『白き隣人と、誇り高きおすわり』
『白き隣人と、誇り高きおすわり』
### 1. 新しい「壁」の向こう側
平和な朝のパトロール中、僕は鼻先に漂ってきた「見慣れない匂い」に足を止めた。
それは、いつもの土の匂いでも、サチコさんのコーヒーの匂いでもない。
もっとこう……都会のデパートみたいな、しゃれたシャンプーの匂いだ。
「先輩、あれ見てよ」
副局長のチビが、生垣の隙間から向こうを指さした。
隣の家は長らく空き家だったはずだが、今日から新しい住人が来たらしい。
庭にいたのは、雪のように真っ白で、ふわふわの長い毛を持った犬だった。種類はサチコさんが言っていた「サモエド」というやつだろうか。
「……デカいな」
思わず本音が漏れた。
その白い犬は、僕よりも二回りは大きい。しかも、首にはキラキラ光る銀色の首輪がついている。
### 2. エリートの洗礼
白い犬は、僕たちの視線に気づくと、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
僕は警備局長として、ガシッと足を踏ん張り、胸を張る。
「やあ。僕の名前はルーク。今日からここを守ることになった。よろしく、先住犬くん」
ルークの声は、お天気お姉さんの声みたいに爽やかだった。
「僕はコタロウ。こっちはチビだ。この界隈の平和は僕らが守っている。君もルールに従ってもらうぞ」
「ルール? ああ、この家のセキュリティレベルのことかな。僕の飼い主は最新の防犯システムを導入しているし、僕自身もドッグスクールを主席で卒業しているから、心配はいらないよ」
「……ドッグスクール?」
僕が聞き返すと、ルークは華麗な動きで、誰に言われるでもなくビシッと「おすわり」を決めてみせた。その姿は、まるで彫刻のように美しい。
チビが横で「……かっこいい」と小さく呟いた。
(おい、チビ! 敵に塩を送るんじゃない!)
### 3. 泥臭い「警備」の価値
それからの数日間、僕の心は少しだけザワついていた。
ルークは確かに優秀だった。無駄吠えは一切せず、散歩の時も飼い主の横を完璧なペースで歩く。
一方、僕はといえば、郵便屋さんに吠え、サツマイモのために必死に「お手」をし、チビと一緒になって庭の穴を掘って泥だらけになる。
(僕たちの警備は、あんなに綺麗じゃない……)
そんなある日の午後。
サチコさんが買い物袋を抱えて帰ってきたとき、彼女が家の前でつまづいてしまった。
袋からリンゴがゴロゴロと転がり、道路の先へと転がっていく。
「ああっ、大変!」
サチコさんが慌てたその時、僕は庭の柵を軽々と飛び越えていた。ドッグスクールの教科書には載っていない、野性味溢れるジャンプだ。
僕は転がるリンゴを口で器用にキャッチし、泥にまみれながらも全部サチコさんの足元へ集めた。
「コタロウ! ありがとう、助かったわ」
サチコさんは泥だらけの僕の顔を見て、困ったように、でも本当に嬉しそうに笑って、僕の耳の後ろをごしごしと撫でてくれた。
### 4. 認め合った「仕事」
その様子を、隣の庭からルークがじっと見ていた。
彼はしばらく黙っていたが、やがて生垣越しに鼻を近づけてきた。
「……コタロウ。さっきの動き、スクールでは教わらない『実戦向き』のいい動きだったよ」
「ふん、僕らは毎日が実戦だからな」
僕はわざとぶっきらぼうに答えた。
「僕のシステムには『飼い主の笑顔を即座に引き出す』という項目は入っていなかった。……君たちには、かなわないかもしれないな」
ルークはそう言って、初めて少しだけ照れくさそうに笑った。
夕暮れ時。
僕はコタロウと並んで、庭の真ん中で胸を張る。
隣には新しい、そして少しだけ鼻持ちならないけれど頼もしい仲間が増えた。
「チビ、行くぞ。今日の夜間パトロールは、ルークも誘ってやるか」
「賛成、先輩!」
僕たちは、黄金色に染まる住宅街に向かって、誇らしく一回ずつ吠えた。
それぞれのやり方で、大切な日常を守るために。
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