30話 勘違い
「盗みじゃない」
トゥルースの一言で、空気が止まった。
男も、女も、周囲も。
一斉に視線が集まる。
「……は?」
男が眉をひそめる。
「何言ってんだ」
「見間違いだ」
トゥルースは淡々と言った。
女が目を見開く。
「え……?」
トゥルースは男の荷を指さす。
「それ、さっき補充しただろ」
男が一瞬固まる。
「……ああ、したが」
「その時だ」
一歩近づく。
「袋、二つ重なってた」
「一つ落ちてる」
男の表情が変わる。
「……は?」
トゥルースは少し視線をずらす。
露店の脇。
木箱の陰。
「ほら」
全員の視線が向く。
そこに――
布袋が一つ、転がっていた。
「……あ」
男が声を漏らす。
ダグが小さく吹き出す。
「マジかよ」
男が慌てて拾う。
中身を確認する。
「……ある」
ぽつりと呟く。
女はその場で固まっていた。
理解が追いついていない。
「ほらな」
トゥルースは軽く言う。
「盗みじゃない」
沈黙。
そして――
周囲からざわめきが戻る。
「なんだよ、それ……」
「勘違いか?」
「焦りすぎだろ」
男が頭を掻く。
「……悪かった」
小さく言う。
女の方を見る。
「勘違いだ」
女は何度も頷く。
「わ、私は何も……」
「分かってる」
男が遮る。
「俺のミスだ」
空気が緩む。
張り詰めていたものが、一気に抜けた。
トゥルースはそれを確認すると、興味を失ったように背を向ける。
「行くぞ」
「ああ」
ダグがついてくる。
人混みから抜ける。
再び市場の流れへ。
「……それだけか?」
ダグが聞く。
「それだけだ」
トゥルースはあっさり答える。
「スキルも使ってねぇし」
「いらねぇだろ、あれは」
ダグは少し考えて――
「まぁ、そうだな」
と笑った。
「でもよ」
少しだけニヤける。
「さっきのはカッコよかったぞ」
トゥルースは肩をすくめる。
「ただ見てただけだ」
「それが出来ねぇんだよ、普通は」
ダグは軽く笑う。
しばらく歩く。
市場の音が心地いい。
「腹減ったな」
ダグが言う。
「さっきから匂いがヤバい」
確かに、焼いた肉の匂いが漂っている。
屋台の列。
煙。
音。
トゥルースは少しだけ視線を向ける。
「……行くか」
ダグが笑う。
「やっとその気になったか」
屋台へ向かう。
人の列に並ぶ。
「こういうの、久々だな」
ダグが言う。
トゥルースは何も言わない。
ただ、少しだけ口元が緩んでいた。
騒がしくて。
くだらなくて。
でも――
悪くない。
そんな時間だった。




