19話 出発と影
町の外れ。
ダグの荷車の前で、軽く伸びをする。
「……いい天気だな」
「出発日和だな」
ダグが荷を確認しながら答える。
木箱。布。香辛料。
しっかり積み込まれている。
そして――
荷車の前には、一頭の馬が繋がれていた。
茶色の毛並み。
筋肉質で、よく手入れされているのがわかる。
「……あれ?」
思わず声が漏れる。
「どうした」
「最初に会った時さ」
馬を指さす。
「もっと小さくなかったか?」
「ロバみたいなやつ」
ダグが「ああ」と頷く。
「あれは前のだ」
「前の?」
「売った」
あっさり言う。
「調子よかったからな」
「商人だな」
「だろ?」
肩をすくめる。
「で、こいつを仕入れた」
馬の首を軽く叩く。
「速度も力も段違いだ」
「へぇ」
近づいて見る。
「確かに良さそうだな」
「値も張ったけどな」
「回収できるのか」
「するに決まってるだろ」
ニヤッと笑う。
「お前もいるしな」
「それが本音か」
「当然だ」
即答。
「名前は?」
「つけてねぇ」
「雑だな」
「商品みたいなもんだからな」
手綱を握る。
「ちゃんと働くぞ」
「だろうな」
軽く笑う。
「全部揃ったのか」
「予定通りな」
荷車を軽く叩く。
「これでこの町の分は終わりだ」
「タイミングいいな」
「お前が派手にやったからな」
苦笑する。
「さっさと動いた方がいい」
「狙われる前に、か」
「もう遅いかもな」
あっさり言う。
「……だろうな」
軽く笑う。
「まあいい」
肩を回す。
「来るなら来いって感じだ」
「ほんと肝据わってんな」
「ただの慣れだ」
適当に返す。
「行くぞ」
ダグが手綱を軽く引く。
馬が鼻を鳴らし、前に踏み出す。
荷車が、ゆっくりと動き出した。
軋む音。
土を踏む音。
商人の旅が、続いていく。
門を抜ける。
外の空気は、少しだけ軽い。
「……で」
ダグが前を見たまま言う。
「気づいてるか」
「何が」
「後ろ」
振り返らない。
「気づいてる」
足音。
二つ。
一定の距離を保っている。
「素人じゃねぇな」
「だな」
「どうする」
少し考える。
「……まあ」
軽く息を吐く。
「確認するか」
道を外れる。
林の方へ。
馬がわずかに首を振る。
「おいおい」
ダグが呟く。
「巻き込むなよ」
「大丈夫だろ」
軽く返す。
足を止める。
静寂。
風の音。
「出てこい」
振り返らずに言う。
数秒。
そして――
「……気づいてたか」
低い声。
木陰から二人、現れる。
黒い服。
顔は隠している。
「わかりやすいな」
「仕事だ」
一人が言う。
「恨みはない」
「だろうな」
軽く返す。
「で、誰に頼まれた」
「言うと思うか?」
「言わねぇよな」
肩をすくめる。
「でも、だいたい想像つく」
貴族絡み。
それ以外ない。
「悪いが――」
男が一歩前に出る。
「ここで終わりだ」
「……短いな」
ぽつりと呟く。
「何がだ」
「判断が」
小さく笑う。
視界に、文字が流れる。
『きた』
『襲撃!?』
『物騒になってきたな』
『2対1?』
『いやダグいる』
スキル発動。
残り時間――5:00
「一つ聞く」
ゆっくりと口を開く。
男たちがわずかに身構える。
「お前ら、いくらだ」
「……は?」
一瞬、思考が止まる。
「報酬だよ」
「いくらで動いてる」
「……関係ない」
「あるだろ」
一歩近づく。
「割に合ってるか?」
沈黙。
ほんの一瞬。
迷いが走る。
「……仕事だ」
言い直す。
だが――
さっきより、弱い。
「そうか」
頷く。
「じゃあもう一個」
目を見る。
「俺、殺せると思うか?」
空気が、重くなる。
男たちの呼吸が、乱れる。
「……やるしかない」
言葉に、力がない。
自分でも、確信が持てていない。
「だろうな」
小さく笑う。
「やるしかないよな」
一歩、さらに踏み込む。
距離が縮まる。
男たちが一瞬、下がる。
無意識に。
「でも」
静かに言う。
「無理だ」
その一言が、落ちる。
「っ……!」
体が、止まる。
動けない。
ほんの一瞬。
それだけで十分だった。
「帰れ」
軽く手を振る。
「今なら見逃す」
沈黙。
数秒。
「……チッ」
舌打ち。
一人が後ろに下がる。
「引くぞ」
「だが――」
「無理だ」
即答。
「やっても無駄だ」
その言葉に、もう一人も動きを止める。
「……覚えてろ」
ありきたりな捨て台詞。
だが――
完全に、折れている。
二人はそのまま、林の奥へ消えた。
『え、終わり?』
『はや』
『何した今』
『怖すぎるんだが』
『会話だけで終わった』
「……こんなもんか」
肩を回す。
配信終了。
静けさが戻る。
「……お前な」
ダグが呆れたように言う。
「何した」
「何も」
「嘘つけ」
「話しただけだ」
「それで帰るか普通」
「帰っただろ」
軽く笑う。
「……めちゃくちゃだな」
ダグがため息をつく。
「効率いいだろ」
「否定できねぇのがな」
荷車に戻る。
「行くぞ」
「ああ」
再び動き出す。
町が、少しずつ遠ざかる。
振り返らない。
「……いいのか」
ダグが聞く。
「何が」
「追われるぞ」
「だろうな」
あっさり答える。
「でも」
前を見る。
「面白くなってきたじゃねーか」
小さく笑う。
道は続く。
次の町へ。
そして――
まだ見ぬ“嘘”の元へ。




