「何百回殴っても人間が必ず死ぬという保証はない。だが急所さえつけば、指一本で倒すことも可能だ」

「そういう戦い方、あいつがするとは思えねえがな」

「それは同感だな。彼女は優しすぎる。非情にはなれないだろうな」

「ああ……」桔平が淋しそうにため息をついた。「……俺以外の人間にはな」

 ドラグノフが遠くへ視線を投げかけた。

「彼女は強くなる。何より、あれだけの心を持った人間はそうはいない」

「これ以上強くなられると、こっちもいろいろ困るんだがな……」

 桔平が胸ポケットからタバコを抜き取る。差し出されたそれをドラグノフは丁寧に押し返した。

「あんたやアレクシアにもそうなんだろうけどな、あいつ、あんたの娘のことがすっかり気に入っちまったみたいでよ。似たモン同士ってえか、何てえか、自分のガキの頃見てるみたいで、かわいくて仕方ねえんだろうな」

「マーシャもそうだ。ユウキを自分の姉のように感じている。心を閉ざしてしまった彼女の支えになってくれている。あんなに楽しそうにしているあの子を見るのは久しぶりだ」

「……楽しそうって、あのチビッ子、全然笑わねえだろが」

「笑っている。私にはわかる。あとはそれを解放してやるだけだ」ドラグノフが満足そうに頷いた。「私以外の誰かの手でな」

「……。また、戻ってこれるのか」

「……難しいだろうな」

「そうか……」

「……」

「……。なあ……」

「それ以上は言わないでくれ」

 振り返ることすら拒絶するようにドラグノフが桔平の声を断ち切る。

「友人と見込んでの頼みだ」

「……」

 桔平は何もできずに、ただその背中を見守るだけだった。





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