第7章:信頼という名の、反撃の狼煙
落ち込んでいる暇はなかった。リズは、この逆境を乗り越えるための策を考えた。悪意には、悪意で返さない。信頼には、信頼で応える。彼女は、この世界の理、すなわち「魔法」を逆手に取ることを思いついた。
この世界では、聖女ほど強力ではなくとも、清浄な魔力を持つ者であれば、ごく簡単な浄化の魔法が使える。リズもまた、公爵令嬢としての教育の中で、その基礎を習得していた。彼女はこれまで、その力を人前で見せることはなかったが、今は別だ。
客足が途絶え、静まり返った店。リズは店の前に立ち、噂を聞きつけて遠巻きに集まってきた人々の前で、静かに宣言した。
「私の料理に、毒などありません。そのことを、今ここで証明いたします」
リズは両手を前にかざし、意識を集中させる。すると、彼女の手のひらから、淡い白銀の光が溢れ出した。その光で、まな板や包丁といった調理器具を一つ一つ照らし、清めていく。次に、その日仕入れたばかりの新鮮な魚にも光をかざす。魚は何の変化も見せず、ただ美しく輝くだけだった。最後に、リズは自らの両手を浄化の光で包み込んだ。
キラキラと舞う魔力の光は、彼女の言葉以上に雄弁だった。衛生管理が完璧であること、食材に何ら問題がないことを、誰の目にも明らかな形で視覚的に証明したのだ。ざわめいていた人々の中から、「おお…」という感嘆の声が漏れた。
だが、リズの反撃はそれだけでは終わらない。
「さらに、これこそが私の料理の安全性の秘密です」
彼女が取り出したのは、白ブドウから作った特製の「リズ酢」だった。
カイの協力により、王立アカデミーに所属する高名な学者が、この「リズ酢」と「生の魚」の組み合わせに関する研究論文を発表した。論文は、「リズ酢に含まれる特殊な酸性成分が、魚の腐敗を遅らせ、食中毒の原因となる有害な微生物(この世界での菌のようなもの)の活動を完全に抑制する効果がある」と結論付けていた。
いわば、科学的(異世界風)アプローチによる、安全性の公的な証明である。この論文の写しが、店の前に張り出されると、人々の疑念は完全に氷解した。
決定打となったのは、カイの密偵たちの働きだった。彼らは町で不審な噂を流していた男を捕らえ、尋問した。男はあっさりと、全てが王都の聖女ミアの指示であったことを白状した。
この事実は、ポルト・マーレの人々を激怒させた。
「俺たちの誇りであるSUSHを、聖女様が貶めようとしていただなんて!」
「リズさんを信じてよかった!」
ミアの卑劣な策略は、結果的にリズとSUSHへの信頼を、以前とは比べ物にならないほど絶対的なものへと昇華させた。店は、以前にも増して大繁盛し、「毒の噂を乗り越えた奇跡の料理」として、その名声は伝説的なものになっていく。
カイは、困難を前に臆することなく、自らの知識と魔法、そして仲間との絆を武器に堂々と立ち向かったリズの姿に、改めて強く惹かれていた。彼女は守られるだけの姫ではない。自らの道を切り拓く、聡明で強い女性なのだと。その尊敬の念は、いつしか深い愛情へと変わっていた。




