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図書館物語  作者: 浅見はる
第二章 祭りの後
9/30

9.恋心

「ごめんね、長谷川君。忙しいのに」

 京子さんは、申し訳なさそうに言った。

「あっ……いや、大丈夫だよ」

 しかし、僕はこの時、別の意味で戸惑いの表情を浮かべた。

「どうしたの?」

「いや、長谷川君って呼ばれたの、高校の時以来だなって思ってね」

「あ……っ、ふふ、そうだね。でも長谷川君はずっと私の事、京子さんだね」

「うん、そうだね」

 ――僕と京子さん、間野京子は地元の中学、高校の同級生だった。クラスが同じになったことは一度もなかったが、お互いに本が好きだった事もあって、図書委員を3回一緒にやった。

 そして、僕はその頃から彼女にずっと恋心を抱いている。


「今日は、長谷川君とカウンター係か……」

 ある日の放課後、学校図書室の受付カウンターに座って本を読んでいる僕の隣に京子さんが座った。

「うん、そうみたいだね。今日は利用者少ないよ」

 彼女と話す時、僕はいつも緊張していた。

「ところで、長谷川君はどんな本が好きなの?」

「うーん、最近は歴史小説が好きかな。織田信長とか……特に戦国時代のね」

「へえ……、だから、社会の成績が良いんだね」

「うん、日本史だけだけどね」

「私は童話とか絵本が好き。将来は保育士になって、子供に本を読んであげるのが夢なの」

「すごいね、もう将来の事も考えてんだね」

 僕が驚いた表情で言うと、京子さんは笑顔で頷いた。

「長谷川君は、どんな職業になりたいの?」

「僕は、何だろう……やっぱ本に関わる仕事かな。本屋とか」

「へえ……、でも長谷川君にはきっと向いてるね」

「そうかな」

 カウンターで、二人で仲良く話しているのを見た友達からはよく冷やかされたが、田舎の高校生でしかも特に奥手な僕は、京子さんとの関係をこれ以上進展させることもなく学生生活を送っていた。

 

 しかしある日、僕にとってちょっとした事件が起こった。

 それは、京子さんと図書委員の担当だった日の出来事だった。この日、先生から頼まれていた本が見当たらずに、二人で夕方遅くまで探していた。

 図書室を利用する学生もいなくなり、薄暗くなってきたので、もう帰っていいと先生も言ってくれたのだが、責任感の強い京子さんはなかなか帰ろうとしなかったので、僕も付き合って探していた。

 僕はこの時、薄暗くなった図書室で二人きりになっている状況に、ずっと鼓動が早まっていた。


 結局しばらく経って、両面あるスチール書架の真ん中のスぺースに落ちているその本を見つけた時には、もう外は暗くなっていた。僕は京子さんを家の近くまで送っていくことにした。

「いいのに……。長谷川君の家、逆方向でしょ」

「暗い道を女の子一人で返せないよ」

「優しいのね」

「いや……、この後に寄る所があるからついでだよ」

 僕がそう言うと「こんな時間に?」と彼女は僕を見た。

「う……、うん」

「ふーん」

 僕はこの時、京子さんと少しでも長く一緒にいたかった。そしてこの時、何度も告白しようと思ったが、結局その勇気が僕には無かった。

 そして、京子さんと別れた後、僕は今まで経験した事が無い程、喉の奥までカラカラに渇いていて、すぐに自動販売機でミネラルウォーターを買って一気飲みした。

 


 その後、大学が別々になってしまい疎遠になった。僕は卒業式での告白も考えたが、空振りに終わっていた。

 僕が鳴滝町の役場の職員になって図書館司書で働くようになってから、桃山幼稚園の保育士になっていた彼女と3年前に図書館で偶然出会った。

 その時、僕は運命的なものを感じたが、相変わらず何も行動を起こせずにいた。


 ところが、去年まで図書館でパートをしていた照屋さんという女性がいて、彼女の娘と京子さんの通っていた短大が一緒で、しかも親友だった。

 ある日、照屋さんの娘が、京子さんからずっと片思いをしている人がいるという話を聞き、それがどうやら図書館に勤めている人という事であった。照屋さんが図書館でパートをしている事を知っていた娘は、彼女に軽い気持ちでそれを言ってしまった。

 照屋さんは、娘から内緒だと言われていたが、黙っていられる人ではなかったらしい。翌日の朝にはビッグニュースとしてパート仲間に話してしまった。図書館には対象になりそうな男性が僕しかいないのもあって、確定情報として広まっていった。そして、その週の終わりには田中副館長から僕の耳にも入ってしまったのだが、もちろん京子さんはそれを知らない。


 それからというもの、僕の周辺は勝手にヤキモキしているという状況だ。しかも、僕が独身で彼女がいない事は、田中副館長がよく話題にするのでみんな知っている。

 もちろん、それを知ってしまった僕が特に意識してしまっているのだが、これだけ周りに注目されてしまうと、元々奥手な僕は、益々動き辛くなっていた。

 そんな時、年末に毎年行われる図書館の職員、パートによる忘年会があり、馬場さんから誘われた京子さんと、もう一人の桃山保育園の保育士が来ていた。しかし、この時は周りの好奇の目による恥ずかしさで、彼女とあまり話もせずに終わってしまった。

 しかし、なんとか馬場さんの強引な仲介もあってメールアドレスの交換は出来たので、仕事上のメールのやり取りは何回かするようになっているのだが、彼女を食事に誘う勇気もなく今に至っている。

 

 

「――本当に先生、どうもありがとうございました」

 突然、診察室の横スライドの扉が開いて、加奈と母親が出てきたので、僕と京子さんは急いで立ち上がった。

「京子先生も、ありがとうございました」

 母親は、待合室で待っていた京子さんに深くお辞儀をした。

「そして、えっと……」

「あっ、この方は、鳴滝町立図書館の長谷川さんです。今日、ここまで加奈ちゃんを車で乗せてきてくれました」

 京子さんが、僕を母親に紹介すると母親は僕にも深くお辞儀をした。

「では、京子先生。今日はこのまま娘を連れて帰りますので」

「はい、分かりました」

 そして京子さんは、加奈の前で屈んで話した。

「じゃあ、加奈ちゃん。お風邪しっかり治して、また保育園来てね」

「うん」

「じゃあ京子先生、すいません」

 そう言うと、加奈と母親は病院を出ていった。


 そして、僕は診察室にいる久世先生にお礼を言ってから京子さんと病院を出た。

「……さてと、図書館に戻ろうか」

「うん」

 僕は助手席に散らばっている伝票や本を急いで片付けると、彼女を助手席に乗せた。


 図書館に戻る5分間、運転するハンドルを持つ手は、じっとりとした汗を感じた。二人きりの空間というのは、あの高校の図書室の時以来だった。

 しかし、またここでも僕は何も進展させることが出来ずに京子さんとの5分間のドライブは終わってしまった。


 僕が図書館の駐車場に車を止めると、京子さんは僕に言った。

「今日は、ありがとうね。長谷川さん」

 僕は『さん』に戻った言葉に少し引っ掛かりながら「ううん、いいよ」と言って車を降りた。

 図書館に二人で戻ると、それをカウンターで見た馬場さんは、慌てた様子で作業室にいる『仲間』の元に階段を小走りで下りていった。

 僕はそれを見て、やれやれといった感じでため息をついた。


 こうして、保育園の園児たちの遠足は無事に終わり、京子さんも帰っていった。

 園児たちを見送っていると、すぐに馬場さんが近づいてきた。

「あの……長谷川さん、さっきの……」

 彼女が、そう言い掛けたところで「――何も報告することはないですよ」と、僕はぴしゃりと言って、そのまま事務室へと戻った。この時、僕は自分自身にも腹を立てていた。


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