2話 推しの女神様
――光。
意識が、ゆっくりと浮かび上がる。
……痛みは?
ない。
さっきまで腹を貫いていたはずの激痛が、嘘みたいに消えている。
「……は?」
目を開ける。
そこは――
真っ白な空間だった。
上も、下も、左右も。
何もない。
ただ、光だけが満ちている。
「……どこだよ、ここ」
体を起こす。
血も、傷もない。
服もそのまま。
夢……にしては、やけに現実感がある。
「死んだ……わけじゃなさそうだな」
ぽつりと呟いた、その時。
「うん、死んでないよ」
「――っ!?」
振り向く。
いつの間にか、そこに“誰か”が立っていた。
長い髪。
柔らかい雰囲気。
どこか現実離れした、美しい少女。
いや――
「……誰だ、お前」
警戒しながら問う。
少女は、にこっと笑った。
「ひどくない? 助けたのに」
……助けた?
「助けたって……」
記憶が、戻る。
ナイフ。
血。
倒れる感覚。
「……ああ」
そういうことか。
「お前が、あの声の主か」
「正解~」
軽いノリで、少女は手を振る。
「ていうかさ」
一歩近づいてくる。
「やっと会えたね」
「――トゥルたん」
「……は?」
思考が止まる。
「いやいや、反応薄くない?」
少女は頬を膨らませる。
「こっちはずっと見てたんだけど?」
……見てた?
「お前……何者だよ」
少女は、少しだけ胸を張って。
当たり前のように言った。
「女神だよ?」
「……は?」
数秒、沈黙。
「……いや、ちょっと待て」
頭を押さえる。
「情報が多い」
女神。
リスナー。
トゥルたん呼び。
全部が噛み合ってない。
「順番に説明しろ」
「えー、めんどいなぁ」
そう言いながらも、少女は楽しそうに笑う。
「じゃあ簡単にね」
指を一本立てる。
「まず、君は死にかけた」
「知ってる」
「で、私が助けた」
「それも聞いた」
「理由は――」
一瞬、間を置いて。
満面の笑み。
「推しだから」
「……は?」
「いやだからさ、トゥルたん推しなの」
当たり前みたいに言うな。
「全部見てたよ?」
「初期の頃からずーっと」
「コメントもしてたし」
「……コメント?」
「あ、名前はね――」
少し考える仕草。
「内緒」
「は?」
「だって、特定されたら恥ずかしいじゃん」
頬をかく。
……神のくせに妙に人間くさいな。
「でさ」
急に真面目な顔になる。
「君、あのままだと死んでたよ?」
「……だろうな」
「でも、もったいないじゃん」
「何が」
「配信」
即答だった。
「君の配信、面白かったし」
「コメント拾いも上手いし」
「間も完璧だったし」
「……褒めすぎだろ」
「でもさ」
少しだけ、声のトーンが落ちる。
「やり方は、あんまり好きじゃなかった」
「……だろうな」
「だからさ」
少女は、まっすぐ俺を見る。
「もう一回、やり直してみない?」
「今度は、“救う側”で」
沈黙。
……やり直し、か。
「……で?」
顔を上げる。
「何すればいい」
少女の顔が、ぱっと明るくなる。
「いいね、そのノリ!」
「じゃあ説明するね」
軽く手を振る。
その瞬間。
視界に、文字が浮かんだ。
――スキル:配信者
「……は?」
「それが君の力」
「発動するとね」
少女が楽しそうに続ける。
「現実の登録者数が、そのまま“名声値”になる」
「……250万か」
「そ」
「簡単に言うと、相手が君を疑えなくなる」
「ほぼ無条件で信用される」
「ただし――」
指を立てる。
「今は、5分だけ」
「……“今は”?」
「うん」
にやっと笑う。
「それ、初期値だから」
「……は?」
「ちゃんと成長するよ」
「レベル上がれば時間も伸びるし」
「使い方次第でいろいろできるようになる」
「じゃないとチートすぎてつまんないでしょ?」
……確かに。
「で、使ってないときは?」
「名声値0」
「誰にも信じてもらえない」
極端すぎる。
「でもね」
少女は続ける。
「積み上げれば増える」
「信用は、ちゃんと残るから」
その言葉に。
少しだけ、納得する。
暴露じゃない。
信用を作る力。
「……悪くない」
「でしょ?」
満足そうに笑う女神。
「じゃあ――」
手を振る。
光が広がる。
「行ってらっしゃい、トゥルたん」
「今度はちゃんと」
「“救って”ね」
視界が白に染まる。
体が、落ちていく。
そして――
地面に叩きつけられた。
「――っ!?」
痛み。
土の感触。
風の匂い。
目を開ける。
そこは――
見知らぬ世界だった。




