『真夏の氷作戦と、秘密の「涼」のお裾分け』
『真夏の氷作戦と、秘密の「涼」のお裾分け』
### 1. 警備局長の「省エネモード」
「暑いわねぇ……コタロウ、溶けてない?」
サチコさんが冷たい麦茶を飲みながら、フローリングの上に「開き」の状態で転がっている僕を見て笑った。
柴犬にとって、夏は最大の試練だ。
僕は今、一日のほとんどを「家の中で一番冷たい床のタイル」を探すことに費やしている。これが今の僕の、高度なインテリジェンス・パトロールだ。
「先輩、隣のルークさんがフェンス越しに呼んでるよ。なんだか、緊急事態みたい」
チビが、網戸に張り付いて外を覗いている。
### 2. ルークの「クーリング・レポート」
僕は重い腰を上げ、生垣の会議室へ向かった。
そこにいたルークは、首に大きな保冷剤入りのバンダナを巻き、心なしかいつもより「シャリシャリ」とした雰囲気を纏っていた。
「コタロウ、緊急報告だ。サチコさんの寝室のエアコン室外機の周辺温度が、僕の予測を超えて上昇している。このままだとサチコさんの夜の睡眠の質が低下する恐れがある」
「なんだって? それは死活問題だ」
サチコさんが寝不足になれば、朝ごはんの時間がズレるかもしれない。それは僕たちの警備保障の根幹を揺るがす事態だ。
「そこでだ。ソラ、準備はいいか?」
ルークが上空を仰ぐと、モミジの枝で羽を休めていたオナガのソラが、鋭く鳴いた。
「任せろ。街の北側にある『老舗の氷屋』のトラックが、もうすぐこの角を曲がる」
### 3. 三匹(+一羽)の「氷の運び屋」
作戦はこうだ。
氷屋のトラックが近所のカフェに納品する際、こぼれ落ちた「氷の欠片」を、僕たちが総力を挙げて回収し、サチコさんの庭の打ち水ポイントへと運ぶのだ。
ソラが空から「今だ!」と合図を送る。
チビが素早く走り、日陰に落ちた綺麗な氷の塊を見つける。
僕はそれを口に含んだ。……つ、冷たい! 歯茎に染みる!
けれど、僕はそれを落とさずに、サチコさんが夕方に水を撒く「ハーブの根元」へと運んだ。
ルークも自分の庭から冷たい水を鼻先で飛ばし(彼は庭の自動スプリンクラーを操作する術を身につけていた!)、僕たちの庭に霧吹きのような涼しさを届けてくれた。
### 4. サチコさんの「夕涼み」
夕暮れ時。仕事から帰ってきたサチコさんが庭に出た。
「あら……? なんだか、ここだけひんやりするわね。不思議」
僕たちが氷を運び、ルークが水を撒き、ソラが羽ばたきで風を送ったその場所は、まるで森の中のような涼しさになっていた。
サチコさんは縁側に腰掛け、風鈴の音を聞きながら、ゆっくりと団扇を動かした。
「気持ちいい……。コタロウ、あなたもこっちにおいで」
サチコさんの隣で、僕は冷えた体を撫でてもらった。
カメくんも、池の石の上で満足げに甲羅を休めている。
### 5. 夏の夜の「星空警備」
夜になると、庭にはどこからか蛍が一匹、迷い込んできた。
土の中の松ぼっくりが、蛍の光に呼応するように、微かに温かい波動を放っている気がする。
「先輩、夏って暑いけど、氷は美味しいし、夜風はご馳走だね」
チビが僕の尻尾に顎を乗せて呟く。
「ああ。でも一番のご馳走は、サチコさんのこの穏やかな顔だ」
陽だまりの警備保障、夏季特別任務。
僕たちは、サチコさんの夢の中にまで暑さが侵入しないよう、涼しい風の通り道を見守り続ける。
遠くで打ち上げ花火の音が、ドーンと響いた。
それは、僕たちの夏の勝利を祝う、号砲のように聞こえた。
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