第5章:「SUSH屋」、波乱の船出
開店当日、ポルト・マーレの空は雲一つなく晴れ渡っていた。店の前には、リズが心を込めて書いた「海の幸 リズ」の看板が掲げられている。
店内には、リズが握る「SUSH」が並ぶ。基本は三種類。つやつやのシャリにネタを乗せた「握り」。海苔でシャリを囲み、細かくした具材を乗せた「軍艦」。そして、海苔でシャリと具材を巻いた「巻き物」。ネタは今朝市場で仕入れた、最高の鮮度を誇るアジ似の魚や、真っ白な身が美しいタイ似の魚だ。
しかし、期待に胸を膨らませるリズたちとは裏腹に、港町の人々の反応は恐ろしく冷ややかだった。
「おいおい、本当に生の魚を食わせる店らしいぜ」
「冗談じゃねぇ。金払って腹を壊しに行く奴がいるかよ」
「見た目だけは綺麗だが、気味が悪いな…」
店の前を通り過ぎる人々は、遠巻きに囁き合うだけで、誰一人として扉を開けようとはしない。時間は無情に過ぎ、昼時になっても客は一人も来なかった。マルコは悔しそうに拳を握りしめ、ソフィアは不安そうな顔で立ち尽くしている。リズの心にも、焦りと不安の影が差し始めていた。
その時、カラン、と軽やかな音を立てて店の扉が開いた。
現れたのは、領主のカイとその部下たち数名だった。彼はわざと大きな声で言った。
「噂の新しい店はここか。腹が減った、何か美味いものを食わせてくれ」
カイは客のふりをして、店に活気を与えようとしてくれたのだ。リズは感謝の気持ちを込めて、一番自信のあるアジの握りを彼の前に差し出した。
カイは一瞬、未知の料理を前に戸惑いの表情を見せたが、意を決してそれを一口で頬張った。
次の瞬間、カイは目を見開いたまま固まった。時間が止まったかのように、彼の動きが止まる。リズたちの心臓が、ドクンと大きく鳴った。
やがて、カイはゆっくりと咀嚼し、ごくりと飲み込むと、絞り出すように言った。
「……なんだ、これは…!」
その声は、驚愕に満ちていた。
「信じられない…! 魚の旨味が、これでもかと凝縮されているというのに、少しも生臭くない。それどころか、口の中に爽やかな風が吹くようだ。そして、この穀物…シャリと言ったか。ほのかな酸味と甘みが、魚の味を完璧に引き立てている! 今まで俺が食べてきた魚料理は、一体何だったんだ…!」
カイの熱のこもった絶賛に、部下たちも恐る恐るSUSHを口にし、次々と驚きの声を上げる。そのただならぬ様子が、外で様子を窺っていた噂好きの漁師たちの耳に入った。
「領主様が、あんなに美味そうに食ってるぞ…」
「本当かよ…?」
最初に動いたのは、マルコの父親だった。彼は息子が入れ込む店を心配して見に来ていたのだ。
「…領主様が嘘をつくはずがねぇ。息子が信じたもんだ。俺も一つ、食ってみるか」
マルコの父親を皮切りに、数人の漁師が半信半疑の顔で店に入ってきた。リズは心を込めて握ったSUSHを差し出す。そして、彼らもまた、カイと同じ衝撃を味わうことになった。
「うめぇ……なんだこりゃ、うめぇぞ!」
「俺たちが毎日獲ってる魚が、こんなに美味くなるなんて…信じられねぇ!」
漁師たちの飾り気のない、しかし魂からの賛辞が、店内に響き渡る。
この日を境に、ポルト・マーレの漁師たちの間で「リズの店でSUSHにしてもらうこと」は、最高の腕を持つ漁師の証という、最高の栄誉になった。店は少しずつ、しかし確実に賑わいを見せ始める。そして、ソフィアの太陽のような明るい笑顔と、心のこもった接客も、店の評判を大きく後押ししていったのだった。




