『消えた記憶の鍵と、三匹の包囲網』
『消えた記憶の鍵と、三匹の包囲網』
### 1. 異変:サチコさんの溜息
その日の朝、サチコさんの様子は明らかにおかしかった。
いつもならコーヒーを飲み終えると「よしっ」と気合を入れるのに、今日は家の中を右往左往して、クッションをひっくり返し、棚の奥を覗き込んでいる。
「ない……どうしよう、どこに置いたっけ……」
彼女の声は震えていて、顔色はどんよりとした曇り空のようだった。
僕は鼻を鳴らして彼女の足元に寄ったけれど、サチコさんは僕を撫でる余裕すらないみたいだ。
「ごめんね、コタロウ。大事な『銀色の鍵』が見当たらないの。あれがないと、仕事に行けないのよ……」
サチコさんは泣きそうな顔で、そのまま力なく玄関に座り込んでしまった。
### 2. 緊急招集:捜索願
サチコさんが二階へ探しに行った隙に、僕は生垣へと走った。
「緊急事態だ! 全員集合!」
チビが物干し竿から飛び降り、ルークが隣の庭から優雅に、でも真剣な目つきで顔を出した。
「どうしたんだ、コタロウ。サチコさんのバイタル(元気)が著しく低下しているようだが」
「サチコさんの『銀色の鍵』がなくなったんだ。あれがないと、サチコさんは『笑顔』という名の職場に行けないらしい。チビは家の中、ルークは外、僕は庭を。徹底的にスキャンするぞ!」
「了解。僕の鼻は、サチコさんの指先の匂いを100メートル先まで追跡できる」
ルークが頼もしく答え、作戦が始まった。
### 3. 三匹の追跡
僕たちはそれぞれの強みを活かして動いた。
* **チビ(隙間のスペシャリスト):**
タンスの裏や、冷蔵庫の下、人間には絶対に見えない「影の世界」を徹底調査。
「先輩! ここにはホコリと、僕が失くしたネズミのおもちゃしかないよ!」
* **ルーク(論理的推論):**
「コタロウ、サチコさんの行動動線を考えよう。彼女は昨夜、帰宅してまずどこへ行った? 匂いの残留濃度が一番高い場所はどこだ?」
* **僕(直感と執念):**
僕はサチコさんの「昨日の感情」を思い出していた。昨日の夜、彼女は珍しく庭のハーブに水をあげながら、何かを考えていたはずだ。
僕は庭の隅、サチコさんが昨日しゃがみ込んでいた場所へ向かった。
そこには、僕が昨日掘り起こした「お気に入りの骨(の形をしたガム)」が埋めてある。
(待てよ……?)
僕は必死に土を掘り返した。すると、僕の宝物のすぐ隣に、泥にまみれた「銀色の輪っか」が顔を出した。
どうやら昨日、サチコさんが僕を撫でようとして屈んだ時に、ポケットから滑り落ちたらしい。そして、僕が良かれと思って土を被せて「隠匿」してしまったのだ。
「犯人は、僕だったのか……!」
### 4. 逆転のデリバリー
「見つけたぞ! でも、これじゃダメだ!」
鍵は泥だらけ。このままサチコさんに渡したら、また彼女を困らせてしまう。
「僕に任せて」
チビがひらりと駆け寄り、鋭い爪を立てずに、器用に鍵の隙間に自分の首輪を通した。
さらにルークが、隣の家から飛んできた「高級なタオル」を鼻先で放り投げる。
僕たちは三匹がかりで、鍵をタオルで磨き、ピカピカにしてから玄関のマットの真ん中に置いた。
「……あ!」
二階から降りてきたサチコさんが、玄関でそれを見つけた。
「あった! なんでこんなところに? ……え、コタロウ、あなたが見つけてくれたの?」
サチコさんは鍵を握りしめ、僕を、そして窓の外にいるチビとルークを順番に見た。
彼女の顔に、いつもの、僕たちが大好きな「ひまわりみたいな笑顔」が戻った。
「ありがとう、みんな。私、本当についてるわね」
### 5. 今日も任務完了
サチコさんは晴れやかな顔で仕事へ向かった。
玄関が閉まり、静かになった家の中で、僕たちは互いの健闘を称え合った。
「ルーク、お前の『動線分析』とやらも、まあ、少しは役に立ったよ」
「光栄だね。でも、一番の功績は自分のミスをリカバーした君の『掘削力』だよ、コタロウ」
ルークがいたずらっぽく笑う。
チビは満足そうに、磨き上げた鍵の感触を思い出しながら、お昼寝の体勢に入った。
太陽の光が、また僕たちの背中を温め始める。
事件が解決すれば、またいつもの、退屈で最高な日常が戻ってくる。
僕たちは、サチコさんが帰ってくるまで、この家を、この平和を、また全力で守り続けるのだ。
---




