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図書館物語  作者: 浅見はる
第二章 祭りの後
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8.遠足

 9月24日、窓から外を見ると空は深い雲で覆われていた。

「今日の天気予報は雨なので、おそらく桃山保育園の遠足は図書館になります。その場合、園児が使用する2階の一般閲覧室の利用が出来ません。来館者へのアナウンスをお願いします」

 朝礼当番の吉岡さんが話している遠足は、毎年この時期、町内の幼稚園や保育園で行われている。天気が晴れると鳴滝第一公園だが、雨の場合は図書館か体育館になる。たくさんの園児たちが突然図書館にやって来ると、利用者からの苦情が多くなりやすいので、いろいろと事前準備が必要となる。


 今にも雨が降りだしそうな窓の外を見ながら、僕は保育園の遠足の準備を進めていた。1階の児童コーナーにある絵本2百冊分を、ブックトラックに載せて2階の閲覧室へと運んでいく。こういう機会だから、図書館司書としては園児たちに出来る限り本と接してもらいたい。そして、当然京子さんも来るので、僕は朝の整髪をいつもより念入りにしてきている。

 田中副館長は、今日も紙芝居の準備に余念が無い。前回好評だったのでかなり気をよくしているようだ。さきほどから、この間羽織っていたビニール製のおばけの衣装に、何か新たな細工を施している。おそらく今日、天気が悪くなるのを望んでいるのは僕と副館長だけだろう。

 ただ、今日は田中副館長の存在はありがたい。絵本だけ読んでいても、園児はすぐに飽きてしまって、じっとしていられないからだ。紙芝居を読む面白いおじさんがいてくれたほうが良いと思う。

 横田さんは、1階の玄関に傘立てと、園児の遠足をする場所が図書館になっている事を伝える案内用紙を入り口の案内板に貼って準備をしている。


 そうして、予報通りに雨が降り始め、桃山保育園の園児を乗せたバスが11時に到着すると、僕は園児たちを2階に案内した。

「2階にある本以外を読みたい子は1階に下りて本を持ってきてもいいよ。でも、1階では静かにしてね。階段を下りるときもゆっくりだよ」

 僕がそう言うと、園児たちはみんな手を上げて元気に返事をした。

 田中副館長は、既に紙芝居の準備が終わり、笑顔で待ち構えている。園児たちの何人かは彼に気づくと、振り返って大喜びだ。僕はたいした人気だなと感心した。

 それから、僕は子供たちに読み聞かせをしたり絵本の紹介をした。京子さんも、僕の手伝いをしてくれた。


 こうして正午になり、園児たちが持参したお弁当を食べるため、僕は2階の閲覧机を端に寄せてスペースを作り、そこにマットを敷いた。園児たちは、そのマットの上で円を作って楽しそうにお弁当を食べていた。

 その間、僕が地下1階の休憩室で宅配弁当を食べていると、京子さんがやってきた。

「あの……ごめんね、お昼時に」

 彼女は申し訳なさそう顔をして扉の前に立っていた。

「どうしたの?」

「園児が一人体調悪いみたいで」

「両親には電話したの?」

「さっきから電話してるけど繋がらなくて」

「じゃあ、病院に連れていこうか。僕が車を出すよ」

 僕は食べかけの弁当を片付けると、事務室に行って壁に引っ掛けてある車の鍵を取った。そして、京子さんと2階に上がり、具合の悪そうに横になっている女の子を抱き抱えると、図書館裏の駐車場にある白いバンの後ろの座席に布団を敷いて、そこに女の子を寝かせた。京子さんも後ろの席に座った。


「ここからだと久世小児科が近いから、そこ行くね。あそこの先生だったら昼休みも診てくれるから」

 こうして、僕は車を出してから5分くらいで、久世小児科病院に着いた。今は診察時間外なので、病院の隣にある久世先生の自宅の門にあるインターホンを押した。

 最近、久世先生の息子が、よく図書館に来て受験勉強をしているので、夜迎えに来る先生とは顔なじみになっていた。

「はい」

 インターホン越しに久世先生の奥さんの声が聞こえた。

「図書館の長谷川です」

「あら……、どうしました?」

「うちの図書館に来ていた女の子が、急に体調が悪くなって」

「それは大変ね。……あなた、急患よ」

 インターホン越しに、奥さんが久世先生を呼ぶ声が聞こえてきた。

「病院の方を開けるから、そっちに回ってください」

「はい、わかりました」

 僕がそうしている間に、京子さんは女の子の母親と連絡が取れたようだった。

「加奈ちゃんのお母さん、今からここに来るって」

「それはよかった」


 病院の扉が開くと、中年の女性の看護師が一人中で待っていた。そして、加奈の様子を見ると、彼女は眉をひそめて言った。

「あら、かわいそうに……、すぐ体温を測りますので、そこの処置室まで運んでくれます?」

 看護師が処置室の場所を指差したので、僕は加奈を抱いたまま処置室に行き、ベッドに寝かせた。

 そして、僕と京子さんが処置室から出ると、奥から眼鏡をかけて口ひげを生やした久世先生が、小走りでやってきた。

「すいません、先生、お昼時に」

「いやいや、これが仕事だからね。それに図書館さんには、いつもうちの子が世話になってるしね」

 微笑みながらそう言うと、久世先生は加奈の様子を診る為処置室に入っていった。

 僕と京子さんも、久世先生の後に続いて処置室に入り、心配しながらその様子を見ていた。

「風邪だね、喉が真っ赤だ。これだと、ちょっと熱はまだ上がるかも知れないね」

 久世先生は、僕たちを見てそう言うと、看護師に指示を出した。


 すると、病院の前に車が停まった音がして、加奈の母親が慌てた様子で入ってきた。

「すいません京子先生。ご面倒おかけして」

 京子さんが処置室を出て待合室まで行くと、母親は頭を下げて謝った。

「いえいえ」

「ちょっと、今日は朝から様子がおかしいなと思ったんですけど、娘が遠足にどうしても行きたいって言うから……」

「楽しみにしてたから、しょうがないですよ」

「すいません。ではちょっと見てきます」

 そう言って、母親は処置室に入っていった。

 そうして僕と京子さんは、消灯された誰もいない待合室で、二人で座って待っていた。


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