婚約破棄して聖女と浮気した王太子が、呪いでボロボロになりながら「君以外ありえない」と這いずってきた。今更すがりつかれても困るのですが、なぜか国ごと差し出されました。
私は黒魔術なんて全く興味がない、普通の貴族令嬢なんですが……。
別荘の庭園に、指先が緑色に変色した呪われた姿でボロボロになって倒れているのは王太子です。
「……君以外ありえない……」
私の顔を見るとうわごとのように言って気を失ってしまいました。
なにしに来たんですか?
聖女と浮気して婚約破棄したのは王太子、あなたですよね?
「とはいえ、このままここに寝かせておくわけにはいきませんね……」
私は使用人に命令する。
「王太子をこの家の前の道に連れて行って! 王太子はここまで辿り着けなかった! いいですね?」
「お、お嬢様! 流石にそれはいけません!」
メイド長が言う。
「いくら、婚約破棄されて王太子殿下を激しく恨んでいらっしゃても、人としてやって良いことと悪いことがあります!」
「恨んでなんかいまいませんけど」
私は紅茶を飲みながら答える。
「王太子殿下を殺そうとしてるじゃないですか!」
「道に放置するだけですよ。なにか歌って踊るような動物が介抱してくれますよ。ここは、魔法や呪いなんかがあるファンタジーの世界ですからね!」
転生者の私は思います。
「歌って踊る動物なんていませんよ、お嬢様! 見たとしたら呪いによる幻覚です!」
歌って踊る動物はいない……。
ってことは、ここはミュージカル映画の世界ではない……。
「王太子は屋敷の客間に運びますからね!」
メイド長が他の使用人に言って運ばせてしまう。
「ちょっと待って! 指先が緑色だなんて、なにか魔物が王太子に化けているのかも……!」
「そんな魔物なんてこの世界にいませんよ、お嬢様!」
魔物もいない……。
RPGの世界でもなさそう……。
「王太子は、本当に呪いに侵されてしまっているの?」
「指先が緑色になるなんて病気はありませんから、呪いだと思います」
呪いはある世界か……。
魔法と呪いが人間同士が争うために設定されてるファンタジー?
さっぱりわからない、ここは何処?
◆
私は最近、自分が転生者だということに気付きました。
王太子に婚約破棄されたばかりの貴族令嬢だということは分かっています。
でも、ここがなんの物語の世界なのかがわかりません。
物語なんて無数にあるから私が知らないものもあるでしょう。
本当の異世界かもしれないし……。
この世界で生きてきた記憶があるなら、何の物語かなんて探る転生者の思考には至らなかったと思いますけど……。
最近、転生者だって自覚したうえ、以前の記憶がないんです。
浮気した王太子が呪われて婚約破棄した令嬢に、「君以外ありえない」って縋り付いてくるってどんな状況……。
ん?
「君以外ありえない」とは?
何が「君以外ありえない」んですか?
一、俺が愛するのは、「君以外ありえない」
二、俺を呪ったのは、「君以外ありえない」
三、その他。
……。
どれでしょう?
私の部屋にある黒魔術の本や、怪しい魔道具類を思うとニ以外はありえない気がしますが、まだ一の線も捨てきれません。
何も分かってないので三の説が濃厚な気もしますし。
……。
やはり王子はここまで辿り着かなかった。
この展開が一番安全です。
「王太子様のことはお城に知らせますか? お嬢様」
……メイド長を説得……はできないようなので、メイド長ごと……って、無理に決まってます。
人としてやって良いことと悪いことがある、その通りです。
「ねえ、メイド長。この世界の令嬢は黒魔術を嗜むのが当たり前だったりしませんよね?」
「何言ってるんですか。黒魔術なんてガチの犯罪者しか使いませんよ」
私の部屋にあるあれは一体……。
今世の、以前の私は人としてやって悪いことをした悪役令嬢だったのでしょうか?
◆
私は王太子の寝かされている客間にいました。
王太子を心配してというわけではありません。
自分の部屋が黒魔術でいっぱいなので、記憶がない私は触って呪われたら嫌だからです。
王太子を見ると指先だけだった緑色が、更に広がって手の甲の半分までが緑色になっています。
このまま呪いが全身に広がって亡き者になってくれたら……。
「お城から返信がありまして、あちらでも呪いについて調べているから、王太子のことはそちらでくれぐれもよろしくだそうです」
メイド長が報告してくる。
“死んだんだから死因なんて細かいことはどうでもいいでしょう作戦”は無理か……。
ベッドに寝ている王太子はボロボロだった服を着替えさせられて、顔の汚れも拭かれていて、緑色の手に目をつぶれば、ハンサムそのものの容姿をしている。
落ち着いて聞こえてくる寝息のリズムが心地よくて、顔を見つめていると引き込まれてしまう。
好きだったのかな……。
転生者だって思い出す前の私は。
だから聖女と浮気されて、王太子を呪ってしまったのかも……。
って、どんどん状況証拠が積み重なってくる!?
気をしっかり持って! 呪ってるなんて確定したら処刑されてしまうかもしれないんですよ!
◆
「令嬢!」
呼びかけられて目を覚ます。
朝の光の中に王太子の顔があった。
「ずっと、……俺を看病してくれていたんですね……」
そう言った王太子の顔は逆光でよく見えない。
……真意もよく分からない。
『好きな子に看病されて嬉しい』って言い方に聞こえるけど、含みもあるような……。
『王太子が心配で一晩中看病していました!』なんて言ったら、
『呪ったのはあなたなのに? 嘘つきは処刑しますよ?』
って、言い出しそうな怖さがある!
だいいち、私は看病なんて本当にしてないし。
ここしか居場所がなくて、気づいたら寝てただけで……。
やっぱり王太子はここに辿り着いてくれない方が……。
ポロ……
——涙が、私の目から溢れ落ちます。
これは、王太子に会えたことへの喜びの涙?
私の中で感情が渦巻いています。
嬉しいとか、良かったとか、好きとか。
記憶を無くす前の私の気持ち。
純真で綺麗な気持ち……だけど、——だから、やってしまった説が……。
泣きながら血の気が引いていく……。
「令嬢、本当に俺のことを忘れてしまったみたいですね……」
王太子が悲しそうな声で言う。
なんで? それを知って……。
メイド長だって気づいてないのに……。
王太子が私に手を伸ばそうとして……緑色が拡がっていることに気づく。
「呪いが、腕まで……」
王太子は、それが呪いだと知っている。
それでここまで来て、「君以外ありえない」と私に言った。
私が呪いの主で、呪いを解いてもらうつもりだったのに忘れててがっかり!?
そういう展開!?
『呪いが解けないなら、処刑だ!』
って事!?
「君が、俺にかかっていた呪いを解いてくれていたけど、聖女に見つかって解術が半端になってしまったせいで緑色が広がっているんだ……」
へ?
呪いを解いていた!?
私が!?
「完全に記憶がないようだね」
王太子の問いに、私は勢いよく頷きます。
嘘……!
悪役令嬢だと思ったら、まさかの正義側だったの!!
「困ったなぁ……。俺の呪いを解けるのは、君以外ありえないのに……」
そ、そういう意味かー!!
私はやっと納得がいった。
処刑の可能性がなくなって安心したんだけど……。
「このままだと聖女のせいで俺も令嬢も破滅だ……!」
そっちの心配があるのかー!!
私は自分が処刑される未来を想像してしまう……。
群衆の中に作られた処刑台に、王太子と私が粗末な汚れたベージュの服を着て並んで立っている。
後ろでは汚れを知らない純白のドレスを着た聖女が、私たちにしか分からない小さな笑みを浮かべて見下している。
鋭い刃がキラリと太陽の光を反射すると群衆は、私たちから血が噴き出す瞬間を期待してどよめく。
自分一人で心配していた時より生々しいイメージが湧いて来ます。
サッと青ざめる私の顔を、緑色の王太子が見とめて唇を震わせました。
「俺が聖女なんかに呪われたせいで、君にまで迷惑をかけて、本当に申し訳ありません!」
王太子がベッドから降りて床に手を付いて謝罪します。
心から悔いている様子だけど、悪いのは聖女です。
「お、王太子! の、呪いってどうやって解くんです!?」
私は慌てて聞きます。
「それは俺も知らない。令嬢は呪いや黒魔法のスペシャリストだから、君が知っていると思っていたんです……」
私、呪いのスペシャリストだったんですか!?
あ、だから部屋にあんなに黒魔術の本があったのね!
「王太子! 行きましょう! 私の部屋に黒魔術の本が死ぬほどたくさんあります。呪いを解く方法があるかもしれません!」
「え! 黒魔術! 記憶をなくしても黒魔術への情熱は消えていないんですね、令嬢!?」
王太子方なぜか喜んでいます。
すっかり忘れているとは言い出せませんね……。
◆
私の部屋には黒魔術の本と道具がたくさん並んでいた。
「わぁ、素晴らしい黒魔術本のコレクションですね」
王太子が感心しています。
呪いを解くために使ってたなら、触っても呪われないわよね?
おどろおどろしい黒魔術の本と道具に半信半疑だけど、王太子と解術のヒントがないか探します。
王太子は「う……!」とたまにうめき声をあげて、呪われた身体が辛そうです。
「俺は聖女の呪いで操られて令嬢のことを考えられずに婚約破棄したんだ。令嬢はそれに気づいて、でも、解術に時間がかかることを見抜いて別荘まで身を引いて、遠隔で解術を試みていてくれたんだよ」
この黒魔術の道具は、遠隔で王太子の呪いを解くためのものだったの?
道具の中には焦げた金属が入っていて、同じ金属がガラス瓶の中もあった。
そんな道具が何種類か放置されている。
なんとなくだけど呪いを少しづつ解いていく過程がわかった気がします。
でも、記憶がないのに再現は出来ないわね……。
見ると王子の腕が肘まで緑色になっている。
ッ!
私の胸が衝撃に痛む。
「令嬢に会えて嬉しくて、呪いが早く進んでしまっているのかもしれませんね」
冗談で誤魔化しているけど、このままでは王太子は呪いで死んでしまうのでは!?
私の記憶は戻っていないけど、王太子が目を覚まして私の目から自然と涙がこぼれたり、目が覚めてからの王太子の様子に、私は惹かれています。
王太子に対する想いと焦燥感で喉がヒリヒリします。
……大切な人を道に戻して放置しようとした後悔も混じってますが……。
私はさっきよりもスピードを上げてヒントを探す。
急いで雑になった動きに手に取ろうとした黒魔術の本が逃げ出します。
テーブルに積み上げられた本は床に散らばって、間から一片のメモが出てきました。
「大丈夫ですか? 令嬢」
王太子が心配してくれる声も聞こえないくらい私の眼はメモに釘付けになる。
『そいつは嘘つきだ』
王子の声と同時に目に飛び込んできメモに、背筋がゾッとする。
……落ち着いて、コレはメモです。
現在のことを言い当てているのではなく過去のやりとりの記録。
聖女が王太子を呪っていたことを考えれば、“そいつ”は聖女で“嘘つき”もそのまま聖女のことです。
私が過去に聖女の呪いに気づくキッカケがあったという記録です。
お、驚かせないで、誰ですか!? こんなメモを置きっぱなしにしたのは!?
……私です。
ならば、このメモが挟まっていた本に王子の呪いを解く解術方法が書いてあるのでは?
本の中を見ると更にメモがいくつかあって、断片的に読み解けば、王太子専用の遠隔操作での解術方法が書いてありました。
最後らしいメモには、魔法陣と呪文が書いてあります。
瞬間、私の指先が考えるよりも先に動き出しました。
王太子のいる方に指を伸ばすと丸く円を書き中にはメモと同じ幾何学を素早く描写します。
「この者の呪いを解け、穢身浄化! 呪解除!」
光が魔法陣から王太子に向けて放たれると、王太子の身体が光に覆われました。
光が手先から強く光って消えていくと、王太子の逞しい手が見えます。
緑色ではなくなっています。
「……! 令嬢! やはり、君以外ありえない!」
王太子が私を見て言った後に、元に戻った自分の手を喜びに震えながら見つめています。
「私が……黒魔術を使ったの……」
私は指先を空中に止めたまま、自分で自分のした事に驚いています。
「記憶がなくても身体が覚えているんですね。さすがです、令嬢」
◆
頭痛がする。
気がつくと、自分が何をしていたか分からなかった。
「私は聖なる力があるんですよ。あなたの国のお役に立てますわ」
俺は王太子だ。
怪しいと思ったが、俺の国を出したからには、相手は国に対して何か企んでいる。
何を企んでいるのか知る必要がある。
だから、聖女を名乗る女に近づいた。
女性と思って油断してたつもりはなかったが、俺は呪われていたらしい。
暗闇にいるような感覚の中で、令嬢に婚約破棄を言い渡した記憶がおぼろげによみがえる。
悲しみに歪んだ後に微笑んで、令嬢は去っていった。
「黒魔術を知っているなんて変わった令嬢ですね。王太子はあんな女は嫌いだったでしょう?」
「ああ」
俺は、聖女の声にただ従うだけ。
「あんな陰気で気持ちの悪い令嬢より、王太子が好きなのは、私」
「俺が好きなのは……そう、聖女です」
言いたくないと心のすみで叫んでも届かない。
操られて、外には動かなくなった俺の感覚が、頬を伝う自分の涙の筋を追っている。
——ただ。
令嬢が去った日を境に、少しずつ闇が晴れていく感覚があった。
数日経って、自由になりかけの俺の心が、このすっきりしていく感覚は令嬢の仕業だと強く感じていた。
「……王太子の様子がおかしいですね。私の聖なる呪いで操れる範囲が弱くなっている……? まさか、あの令嬢ですか! いいでしょう。聖女が令嬢如きに負けませんわ。私の力を見せてあげましょう」
聖女が俺ではなく令嬢に呪いの矛先を切り替えたおかげで、俺の操られていた心は解放された。
ただ、ひどい苦痛と、指先から身体が緑色に変わっていく呪いが残った。
全てが緑になった時にお手は死ぬ。
「もう王太子の役目は終わりました。王都全体を覆う呪いは完成したので、残された時間は好きにしてください。頼りの令嬢は私の呪詛返しで記憶を失ったようよ。
こんな緑色の王太子なんて助ける価値があるとは思えないけど。助けることに失敗して、唯一、わたしに対抗できたかもしれない令嬢は自爆。私を有利にしてくれたんだし、あなたたちの愛って尊いのね。応援しますわ」
王城の者たちは、誰もが虚な顔をして、呪いで操られているようだった。
俺は、令嬢の元に向かった。
手足が痺れて思うように身体が動かせない。
転んで身体が泥に塗れた。
ボロボロになりながらも、俺が令嬢を目指す。
聖女は心底馬鹿にしているが、俺は令嬢の本当の力を知っている。
君以外にこの状況を変えられる人はいない!
◆
「事情は分かりました。お嬢様、記憶喪失だったんですね。いつも様子がおかしいから気づきませんでした」
メイド長に王太子と一緒に事情を話しました。
……何かおかしなことも聞こえたけど、聞き流します。
「黒魔術なんてガチ犯罪者のやることを真似ていた方ですから、むしろ奇行が治ったと思っていたくらいです」
っき、聞き流せないッ!!
私ってどういう子だったの!?
「黒魔術を使いこなす、そこが令嬢の可愛いところです」
なんか王太子に全肯定されてる!?
え、今の私、奇行が足りませんか!?
「身体が覚えていて、記憶がないのに王太子の呪いを解くなんて、お嬢様の奇行は変わってませんけどね」
あ、あれカッコいいシーンだと思ってたけど、奇行だったんだ……。
「それで、王太子様の呪いが解けたんですから、お嬢様もこの別荘に留まる必要はないんですよね。使用人一同、早く王都の屋敷に戻りたいです」
王太子の顔が曇ります。
「実は、王都はもう全て聖女の呪いの内側にあるのです……」
「え? 呪いの内側……って、王都が呪われてるの!?」
って、驚いたけど、実際には王都の記憶が私にはありません。
呪いについてもよくわかりません。
あまり危機感ありません。
「聖女は呪い……黒魔術を使うガチの犯罪者ですね……。俺が呪われて操られて城に招き入れてしまった。聖女は隣国から来たのかもしれません。
隣国に聖女だけで構成された特殊部隊があったらしいのですが、危険すぎて解散させらたらしいんです。きっと職にあぶれてこの国に来たのでしょう」
「……!」
メイド長の顔色が変わる。
聖女の特殊部隊?
どういう世界観?
テロリストが元特殊部隊員なんて映画はありそうだけど、せ、聖女が!?
「とにかく、王都には一旦戻るか、近くで様子を見るかしなくてはいけませんよね?」
私が立ち上がって言うと、王太子が微笑みます。
「頼もしいです、令嬢。呪いを解いて、この国を統治するのに相応しいのは君以外いません」
統治……?
「俺の国をあげるから、君の力を見せてください」
って、呪いを解いたご褒美に国ごと差し出されても困ります!
◆
王都は黒い呪いに包まれています。
「いつも通りの快晴に煉瓦の屋根が見えますけど、お嬢様」
……。
「呪いが見えるって、記憶が戻りはじめているのではないですか、令嬢?」
そうなんでしょうか?
そうじゃなければ、呪いなんてどうすることも出来ないのですが。
魔法陣を勝手に書いたり、私の身体は黒魔術を覚えているようですけど。
別荘から持って来た黒魔術の本をパラパラとめくると、外壁に囲まれた都市を覆う黒いドームのようなイラストが目に入ります。
これは目の前の王都を覆う黒い呪いと同じもの……?
読んでみると住民の命を人質に取るような呪いのドームだということが書いてあります。
溶かすとか、蒸発させるとか、あってはいけない単語がある気がします。
でも、これは目の前の呪いのドームと全く同じものです。
そう理解した瞬間——。
私の頭の中に、幾何学模様がいくつも表れては消えていきます。
王太子の呪いを解いた魔法陣が私のメモなら、私の頭の中から生まれたものなのでしょう。
光のような早さで引かれた線と線がぶつかって弾けていく。
今、本を読みながら、私の頭が高速で解術の図式を組み上げている!!?
メモ……するよりも、実際に魔法陣を書いた方が早いです!
私は立ち上がって王太子とメイド長に呼びかけます。
「呪いの解術式が分かったので王都の中心に行きましょう!」
「さすが令嬢! 君以外にありえないと思っていました!」
そのセリフ、本当に好きですね、王太子……。
「私だけで、お嬢様と王太子はお守りできますから、他の者たちはここに待機させます」
メイド長だけで、私たちを守れるって……?
「本当に、すっかり忘れているみたいですね、お嬢様」
◆
外壁から中に入ると、王都は平和な様子です。
上を見上げたら、空は真っ黒になっているのに。
「王都の中心は大広場です。そこまで行けばいいんですね?」
王太子に聞かれたけど、私も実は分かってません。
頭に浮かぶ魔法陣を展開するのみです。
たぶん、中心から使った方が全体に効くんじゃないかって素人考えです!
「わ、忘れないうちに大広場まで行きましょう……」
大通りを真っ直ぐに行くだけで大広場には着きます。
けれど、障害物が一つ。
「王太子、令嬢。戻って来てしまったんですか?」
目の前に純白のドレスの女がいた。
「聖女!」
王太子が叫んだ。
たぶん、そうじゃないかと思ったけど、やっぱり聖女でしたか。
「お久しぶりです、令嬢。私の呪いを解こうとするなんて、あなたもなかなかの黒魔術の使い手のようですが、記憶がないままでは何もできませんよね」
呪詛返しで私の記憶を奪ったのは聖女です。
ただでさえ勝てるか分からない相手に、今の黒魔術を使えず、王都の解術式しかない私では太刀打ちできない!
聖女は持っていた杖を掲げると、何か魔法を使おうとする。
「緑色の王子とお幸せ……!」
そこへ、メイド長が杖を叩きで叩きつけます。
聖女は急な衝撃に杖を落とす。
「くっ!」
メイド長を睨む聖女。
「……部隊での知り合いかと思いましたが、違うみたいですね」
メイド長が何事か独り言のようにつぶやいています。
「お嬢様、やはり人としてやって良いことと悪いことがあります。——聖女を叩き潰すのは、『良いこと』の方に含まれますよね?」
ニッコリと微笑んで聞いてきます。
今の様子で分かりました。
……メイド長に任せれば大丈夫です。
「頼みましたよ、メイド長!」
私と王太子は、そのまま大広場に向かいます。
王太子も私を守ろうと、聖女と私の間に立ってくれたんですが、そういう次元の話ではなかったようです。
◆
ズドーン!
大広場に着くと、後ろで大きな音がしました。
メイド長、叩き潰すのは聖女だけですよ!?
王太子が驚いて転びそうな私の肩を抱いてくれます。
「すごい…」
王太子は少し青ざめています。
「令嬢、今更、メイド長の様子を見に戻ってもことがすんだ後です。……市民は無事だということにして大広場に集中しましょう。王都全体を覆う呪いの方が被害が大きくなります」
「はい」
苦渋の決断ですが、メイド長に会うのが怖いって言うのが一番の理由かもしれません……。
あなたは本当にメイドなんですか!?
衝撃で解術式を忘れそうです。
大広場は、王都の入り口とは違って、人々が正気のない虚な顔でぼーっと突っ立っています。
「王城の者たちと同じす……」
ここが呪いの中心で影響が色濃くでているようですね。
たぶん!
ともかく、私は頭の中の魔法陣を忘れないうちに展開します。
腕を上に向けて指先で円を描く。
急に横から男が飛び出してきます。
「させるかっ!」
王太子がすぐに取り押さえてくれます。
けれど、また次々に男が現れて、王太子だけでは数が多すぎてどうにもなりません……!
私の指は止まらずに幾何学の図形を描き続けますが、男たちに取り押さえられるのも、時間の問題です。
「影縫固定」
呪文が聞こえてくると、男たちが次々に地面に倒れて、影を縫いつけられたように動かなくなりました。
見るとメイド長が叩きと聖女を小脇に抱えて、呪文を放った後のように手を男たちに向けています。
メイド長が聖女を獲物のごとく小脇に抱える衝撃映像に、私の記憶の蓋が開きます。
——思い出した!
私は急いで最後の仕上げをすると呪文を唱えます。
「この地の呪いを解け、広域聖域! 呪解除!」
私の手から舞い上がった光が、呪いのドームに穴を開けると、黒い呪いが誰の目にも見えるように可視化される。
王都を覆った呪いのドームはガラスが割れるように、パリッとわれて、カケラが黒い雨のように降り注ぐ。
けれど、呪いを突き破った光がそれよりも早く地上に舞い落ちて、黒い欠片は光に打ち消されて地面に落ちる前に消えていく。
見上げた人々は何が起こったかわからない。
ただ、呪いの影響が強かった大広場の人たちには分かったらしい。
「呪いが、解けた……!」
「令嬢が呪いを解いた!!」
正気のないい虚な顔をした人たちが、一斉に明るい表情を取り戻します。
暗い呪いのドームを通さずに降り注ぐ太陽の光の中の人々が輝くように眩しく見えます。
何も分かっていない市民にも騒ぎが伝わって、王都が歓喜に湧いています。
◆
「どうしますか、この聖女を語った犯罪者」
メイド長が、ドサッと小脇に抱えていた聖女を地面に投げ捨てる。
仮にも女性なのに、酷い!
「痛い! 何するの……」
聖女は何か言おうとして、メイド長に睨まれてプルプルとしています。
怯えた様子の聖女だけど、メイド長がいなくなったらまた何かやりますね。
「王城の地下牢に入れるにしては呪いの力が危険すぎるか…」
王太子も悩んでいます。
「そこはそれほど危険でもありませんわ、王太子。呪いは聖女一人だけの力ではなく、男たち全員と力を合わせた結果です」
私が言うと、王太子とメイド長が驚いています。
「記憶が戻ったのですか! 令嬢!」
完全に戻りました。
私は転生者の記憶を子供の頃から持っていた、黒魔術大好きな令嬢です。
一時的に、記憶を失くして、今、転生者として目覚めたような気がしていただけです。
歌って踊る動物も、魔物もいない世界なのはずっと知っていました。
だから、ファンタジーっぽいものを求めて黒魔術に傾倒していったのです。
「聖女のみが呪っていると思っていた王太子は、他の何十人もの男たちへの警戒を怠って呪われたんですね。まあ、分かるわけありませんけど」
ガチ犯罪者大集合レベルの異常事態ですから。
これだけヤバい奴らを集めた聖女は、呪いよりコミュ力が怖い!
黒魔術が趣味の隂キャの私は思います。
「聖女も、団結力を削ぐような呪いをかければそれほど脅威ではなくなります」
私の言葉に聖女は真っ青になります。
メイド長を恐れて震えるよりも、もっと根源的な恐ろしさに触れた恐怖を感じているようです。
団結力を削ぐ、つまりはあなたの言葉を誰もが信じなくなる呪いです。
「ゆ、許してください、令嬢……。二度とこのようなことは致しませんから!
聖女が頭をつけて誤るけど、もう遅いです。
地下牢の中であなたを動かしていた価値観の全てが崩れ去るだけです。
「聖女は、メイド長の知り合いじゃなくて良かったですね」
とある国のなんとか部隊って、危険すぎて解散した聖女部隊に所属していたのはメイド長です。
危険すぎるので、同じく危険な私に監視して欲しいと押し付けられました。
聖女の末路を見たら、私に監視できるか不安ですが……。
「部隊にいたお姉様方が国に歯向かうことがあれば大変なことになりますから、聖女が小物で良かったです。でも、何人もの呪術師が作った呪詛のドームを一瞬で壊してしまうなんて、お嬢様の黒魔術ならお姉様方にも対抗できるでしょうね」
そうでしょうか?
私の事を買い被りすぎでは……。
正直、これだけのことを引き起こした聖女も中々のものでしたが。
なんだか、呪いが解けてめでたしめでたしではなさそうなんですが……。
◆
私は王都に戻ると正式に王太子の婚約者に戻りました。
王都の呪いを解いた聖女として私が逆に祭り上げられてますが、黒魔術なんですけど。
まあ、聖女と思ってもらう方がいいですから訂正はしません。
勝手に勘違いしていてもらいましょう。
王城から城下町に手を振った後で、私は王太子に手を引かれて城の奥に進みます。
黒魔術の本や道具が並ぶ、ここは私と王太子の特別な場所です。
「呪いは俺と君だけのものなのに」
王太子は二人きりになると、私を後ろから抱きしめて言います。
ゾクっと背筋が寒くなります。
『そいつは嘘つきだ』
あれは、私が書いたメモ……。
ずっと前に、黒魔術が趣味だった私を王太子が見つけてくれて、婚約までしてくれました。
王太子に選ばれてしあわだった私です。
でも、王太子が愛していたのは私じゃない。
この黒魔術が王太子は好きなの。
私を好きって言う王太子の言葉を、言葉のまま受け取って勘違いしていた自分に気付いて書いたメモ。
聖女が現れて、婚約破棄されるちょっと前の事です。
だから、王太子の呪いを少しづつ解いている間に迷いが生じて、初歩的な呪詛返しなんかに引っかかってしまいました。
いいえ、むしろ王太子のことなんて助けたくなかったのかもしれません。
自分で進んで受けた、或いは自分で自分を呪ったのかもしれない。
でも、もう王太子は私に逆らえません。
私以上の人はいないのだから。
「呪いでこの王国を私たちが支配しましょうね、王太子」
「ああ、令嬢。俺と同じ気持ちになってくれて嬉しいよ」
王太子は私を支配出来ていると思って、国ごと自分を差し出しました。
まあ、私はあなたのことが欲しいだけだけど、国ごと面倒見てあげますわ。




