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図書館物語  作者: 浅見はる
第四章 おばけの紙芝居
24/30

24.おばけの紙芝居

 僕はこの日、毎年恒例になっている児童養護施設のハロウインパーティーの手伝いの為、移動図書館車で『ひまわりの郷』に来ていた。

 ——移動図書館車とは、改造した小型のトラックに本を載せて、地域の人のために各地を巡回する車である。鳴滝町では財政事情もあり、今年で役目を終えることになっていた。今日のイベントが最後の仕事であった。


 僕は、頼まれていた紙芝居を持って車から降りると施設に入った。

「ハッピーハロウイン!」

 すると、聞き覚えのある声がした。見ると、田中さんがトレーニングウエア姿で、ニコニコしながら子供たちに大きな飴を渡していた。

「田中さん」

「おお、長谷川君」

「そういえば、最近公民館で見ませんでしたね」

「ああ、ちょっと体調くずしてね。もう歳だよ」

「まだまだ頑張って下さいよ」

「そうだね。あっ、紙芝居ありがとね」

「はいこれです。頼んだの田中さんだったんですね」

「ありがとう。僕の紙芝居デビューはここだったんだよ」

「そうだったんですね」

 

 そうして、僕と田中さんは移動図書館車が駐めてある場所にやって来た。 

「……そうか、この移動図書館車も今年で終わりか、寂しくなるね」

 田中さんはそう言って移動図書館車をなでるように触った。

「そうですね」

「まぁ、廃止を決めた奴が、もうすぐここに来るけどね」

「あ……っ、そうですか」

「なんだい、修ちゃん。また俺の悪口かい?」

 トレーニングウェアを着た間野さんが自転車でやってきた。

「あ……っ、間野さん」

「まだ、お義父さんじゃないのかよ、長谷川君」

「そんなに急かしちゃ、長谷川君が可哀そうだよ。物には順序がある、なっ」

 そう言いながら、間野さんは乗ってきた自転車を降りた。

「まっ、いいや。隆三、ピンボールすくいの準備始めよう」

「了解」


 ……こうして、今年の児童養護施設『ひまわりの郷』のハロウインパーティーが始まり、僕も絵本を読んであげたり、ゲームに参加したりしながらおおいに盛り上がった。ここでも田中さんの「おばけ」は大人気だった。


 ハロウインパーティーが終わり、散らばった本を片付け終わると、静かになった駐車スペースで、僕と田中さんと自転車を押した間野さんの3人で話をした。

「さて、これで今年のハロウインも終わりか……、来週はいよいよ図書館フェスティバルだな」

「あれ? 図書館フェスティバルは11月の2週目じゃなかったっけ?」

 間野さんがそう言って僕を見た。

「今年から、文化の日に合わせて11月の最初の週になったんです」

「そうか」

「田中さん、今年も紙芝居お願いしますね」

「おお、任せといて。準備は万端、今年は助手もいるしね」

「助手?」

「そう、横田君」

「ああ、横田さんか」

「そうそう、声掛けたら喜んで来てくれることになったんだ。一度一緒にやったら、はまっちゃったみたいでね」

「ああ、あの視覚障害の子供たちの読み聞かせ会ですね。横田さん頑張ってたな……」

「そう、あの時」

「それは、最適な助手ですね」


「それで……、フェスティバルが終わったら、隆三と東京湾でイカ釣り三昧だ。なっ」

「釣れたら、長谷川君にも分けてあげよう」

「いいですね。うちは父も祖父もイカ大好きです」

「それは、長谷川家の為にも、頑張らなきゃな、隆三」

「ふふ、そうだな」



 そうして、図書館フェスティバルの前日となった。この日の夕方、僕は責任者として、メインステージの設営やイベントの打ち合わせで座る余裕もない状態であった。

 そんな時、1本の電話が入った。

「長谷川さん、田中さんというご婦人からお電話です」

「田中さん?」

 僕は事務室へ戻って電話に出た。

「図書館の長谷川です」

「お世話になっております。田中修一の妻です」

「こちらこそ、お世話になっております」

「実は……、今朝うちの主人が亡くなりました」

「え……っ?」

「朝、起きて来ないのでおかしいなと思い、寝所に行きましたら、既に」

「ど、どのような原因で」

「急性心不全だという事でした」


 その瞬間、僕の頭の中は真っ白になり、後に続く言葉がすぐに出てこなかった。

「……それは、お悔やみ申し上げます」

「恐れ入ります。それで、生前主人は明日の図書館フェスティバルを非常に楽しみにしておりましたが、それも叶わず……、図書館さんにはご迷惑をかけることになりまして申し訳ございません」

「いえ、こちらも無理なお願いを受けて頂いておりましたので……」


 受話器を置くと、僕はしばらく放心したように事務室の窓から見える桜の木を眺めていた。

 ……そして、おもむろに携帯電話を取り出すと、間野さんに電話をかけた。

「長谷川君か……、聞いたかい?」

 間野さんは、僕から電話がある事を分かっていたかのように、落ち着いた口調だった。

「はい、今奥様から電話がありました」

「そうか。これからって時に……、で、図書館フェスティバルの方は大丈夫なのかい?」

「いえ、まだ何も」

「うん、おそらく修ちゃんも心残りだろうから、何とかしてやってくれないか」

「そうですね、頑張ってみます」

「うん、よろしく頼む。あ……っ、何か出来ることがあったら言ってくれ」

「はい、では」


 電話を切ると、僕は鳴滝町役場に向かった。この時、僕は地に足がついている気がしなかった。

 そして、役場の小会議室で待っていると、笑顔の横田さんが入ってきた。

「よお、長谷川君。フェスティバルの準備は万端かい?」

「ええ、準備の方は……」

「準備の方は?」

 そして、少しの沈黙が生まれた。僕は泣き出しそうになるのを必死に我慢していた。

 その間、横田さんは不思議そうに僕をじっと見ていた。

「……横田さん、田中さんが今朝お亡くなりになったそうです」

「え……っ」

 僕がそう告げると、横田さんは言葉を失った。


 そして、しばらくの後、言葉を発した時には横田さんの目は潤んでいた。

「冗談……って訳でもなさそうだね」

「はい」

「どうして?」

「急性心不全だそうです」

「昨日、一緒に紙芝居の練習した時は、いつもより元気なくらいだったのに」

「……それで紙芝居ですが、横田さんにやってもらえないかと」

「僕が代わりに? 助手するくらいしか考えてなかったから……」

 そして、少しの沈黙の後で横田さんがぽつりと言った。

「そうだよね、僕がやらなきゃダメだよね」

「……はい」

「分かったよ、なんとかこれから練習して間に合わせるよ」

「お願いします」



 そして、2016年の図書館フェスティバルが始まった。今年からライブネットが行うイベントも新たに増えたので、例年になく人手は多かった。僕も利用者の案内や、イベントの手伝いなどで、この間だけは田中さんが亡くなった寂しさも和らいでいた。


 そして最終日、この日はメインステージで、田中さんの代わりに、横田さんが紙芝居を行う事になった。

「長谷川さん」

「あ……っ、吉岡さん」

「田中さん、残念だったね」

「うん……」

「今日、仕事休んできちゃった。横田さん、しっかり出来るか心配でさ」

 吉岡さんも、無理をして明るく振舞っているようにみえた。

「横田さんには、無理を頼んじゃって悪かったね」

「良いのよ、これは横田さんしか出来ないことだから」


 そして、午後2時にメインステージで横田さんの紙芝居舞台が始まった。今日は、桃山保育園の園児たちも来ていて最前列で並んで座っていた。その後ろには、たくさんの子供とその親たちが座っていた。少し離れた場所に立っていた京子は、心配そうに僕を見つめていた。


 横田さんは、田中さんが着ていたおばけの衣装を被って登場した。

「あはは、あのおばけ足が見えてるよ」

 痩せて身長も低かった田中さんの衣装をそのまま着ていたので、真逆な体型をしている横田さんでは、かなり窮屈にみえた。子供たちの笑い声が聞こえてきた。それでも、横田さんは田中さんから教えられたように、紙芝居を読み始めた。

「……彼、頑張ってるね、きっと修ちゃんも喜んでるよ」

 いつの間にか、僕の隣に間野さんが立っていた。

「ええ、そうですね」


「そうして、お……、おばけのポーは、天高く……旅立ちました」

「なんか、あのおばけ、泣いてない?」

「ほんとだね」

 子供たちが口々に言っている。


 ……そして、横田さんの紙芝居は無事に終わった。

「ねえねえ、いつものおばけのおじちゃんどうしたの?」

 帰っていく桃山幼稚園の園児を見送ってる時、園児の一人が僕に尋ねてきた。

「ほらっ、健ちゃん。帰るよ」

 京子が気を使って、男の子に言った。

「うん、少し遠い場所に行って、そこで紙芝居を読んでるよ」

「そっか……。またいつか戻ってくるといいな、おばけのおじちゃん」

「そうだね」


 そして、僕はメインステージの脇で後片付けをしていた横田さんに声をかけた。

「お疲れさまでした」

「いやあ、何とか衣装も間に合わそうと思ったんだけどね、時間なかったよ。で、どうだった? 僕の紙芝居」

「良かったですよ。田中さんもきっと喜んでます」



 図書館フェスティバルの後片付けも終わり、僕と吉岡さんと横田さんは図書館の作業室にいた。

「……やっぱりそうだったのね」

「ん……? 何? 吉岡さん」

「ポーは、普通最後は雲の上の家に飛んでいくのに、今回最後、天高く旅立ちましたって言ったよね」

「ああ、そうだね」

「あれは田中さんの事を言ったのね」

「うん」

 この日、僕たちは「おばけのポーの冒険」の紙芝居を見ながら、田中さんが好きだったミルクティーを飲んで夜遅くまで話をした。




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