第8章:美食家の来訪と、王都への誘い
ある晴れた日の昼下がり、ポルト・マーレの素朴な町並みには不釣り合いな、豪華絢爛な紋章付きの馬車が「海の幸 リズ」の前に停まった。町中の人々が「何事か」と遠巻きに見守る中、馬車から降りてきたのは、いかにも裕福そうな身なりの、恰幅の良い白髪の紳士だった。
「ここが、噂のSUSH屋か。ふむ、鄙びてはいるが、悪くない構えだ」
その老人こそ、ヴァイスラント王国で右に出る者はいないとまで言われる、伝説的な美食家、オルコット卿その人であった。彼は王都で耳にした「辺境の奇跡の料理」の噂を確かめるべく、わざわざ長い時間をかけてこんな田舎町までやってきたのだ。
「女主人に会わせてもらおう。最高のものを、用意してもらいたい」
尊大な態度ではあるが、その瞳には食に対する純粋な好奇心と探究心が宿っている。リズは緊張で背筋を伸ばしつつも、彼を最高の客として迎え入れた。
「ようこそお越しくださいました、オルコット卿。本日は、私にすべてお任せいただけますでしょうか」
「良かろう。君の実力、とくと拝見させてもらおう」
リズは持てる技術と知識のすべてを注ぎ込んだ「おまかせコース」を仕立てた。
まずは前菜として、数種類の魚介を使ったカルパッチョ。次に、繊細な旨味を持つ白身魚の握りから始まり、濃厚な味わいの赤身、キラキラと輝く光り物へと続く。箸休めには、ガリの代わりとなる、甘酢で漬けた野菜。そして、甘辛い煮アナゴや、濃厚なウニに似た貝の軍艦巻き。最後は、デザートとして、魚のすり身と卵で作った、カステラのようにふんわりと甘い「卵焼き」。
オルコット卿は、一貫一貫、まるで宝石を鑑定するかのようにじっくりと吟味し、味わっていた。その表情は厳しく、リズやマルコ、ソフィアは固唾を飲んで見守るしかない。
そして、最後の卵焼きを食べ終えると、オルコット卿はカトラリーを置き、天を仰いで深いため息をついた。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「……参った。完敗だ」
彼は、絞り出すように言った。
「わしは七十年、この世のありとあらゆる美食を味わい尽くしてきたつもりだった。だが、どうやら今日この日まで、本当の『美味』というものを知らなかったようだ。リズ殿、君は天才だ! いや、これはもはや料理ではない。芸術であり、文化であり、そして…食の革命だ!」
これ以上ないほどの賛辞だった。リズは、胸に込み上げてくる熱い思いに、ただ深々と頭を下げることしかできなかった。
「リズ殿、頼みがある」
興奮冷めやらぬ様子のオルコット卿が、リズの手を取って言った。
「この素晴らしいSUSHという文化を、辺境だけのものにしておくのは、人類全体の損失だ! どうか、王都に店を出してはくれまいか。資金も、場所も、有力者への紹介も、このわしがすべて後援しよう!」
願ってもない申し出だった。しかし、リズは一瞬、隣で静かに成り行きを見守っていたカイの顔を見た。王都へ行くということは、彼のもとを離れるということ。カイは、リズの心を見透かしたように、穏やかに微笑んだ。
「行くべきだ、リず。君の才能は、この小さな港町に収まる器ではない。君の夢を、俺も応援する」
彼の言葉には、リズが自分の手の届かない場所へ行ってしまうことへの、ほんの一抹の寂しさが滲んでいた。しかしそれ以上に、彼女の成功を心から願う、温かい気持ちが込められていた。リズは、二人の支援者に深く感謝し、王都への挑戦を決意した。




