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図書館物語  作者: 浅見はる
第五章 鳴滝町立新図書館
29/30

29.想い

 役場の会議室で突然気を失った加藤室長が、その後救急車で緊急病院に運ばれたその翌朝、僕は図書館の事務室で園部さんたちと話をしていた。

「それで、加藤室長のご容態は如何でしたか?」

「幸い命に別状はなかったけど、脳卒中らしい」

「それは、大変ですね」

「しばらくは、職務復帰は無理だろうね」


 すると、事務室に役場からの専用回線が鳴った。生涯学習部の森下部長から、今から役場に来れないかという内容であった。

「忙しくなりそうですね」

 近藤さんが気の毒そうに言った。

「うん、こればかりは……ね」

 僕は昨日の晩、この日起きた事を考えていた。そして、今の状況では僕がやらなければいけない立場になる事を覚悟していた。


 僕が役場に着くと、腕組みをした森下部長の他、政策推進室の稲生部長と新図書館準備室の佐野主幹が、全員暗い顔をして中央の4人用のテーブルに座っていた。

 そして、僕は空いていた佐野主幹の隣に座った。

 森下部長が、申し訳なさそうに「悪いね、急に呼び出して」と言った。

「いえ」

「それで、こんな時だけど、新しい図書館の計画は進めていかなくちゃいけないからね」

「はい」

「それで、立場上は管理職の佐野主幹が代理という事でやってもらう。いいね」

 森下部長は、念を押すように言って佐野主幹を見た。

「え……っ、あっ、はい」

「ほんと頼むよ。君にしっかりやってもらわないと進まないからね。……というわけで、長谷川君には悪いが、彼をしっかり補佐してあげてくれ。次のワークショップからね」

「はい、分かりました」


 その日の晩、僕は京子の家で間野さんと話をしていた。

「昼間、加藤君の奥さんと電話で話したよ」

「あ……っ、そうですか。それで、如何でした?」

「大手術だったらしいけど、なんとか重い後遺症は残らないだろうという事らしい」

「それは、良かったですね」

「まあ、ただ当分入院だよな」

「ええ。それはそうですよね」

「まあ君も大変だろうけどな」

「何とか頑張ります」

「あと、佐野君の事だけどさ、あいつは昔からほんとに真面目な奴でね、彼は僕が引き上げたんだ。事務仕事はしっかりやるんだが、いかんせん気が小さくて口下手でね。だから、今回の役割は向いてないんだよな」

「そうでしたか」

「ああ、ごめんごめん。今日は京子と結婚式の打ち合わせに来たんだったよな。おーい、京子。長谷川君との話、終わったからいいぞ」

「終わったからいいぞ、じゃないわよ。今日は、こっちがメインなの」

 そう言って、苦笑いしながら京子が階段を下りてきた。

「あははっ、ごめんごめん」



 ……数日後、この日は3回目のワークショップが開催されていた。

「あ……っ、あ、そうですね。えっと……」

「——佐野主幹、僕の方で説明します」

 僕は、汗の滲んだ額をハンカチを当てながら話している佐野主幹の耳元でささやいた。

「えっと、で、では当件について長谷川館長代理の方から説明してもらいます」

「はい、では説明致します。この件については8ページをご覧ください。こちらにございます……」


 そして、僕と佐野主幹は何とか無事にこの日のワークショップを乗り切った。ほっとした様子で町民コミュニティセンターから出てきたところで、弓削さんに呼び止められた。

「長谷川さん」

「ああ、弓削さん。今日はありがとうございました」

 僕はこの時、一瞬で緊張した気持ちになった。

「若いのに、しっかり受け答えされて立派でしたよ」

「いえ」

「あの人が、認めただけの事はある」

「あの人?」

「あっ、いや……。これから少し、喫茶店で話でも出来ませんか?」

「あっ、はい。……では」

 僕はすでに先ほどまでの安心していた気持ちが無くなっていた。


 そして、僕と弓削さんは、役場の裏にある喫茶店モンロに入ると、珈琲を二つ頼んでから席に座った。

「こないだは、失礼な事を言って申し訳なかった。加藤さんの病気にも責任を感じてるんです」

「いえ……。加藤室長も、なんとか職務には戻れそうです」

「ああ、それは良かった」

「ただ、私の方から一つだけ申し上げたい事があります」

 僕は、そう言って弓削さんを真っ直ぐに見つめた。

「ええ、どんな?」

「加藤室長とは去年から一緒に図書館でやってきましたが、真剣に新図書館の事を考えています。そして、僕も……本が好きで、図書館が好きで、この鳴滝町の図書館に勤めました。だから、図書館に対する愛情は誰よりも持っているつもりです」


 僕がそう話すと、弓削さんは目を伏せて話し始めた。

「こないだ、私があんな事を言ってしまったから気にされてるんですね。すいませんでした。私も加藤さんが素晴らしい方だということは十分分かってます。そして、長谷川さん。あなたの事は、以前にあの人から聞いてました」

「あの人?」

「ええ……、私が今の大学に勤め始めた頃、図書館の事なんて何も分からないまま附属図書館に配属になって悩んでた時があったんです。そして、ある日ふらっと鳴滝町立図書館に来た事がありましてね、その時家田さんにお会いしたんです。それから、家田さんには大変お世話になりました」

「そうでしたか」

「町立図書館で、たまたま探していた司書資格の本を尋ねた時に、家田さんが対応してくれたんです。あの方は、不愛想で初め少し怖かったですけどね」

「ええ、そうですね」

 僕は思わず微笑んだ。

「それで、私が司書資格の事を尋ねたら、下の休憩室でいろいろと話をしてくれました」

 そうして、弓削さんは懐かしむような眼差しで、珈琲を一口飲むとゆっくりとテーブルに置いた。

「それから、家田さんとは何度かお酒を飲みに行く仲になりましてな、本当に良くしてもらいました」

「なるほど」

 僕はこの時まで、家田さんがお酒を飲みながら人と楽しく会話をする姿を想像したことが無かったので、彼にもそんな時間があったことが知れてなんとなくうれしかった。


「今から数年前、家田さんが亡くなる前の年にお宅を訪ねましてね。その時、鳴滝町立図書館の話になった時に、良い若者が入ったから後は安心して任せられるっておっしゃってましたよ。あの方は自分の子供のように図書館の事を思ってましたから」

 そう言うと、弓削さんは僕を優しい眼差しで見つめた。

「もちろん、若者とはあなたの事です」

「家田さんが、そんな事を……」

「それでね、今回の事で私も考えたんです。あなたのような方がいるなら、もう任せてしまおうとね。もう私が出る幕じゃない」

「いや、まだこれからも……」

「いやいや。ただ長谷川さん。私もあなたと同じで小さい頃からこの図書館に来てました。ここは、妙に居心地が良くて大好きな場所でね。これからも、なんとかこの雰囲気だけは守ってもらいたいなと思います」

「それは、私も一緒の意見です」

「それに、間野からも電話がありました。あんまり、うちの息子をいじめるなよってね」

「え……っ」

「間野は、高校の同級生だったんです」

「そうだったんですか」

 

「まあ、老人の知恵で良ければ、今後も何か相談に乗ります」

「はい、ありがとうございます」

「後は、あなたと職員のみなさんにお任せします。そういえば、佐野さんでしたっけ? あの方もこないだ私の家を訪ねてこられてね。今の役場が考えてる計画案と私の案との違いをまとめて持ってこられた。あの方は、口は上手くないが、文面では良く伝わりましたよ。まぁ、今回は私が間違えてました、すいませんでした」 

 弓削さんは頭を下げると、自分の鞄を手に取り立ち上がった。

「ぜひ、良い図書館を作ってください」

「はい、がんばります」

 こうして、僕は店を出て弓削さんと別れた。

 そして、図書館へと向かう坂を上っていく時に夕焼け空を見上げると、家田さんが優しく微笑んでいる気がした。




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