『黄金色のサツマイモと、雨上がりの秘密』
『黄金色のサツマイモと、雨上がりの秘密』
### 1. 警備員の朝、日常の調べ
僕の朝は、サチコさんが淹れるコーヒーの香りで幕を開ける。
「コタロウ、おはよう。今日もいい子にしててね」
彼女が仕事へ向かう後ろ姿を見送るのは、僕の5年間の日課だ。玄関のドアが閉まり、静寂が家を満たす。さあ、ここからは僕がこの家の主であり、警備責任者だ。
僕はまず、リビングの窓際にある「定位置」に座る。ここは日当たりが良く、庭の隅々まで見渡せる僕の司令塔だ。
今日の庭には、珍客がいた。
生垣の下で、スズメたちが会議を開いている。
(おいおい、そこは僕のナワバリだぞ)
僕は鼻先を窓ガラスに押し当て、「フンッ」と鼻息を吹きかける。ガラスが白く曇り、スズメたちが驚いて飛び去る。僕は自分の権威が守られたことに満足し、誇らしげに尻尾を一振りした。
### 2. 予期せぬ「侵入者」
お昼過ぎ、いつもと違うことが起きた。
空が急に暗くなり、庭の木々が騒ぎ出したのだ。大粒の雨が屋根を叩き、雷が遠くでゴロゴロと唸り声を上げている。僕は雷が大嫌いだ。あのご馳走を盗み食いしたときに見つかったサチコさんの怒鳴り声よりも、ずっと恐ろしい。
僕はソファの下に潜り込もうとしたが、ふと玄関の方で「トントン」と小さな音がしたのに気づいた。
(泥棒か!?)
僕は勇気を振り絞って、玄関まで匍匐前進で近づく。
そこには、ドアの隙間に身を寄せ、ずぶ濡れになった「小さな影」があった。近所の公園でよく見かける、まだ幼い野良猫だ。
普段なら「不法侵入だ!」と一喝するところだが、その子はガタガタと震え、雷の音に怯えていた。
僕は少し考えた。サチコさんはいつも言っている。「困っている子がいたら助けなさい」と。
僕はドアの隙間から、自分の鼻先を押し出した。
「おい、こっちに来いよ。ここは雨が当たらないぞ」
……もちろん言葉は通じないけれど、僕は精一杯、優しそうな顔(サチコさんがおやつをくれる時の僕の顔だ)をしてみた。子猫は驚いたように目を見開いたが、やがて僕の足元で丸くなった。僕の毛に包まれて、子猫の震えが少しずつ止まっていく。
### 3. 夕暮れの帰還と「ご褒美」
雨が上がり、空がオレンジ色に染まる頃、サチコさんが帰ってきた。
ドアを開けた彼女は、玄関で巨大な柴犬と小さな子猫が一緒に寝ているのを見て、目を丸くした。
「あらら……コタロウ、あなた新しいお友達を連れてきたの?」
サチコさんは呆れたように笑いながらも、子猫にタオルを当ててくれた。僕はその様子を、少し鼻を高くして見守った。今日の僕は、ただの警備員じゃない。立派な「騎士」だったのだ。
その日の晩ごはん、奇跡が起きた。
サチコさんがキッチンから、甘い、黄金色の香りを漂わせてきたのだ。
「今日はコタロウが頑張ったから、特別よ」
お皿に置かれたのは、湯気が立ち上るホクホクの**蒸しサツマイモ**。
僕はそれを一口で食べないように、ゆっくりと味わった。甘みが口いっぱいに広がり、鼻から抜けていく。
(ああ、これだから「お留守番」はやめられないんだ)
### 4. 幸せの重み
夜、サチコさんがソファで本を読んでいる。
僕はその足元に顎を乗せ、ゆっくりと目を閉じる。
子猫はサチコさんが用意した箱の中で、すやすやと眠っている。明日には、この子はまた新しい場所へ行くのかもしれないし、もしかしたら僕の「部下」になるのかもしれない。
でも、それは明日の話だ。
今はただ、サチコさんの手の温もりと、お腹の中のサツマイモの余韻に浸っていればいい。
僕の仕事は、この穏やかな時間が明日も続くように、今夜もここでぐっすり眠ることだ。
「ワン……(おやすみ)」
僕は小さく呟き、深い眠りへと落ちていった。
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