第6章:王都の影と、新たな絆
「海の幸 リズ」は、瞬く間にポルト・マーレで最も予約の取れない店となった。連日満員の店内で、リズはSUSHの可能性をさらに追求していた。
透き通るような身に独特の歯ごたえを持つイカ。さっと湯通しして甘みを引き出したタコ。磯の香りが豊かな数種類の貝。リズは次々と新メニューを開発し、客たちを飽きさせない。中でも、アナゴによく似た細長い魚を、黒ソースと砂糖で甘辛く煮詰めて握った「煮アナゴ」は、子供から老人まで誰もが虜になる絶大な人気を博した。
一番弟子のマルコは、リズの厳しいが的確な指導の下、めきめきと腕を上げていた。最初はシャリを握ることすら覚束なかったが、今では簡単な握りなら安心して任せられるまでに成長している。彼の不器用な手から生み出されるSUSHには、リズとはまた違う、実直な味わいがあった。
店の評判は、ポルト・マーレを訪れる商人たちの口コミによって、遠く王都にまで届き始めていた。「辺境の港町に、生の魚を使った驚くほど美味い料理があるらしい」――そんな噂が、王都の食通たちの間で囁かれるようになったのだ。
そしてその噂は、聞くべきではない人物の耳にも入ってしまった。
王宮の奥、豪華な私室で紅茶を飲んでいた聖女ミア・ローゼンベルクは、侍女からの報告に眉をひそめた。
「辺境で、あの女が…? 妙な食べ物を流行らせているですって?」
ミアにとって、エリザベスはもう過去の存在のはずだった。追放され、惨めに暮らしているものとばかり思っていた。それなのに、自分の知らないところで評判になっているという。まるで、自分の功績を横から奪われたかのような不快感が、ミアの胸に広がった。
(あの女が、私より注目されるなんて許せない。平民に落ちぶれた女は、そのまま静かに朽ちていればいいものを…)
嫉妬の炎が、彼女の可憐な顔を醜く歪ませる。ミアは、腹心の者に密かに命じた。
「ポルト・マーレという町へ行きなさい。そして、『あの店の生の魚には毒がある』という噂を流すのです。ええ、できるだけ巧妙に、真実味があるようにね」
聖女の名を利用した、卑劣な策略だった。
悪意ある噂は、人々の不安を煽りながら、風に乗って瞬く間にポルト・マーレ中に広がった。「王都の偉い学者が言っていた」「食べた者が腹を壊して死んだらしい」などと、尾ひれがついて。
数日前までの熱狂が嘘のように、店の客足はぱったりと途絶えた。店の前を通りかかる人々は、疑いと侮蔑の視線を向けてくる。かつて王都で浴びせられた、あの冷たい視線が蘇り、リズの心は深く傷ついた。
だが、今の彼女は一人ではなかった。
「姐さん! 何落ち込んでんだよ! 姐さんの料理が安全なことくらい、俺たちが一番よく知ってる! 俺たちが保証してやる!」
マルコが、自分のことのように怒りながら叫ぶ。
「そうです、リズ様。きっと何かのでっち上げですわ。私たちが、お客様一人一人に説明して回りましょう。リズ様のお料理は、世界一安全で美味しいのですから!」
ソフィアもまた、涙ぐみながらリズの手を固く握った。
そしてカイは、冷静に告げた。
「リズ、下を向くな。これはただの噂ではない、明確な悪意だ。おそらく、王都から仕組まれたものだろう。必ず、噂の出所を突き止めてみせる。君は君のやり方で、君の正しさを証明すればいい」
仲間たちの温かい言葉と、カイの揺るぎない信頼が、リズの心に再び闘志の火を灯した。もう、一方的に貶められるだけの私ではない。




