第9章:再会と、二度と戻らない時間
カイ・シルヴァーストーン伯爵とオルコット卿という、あまりにも強力な後援者を得て、リズの王都進出計画はとんとん拍子に進んだ。
王都の一等地、貴族街の入り口に、白木を基調とした洗練されたデザインの「SUSH屋 リズ 王都店」が、華々しくオープンした。辺境のポルト・マーレ本店は、リズが全幅の信頼を置く一番弟子のマルコに任せ、リズとソフィアは新たな戦いの舞台へと乗り込んだ。
開店初日から、店はオルコット卿の紹介で訪れた有力貴族や、物珍しさに惹かれた富裕層で溢れかえった。人々は初めて目にする「SUSH」に最初は戸惑いながらも、その革命的な美味しさの虜となり、リズの名は瞬く間に王都の社交界を席巻した。
もちろん、その噂は王太子レオナルドの耳にも、嫌というほど入ってきた。
彼は最初、「あの女が作る、魚を生で食うような野蛮な料理など」と、完全に見下していた。しかし、オルコット卿を筆頭に、普段は自分に媚びへつらってくるような大貴族たちまでもが、こぞって「リズのSUSH」を絶賛するのを聞くうちに、次第に無視できない焦りと、ほんの少しの興味を抱き始めた。
そしてある夜、レオナルドは数人のお付きだけを連れ、身分を隠しているつもりで「SUSH屋 リズ」を訪れた。
店に入った瞬間、彼は愕然とした。そこにいたのは、かつて自分の陰で怯え、顔色を窺うだけだったか弱い女ではなかった。凛とした立ち姿でカウンターの中に立ち、無駄のない優雅な手つきでSUSHを握り、客からの尊敬と賞賛の眼差しを一身に浴びる、自信に満ちた一人の職人――リズの姿だった。
自分が捨てた女が、自分よりも遥かに輝いている。その事実が、レオナルドの根拠のないプライドをひどく傷つけた。
案内された席で、彼は勧められるがままにSUSHを一口食べた。その瞬間、彼の常識は粉々に打ち砕かれた。美味い。理屈抜きに、圧倒的に美味い。こんなものを、あのエリザベスが…?
食事を終えたレオナルドは、会計を済ませると、リズを店の裏へと呼びつけた。そして、彼は信じられないような言葉を口にした。
「エリザベス、見直したぞ。君にこのような才能があったとはな。大したものだ」
上から目線の、恩着せがましい口調。
「特別に許してやろう。私とよりを戻し、王宮の料理番として、その料理を私やミアのために毎日振る舞うがいい。妃としてではないが、そばに置くことを許可する」
その言葉には、過去の仕打ちに対する謝罪も、後悔のかけらもなかった。ただ、優れた才能を持つ道具を再び自分の支配下に置こうとする、底の浅い傲慢さだけが満ちていた。リズは、彼の愚かさに、もはや憐れみすら感じなかった。




