『新入隊員・チビと、消えたテニスボール』
『新入隊員・チビと、消えたテニスボール』
### 1. 押しかけ弟子のルーティン
あの日、雷雨から僕を救ってくれた「大きな茶色の塊」——コタロウ先輩。
僕は結局、サチコさんの家で「チビ」という名前をもらい、この家の二番目の住人になった。
僕の朝は、先輩の尻尾を攻撃することから始まる。
ブンブンとメトロノームみたいに動くあの茶色い棒は、僕にとって最高の獲物だ。
「おい、チビ。それは警備員のすることじゃないぞ」
先輩は困ったように鼻を鳴らすけれど、決して怒らない。先輩は僕に、この家の「平和の守り方」を教えてくれる師匠でもある。
「いいか、チビ。窓から外を見る時は、ただ眺めるんじゃない。不審な動きがないか、肉眼でスキャンするんだ。あそこの郵便ポストにチラシを入れる人間は『白』、庭に勝手に入ってくるカラスは『黒』だ」
僕は先輩の隣に並び、背筋をピンと伸ばして外を見る。
でも、飛んでいる蝶々が気になって、すぐにスキャンどころではなくなってしまう。修行はまだまだ道のりが長そうだ。
### 2. 重大事件:消えた「宝物」
午後、庭での自由時間に事件は起きた。
コタロウ先輩が一番大切にしている、古びた黄緑色のテニスボール。サチコさんが初めて買ってくれたというその宝物が、生垣の向こう側——「開かずの物置」の隙間に転がり込んでしまったのだ。
「……あ」
先輩が固まった。
その隙間は、柴犬の体では到底入り込めない、暗くて狭い場所だ。
先輩は前足で必死にかき出そうとしたけれど、ボールは無情にも奥へと転がっていく。
先輩の肩が、心なしか小さく落ち込んだ。
いつも威風堂々としている先輩が、あんなに悲しそうな顔をするのを初めて見た。
(今こそ、僕の出番じゃないか?)
僕は自分の細い体を確認した。先輩には無理でも、僕ならいける。
「先輩、見ててよ」
僕は一声鳴くと、クモの巣が張った暗い隙間へ迷わず飛び込んだ。
### 3. 暗闇のミッション
中は埃っぽくて、ひんやりしていた。
奥へ進むと、カサカサと何かが動く音がする。正直、少し怖い。でも、僕の背中には、あの日コタロウ先輩が分けてくれた「温もり」がまだ残っている。
暗がりの一番奥で、黄緑色の丸い影を見つけた。
僕はそれを前足で転がし、必死に外へと押し出す。光が見える方へ、一歩ずつ。
「……出てきた!」
ボールが庭の芝生に転がり出た瞬間、先輩は「ワフッ!」と今までで一番大きな声を出した。
僕が隙間から這い出すと、先輩は僕の頭を、大きな舌で何度も何度も舐めてくれた。くすぐったいけれど、なんだか誇らしい気分だ。
### 4. 認められた「二番手」
その夜。
コタロウ先輩は、いつも一人で占領していたお気に入りのクッションを、半分空けて僕を見た。
「チビ。お前、なかなか筋がいいじゃないか。今日から正式に『副警備局長』に任命してやる」
僕は先輩の首元に顔を埋めた。
柴犬の毛は、お日様の匂いと、少しだけ懐かしい土の匂いがした。
サチコさんがやってきて、僕たちを見て微笑む。
「あら、今日は二人で仲良くお昼寝? コタロウ、すっかりお兄ちゃんだね」
先輩は少し照れくさそうに目を細め、僕は幸せな喉鳴りを響かせた。
僕たちの任務は、明日も、明後日も続く。
この家を、サチコさんの笑顔を、そしてお互いの居場所を守るために。
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