『二人の背中と、最高のコーヒータイム』
『二人の背中と、最高のコーヒータイム』
### 1. 玄関を開けるまでの魔法
私の仕事は、正直に言って楽なことばかりじゃない。
パソコンの画面とにらめっこし、数字に追われ、時には誰かの不機嫌な言葉を真っ正面から受け止めなきゃいけない日もある。
けれど、最寄り駅の改札を出て、住宅街の坂道を登り始めると、不思議と足取りが軽くなる。
「あの子たちが待っている」
ただそれだけの事実が、私の心を包む重たい鎧を、一枚ずつ剥がしてくれるのだ。
玄関を開けると、まず聞こえてくるのは「タタタッ」というコタロウの爪の音。そして遅れて「パサッ」とソファから飛び降りるチビの軽い足音。
「ただいま」
そう言うのと同時に、茶色の大きな塊が膝に飛び込み、足元を小さな黒い影が八の字にすり抜ける。
世界中のどんな栄養ドリンクよりも、この「お帰り」の儀式が私には効く。
### 2. 言葉のないカウンセラー
ある日、仕事で大きなミスをして、ひどく落ち込んで帰った夜があった。
夕食を作る元気もなくて、ソファに深く沈み込んでいた私の異変に、二匹はすぐに気づいたようだった。
いつもなら「散歩!」「ごはん!」と騒ぐはずのコタロウが、黙って私の足元に顎を乗せた。
チビは、私の肩に乗って、細い喉を「グルグル」と鳴らしている。
彼らは「大変だったね」とも「次は頑張れ」とも言わない。
ただ、そこにいて、私と同じリズムで呼吸をしてくれる。
「……ありがとうね」
私がコタロウの耳の付け根をマッサージすると、彼は気持ちよさそうに目を細める。その柔らかな毛並みに触れていると、尖っていた心の色が、少しずつ穏やかなベージュ色に塗り替えられていくのがわかった。
### 3. 日常という名の宝物
翌朝、私は少しだけ早起きして、二匹の寝顔を眺めながらコーヒーを淹れた。
窓からは、コタロウが大好きな「黄金色の光」が差し込んでいる。
庭を見ると、コタロウが真剣な顔で窓の外を監視し、その横でチビが欠伸をしながら尻尾を振っている。
彼らにとっての「任務」——平和を守り、侵入者を警戒し、そして私を癒やすこと——は、今日も完璧に遂行されているようだ。
ふと見ると、庭の隅に黄緑色のテニスボールが転がっていた。
泥だらけで、あちこち噛み跡だらけの、何の変哲もないボール。
でも、そのボールひとつで、彼らは一日中全力で遊び、全力で喜び、そして全力で眠る。
「私もしっかりしなきゃね」
コーヒーの最後の一口を飲み干し、私は仕事用のバッグを手に取った。
彼らが守ってくれているこの「陽だまり」を維持するために、私も外の世界で自分の任務を果たしてこよう。
### 4. 変わらない場所
「コタロウ、チビ。お留守番お願いね」
私が家を出る時、二匹は誇らしげに胸を張って見送ってくれた。
ドアを閉めた後、数秒だけ耳を澄ませる。
中からは、一回だけ「ワン!」という頼もしい声が聞こえた。
「了解、任せとけ」……きっとコタロウはそう言ったのだと思う。
今日もこの家には、穏やかな時間が流れるだろう。
時計の針が進む音、風に揺れるカーテン、そして二匹の静かな寝息。
そんな当たり前の日常こそが、私にとっての、そしてきっと彼らにとっての、最高のご褒美なのだ。
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動物病院日誌
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