第18話 守るための力
ミルメコレオがウイカに向かって飛び掛かる。それをヒラりと往なして、彼女は敵の背に炎の弾丸をぶつけた。
一発、二発、三発。次々に相手へ叩き込まれる火球たち。
攻撃を食らったミルメコレオのたてがみや体毛に炎が燃え移り、一気に炎上していく。
それでも相手は止まらない。火に呑まれながらも走る。
熱さを感じていないわけではないようで、時折悶えながらも確実にウイカに狙いを定めていた。執念深い怪物だ。
次の突進も彼女は寸前のところで回避しようとしたが、ミルメコレオは予期していたように首をぐるりと動かし、そのままステッキを持つ右腕に噛みついた。
「うっ……ぐ!」
腕に食い込んだ牙が、明らかに彼女の皮膚を貫いている。苦悶の表情を見せて呻くウイカ。
痛々しくて直視できない。
ミルメコレオは顔を大きく振って、彼女を空中に放り出した。帽子が吹き飛び、華奢な体が投げ出される。腕から流れ出した血が空を雨粒のように舞った。
再び地面へ墜落、彼女は力無く倒れ込む。
こんなの……。
「ウイカ! 駄目だ!」
隠れて見ていられるわけがない。
俺は無我夢中で飛び出し、彼女のもとへ飛び込んだ。
流血で濡れた体を抱え上げる。腕の怪我はもとより、地面に叩きつけられた打撲や擦過傷で、全身が傷だらけだ。
目を開けないウイカ。
気絶しているのか、それともまさか。
「しっかりしろ、ウイカ! とりあえず何とか逃げて――」
「……だめ」
俺の言葉に彼女が辛うじて反応した。薄く目を開いて、視線が合う。
碧眼の澄んだ瞳が充血して少し揺らいでいた。
しかし、少しの会話時間すら許されない。ミルメコレオがこちらに向けて駆け出してくる。
どうする。今からなんとか集中してゲートを開けられるか?
現実世界で態勢を立て直して出直すことができれば。だが戻ったところで、こんな怪我をすぐに治療できるのか。
そもそも魔法少女は組織なんだろう。仲間が助けに来たりはしないのか。
頭の中がパンクしそうだったが、何か案を考えるより先にウイカは俺の手を振りほどいて立ち上がった。
よろよろとした頼りない動きで、それでも戦う意志だけは示している。
「馬鹿! 無理だって!」
「無理じゃ……ない」
血を流す右腕は、だらりとぶら下がったまま力が入っていない。ステッキを左手に持ち替えて構える。
ウイカはずっと、こんな極限の戦いを繰り返してきたのか。
彼女に食らいつこうと大きく口を開けるミルメコレオ。その口内に目掛けて再び火炎弾を連射。
弾はそのまま口へ飛び込み、爆発。敵の内臓ごと焼き尽くさんとする破壊力。
ミルメコレオが金切り声のような絶叫をあげ、その場に倒れ込んだ。さすがに体内のダメージは強烈だったのだろう。
敵に隙が生まれた。俺は必死にウイカへ訴える。
「今のうちだ、一旦避難しよう!」
「逃げない」
「っ! なんでだよ、そんな体じゃ戦えないだろ!」
「……戦えない?」
退避を促す俺の言葉に、ウイカは眉をピクりと動かす。
ひどく冷ややかな目がこちらを見ていた。
「戦えなくなったら、終わり」
「えっ?」
終わり?
たしかに彼女が戦えなくなったら、ミルメコレオはスペルフィールドを破って現実世界に飛び出してくる。そうなれば一巻の終わりだ。
でもたぶん、そういうことを言っているんじゃない。
ふらつくウイカ。それでも敵から目を離さず、構えも崩さない。
「私の存在意義」
ミルメコレオはまだ地面に伏している。それを視界に捉え、彼女は攻撃魔法を練り始めた。
ステッキの先から火花が散る。
「私は戦うための存在。戦えなくなったら、生きている意味なんてない」
「なっ……!」
そんなこと言うな、とは返せなかった。それだけ彼女が悲壮な顔をしていたから。
それがウイカの日常なのか?
昨日も言っていた。戦うために生まれたのだと。そこに理由なんてないのだと。
分からない。自分の命を蔑ろにするのが当たり前なんて価値観があるのか。あっていいのか。
そのズレの正体が知りたくて、彼女の日常や色んなことが知りたくてこの戦いへの同行をお願いした。
だけど。
「なんなんだよ、それ」
結局、どれだけ聞いてもその考え方に納得することはできなかった。
だってあの時、ウイカは言ってくれたじゃないか。
何故か分からないが、俺が犠牲になるのは怖いと。友達だから死んでほしくないんだと。
じゃあ。
「そんなの、逆の立場だって同じだろ……」
生きている意味がないなんて言うなよ。
「ウイカが犠牲になっていいワケないだろ!」
俺の叫びも虚しく、束の間の隙は終わる。
ミルメコレオが起き上がった。肉体が焼ける焦げ付いた臭いと煙を吐き出しながらも、相手の動きは止まらない。あんなに強力な炎を浴びせられたにも関わらず、平然とこちらに狙いをつけている。
ウイカが忌々しげに敵を睨む。
このまま戦って勝算があるようには見えないのに、ぜえぜえと苦しそうに息をしながらも相手を真正面に見据えている。
敵が吼えた。
「ウオォォォォオ!」
勝利を確信した余裕の雄叫びだと思った。
対するウイカも相手を真っ直ぐ見たまま、構えを解こうとしない。互いに臨戦態勢が続く。
だが、次の瞬間。
彼女は自分の体を支えきれずにふらついた。
それを見たミルメコレオは一瞬の隙を見逃さず、牙を剥いて飛び掛かってくる。
「ッ! 間に合え!」
俺は倒れそうになった彼女の体を支え、戦いの前に託されたネックレスを構えた。
五芒星の飾りが、赤く燃えるような光を放って相手を弾き飛ばす。
「よし、効いた!」
相手が強すぎると護身にならないと言われていたが、ミルメコレオはこのネックレスの防御効果で追い返すことができたようだ。
閃光に目くらましの効力もあったのか、敵はその場で目を閉じて暴れている。
俺はウイカの小さな体をギュッと抱きしめた。彼女は抵抗してなんとか自力で立ち上がろうとするが、血が少なくなって俺を振りほどく余力も残っていない。
弱々しい左手が、それでも俺の胸を押し返そうとしてくる。
もうやめてくれ。なんでそこまで頑張るんだ。
「俺が、この子を守れたら……」
限界ギリギリの状況で、思わず泣き言を口にしていた。
「なんにもできない! たった一人、友達を守ることも!」
ウイカから貰ったネックレスを握りしめる。
光は既に失われていたが、まだ魔力が残っているのか五芒星から熱を感じた。
――いや。
これは、フィールドへ入る時にウイカが手を重ねてくれた時と似ている。
熱い力が俺の体に流れ込んでくるような。魔力が俺の体にも循環しているような感覚。
「ウイカ、これって」
「あら、き、くん……?」
戸惑うウイカの顔。彼女が何かしているわけじゃない。
頭がズキズキと痛み出す。
「……なんだ、これ……!」
何故か分からないが、巡ってくる熱を操れると思った。火事場の馬鹿力というやつなのか。
ウイカからそっと手を離して立ち上がる。
「荒城くん? 何を……」
「大丈夫だ」
ミルメコレオに対して正面から構える俺を見て、ウイカが焦っている。自棄になって無茶なことをしているように思われているかもしれない。
けれど俺は出来る気がした。確信なんて何もないのに。
現実で感じていた言い得ぬ感情が一挙にフラッシュバックしてくる。
自分の存在や能力に、何処か納得できないズレを感じていたあの感覚。
中二病ね、と真凛は言っていた。俺自身もそう思っていた。
自分の中に特別な力が眠っていて、それが突然目覚める。そんなものはただの痛い妄言なんだ。誰しもが劇的な変化を諦めて、現実を受け入れる。
だけど。
「駄目、荒城くん……っ!」
心配そうに声をあげるウイカ。けれど怪我のせいで起き上がることもできない。
彼女を早く安全な場所に連れて行かないと。そのためには、目の前の敵を倒さなくちゃならない。
俺は、確信をもって発した。
「俺はこの力を、使える」




