『賢者と若草、そして五つの肉球』
『賢者と若草、そして五つの肉球』
### 1. 緊張の「家庭訪問」
日曜日。サチコさんは朝から鼻歌を歌いながら、リビングのクッションを念入りに整えていた。
「今日はね、大事なお客様が来るのよ」
僕は、ルークとチビを生垣に呼び寄せた。
「いいか、今日あいつが来る。あのカフェにいた、あの『老犬』だ。礼儀正しく、かつ威厳を持って迎えるぞ」
「了解。僕のデータによると、シニア犬には敬意を払うのが犬社会のプロトコルだ」
ルークが背筋を伸ばす。
チビは僕の頭の上で「おやつ、多めに出るかな?」と、目的が半分ズレた期待に胸を膨らませていた。
やがて、玄関のチャイムが鳴った。
### 2. 老騎士の教え
現れたのは、あの優しそうな男性と、一匹のゴールデン・レトリーバーだった。名前は「アーサー」さん。
アーサーさんは、白くなったマズルをゆっくりと動かし、僕たちの庭を一瞥した。
「……ほう。ミミズクの加護がある庭か。いい場所だ」
アーサーさんの声は、まるで古書のページをめくるような、落ち着いた響きだった。
僕とルークは思わず居住まいを正した。
サチコさんと男性がリビングで楽しそうに話し始める中、僕たち四匹(と一匹の猫)は、庭の特等席で「秘密の会議」を開くことになった。
「若き守護者たちよ。一つ、助言をしておこう」
アーサーさんは、陽だまりの中にゆったりと伏せながら言った。
「人間を守るということは、単に外敵から遠ざけることではない。彼らが『自分は愛されている』と確信して眠りにつけるようにすることだ。それが、我ら犬族が数千年前から受け継いできた本当の任務なのだよ」
### 3. チビの小さな反乱
会議が厳かな雰囲気で進む中、チビがアーサーさんの大きくてふさふさの尻尾に、恐れ多くも飛びついた。
「おじいちゃん、そんなに硬いこと言わなくても、楽しいのが一番だよ! 見てて!」
チビはアーサーさんの背中を駆け上がり、大きな耳の間から顔を出した。
僕とルークは凍りついた。エリートのルークに至っては「不敬罪だ……」と呟いている。
けれど、アーサーさんは「ハッハッハ」と、喉を鳴らして笑った。
「その通りだ、小さな騎士よ。喜びこそが、最高の防衛線だな」
アーサーさんは、僕たちのために持ってきたという、とっておきの秘密を教えてくれた。
「サチコさんの隣にいる私の主人は、料理がとても上手でね。特に、犬用のチーズクッキーを焼かせたら右に出る者はいない。仲良くしておくといい」
その言葉に、僕とルークの尻尾が、反射的にブンブンと振れた。
### 4. 五つの肉球が重なる日
夕暮れ。サチコさんと男性が庭に出てきた。
二人は並んで座り、沈みゆく夕日を眺めている。
サチコさんの左手には僕の頭があり、右手には男性の手があった。
そして男性の足元にはアーサーさんがいて、そのアーサーさんの背中の上でチビが丸くなっている。
ルークはフェンス越しに、少し誇らしげにその光景を見守っていた。
「ねえ、みんな。これから、もっと楽しくなりそうね」
サチコさんが幸せそうに呟く。
その瞬間、僕には見えた気がした。
土の中に埋めた松ぼっくりから、目には見えない黄金色の光が溢れ出し、この場にいる全員を優しく包み込むのを。
一人と一匹で始まった「陽だまり」は、今、新しい仲間を迎え入れて、もっと大きな温もりへと変わろうとしていた。
### 5. 警備保障、拡大中
アーサーさんたちが帰る時、彼は僕にだけ聞こえる声で言った。
「コタロウ、またな。次は私の家を警備しに来てくれ。あそこの郵便受けには、少し手強いカマキリが住み着いているんだ」
「了解しました、アーサー先輩!」
僕は力強く吠えた。
陽だまりの警備保障。
守るべきものは増えたけれど、その分、僕たちの心も広くなったみたいだ。
秋の夜空には、ミミズクが羽ばたく音が微かに響き、新しい日常が静かに、でも確実に動き出していた。
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