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図書館物語  作者: 浅見はる
第四章 おばけの紙芝居
23/30

23.見守ること

 図書館の周辺に立っている木々から、じいじいと蝉の鳴き声が響き渡る夏のある日、僕が図書館の玄関で案内用のサイン板を布で拭いていると、見慣れた青いジャージのズボンに白いティーシャツを着た中学生の男の子が「こんにちは!」と元気に挨拶をして、図書館に入ってきた。

「君、坂中のバスケ部だね」

 僕がそう尋ねると「はい」と言って、少年は笑顔で図書館へと入っていった。


「あの子、吉村君と言ってうちの近所に住んでるんですよ」

「あっ、そうですか」

 僕が、坂田中学校バスケットボール部の青いロゴの入ったティーシャツを、懐かしそうに見ていると、馬場さんが僕の後ろからそう言った。

 そして彼はこの日、バスケットボールの本を2冊借りて帰っていった。



 数日後、僕は図書館の見回り中に、玄関から入ってきた吉村君とばったりと会った。僕が「こんにちは」と挨拶をすると、彼は小声で挨拶を返して行ってしまった。

 僕はこの日、気になって彼の様子を見ていたが、彼がこの時読んでいたのはバスケットボールの本ではなく受験用の教材だった。

 そして、彼はこの日以来、毎日のように図書館の2階にある学習コーナーで机に向かって勉強をする様になった。


 ある日の夕方、帰りがけの馬場さんに吉村君の事が気になって尋ねてみると、意外な答えが返ってきた。

「噂で聞いたんですけどね。あの子、中学のバスケ部で色々あったみたいで……、部活に行ってないみたいなんです」

「そうなんですか、どうりで元気がないなと」


 別の日、昼間の熱気の残りが生暖かさを感じる夜道を、僕は自転車に乗って家に帰ってきた。

「ただいま」

「あ……っ、洋介。今さっき、佐野君から電話があったから携帯番号教えといたよ」

「佐野?」

「ほら、中学の時のバスケの時のキャプテンだよ」

「ああ……、豊か」

 自分の部屋に入り、ちょうど着替えを済ました頃電話が鳴った。

「おお、洋介。久しぶり」

「お前、東京の会社に就職して、羽振りがいいって噂聞いてるぞ」

「いや……、2年前に辞めたんだ。今は親父の電気屋手伝ってる」

「そうか、戻ってきてたのか」

「ああ、それで……、ちょっと聞きたい事があってさ。今日会えない?」

「ああ、いいよ」

「じゃあ、坂中前のモテギでいいか?」

「久しぶりだな。あそこまだオムライスやってるの?」

「うん、あるよ。今、オニオンスープがついて800円」

「じゃあ、それ食べに行くか」

「おっ、いいね」

「じゃあ、今から行くわ」

「おっけー」


 ――喫茶モテギ、坂田中学校の近くにあるこの店は、昔から老夫婦が二人でやっていて、あまり綺麗とは言えない店内であるが、スパゲッティやピラフなどの軽食が美味しくて、中学の部活帰りに学校に内緒でよく食べに行った場所だ。特にオムライスがお薦めで、地元のロケ番組で、お笑い芸人が食べに来て一時期有名になったくらいであった。


 僕は、家を出てから10分程で店に着くと、もう佐野は来ていた。

「おっ、わりいな。洋介」

「いや、いいよ。ちょうど家に帰ってきて夕飯食べるとこだった」

「お前のかあちゃんに悪い事したな」

「カレーライスだから、明日も出てくるだろ」

 僕が笑いながらそう言うと、佐野は加熱式たばこに火をつけながら笑った。

「もうオムライス二人分頼んどいたよ」

「お前は相変わらず気が利くな」

「――だから補欠でも、キャプテンやらされてたんだよ、中学ん時」

 そう言って彼は自虐気味に笑った。


「そういや、吉宗から聞いたぞ。お前、間野京子と付き合ってんだって?」

「あいつ……、そこら中に言いふらしてんな」

「あはは。でもずっと噂になってたよな、お前ら。吉宗と会った時も、今更感あるよなって話してたわ」

「まあ、俺がだらしなかったんだよ」

「確かに」

「おい!」

「あはは」


「はい、オムライス、――あっ、長谷川君、久しぶりじゃない」

 食事を運んで来た茂木のお婆さんが、驚いて声を上げた。

「おばさん、お久しぶりです」

「図書館に勤めてんだってね」

「ええ」

「私は文弱だから行ってないけど、おじいさんは釣りの雑誌読みに良く行ってるのよ」

 そう言うと、店のキッチンから茂木のお爺ちゃんがひょこっと顔を出してニコッと笑った。僕は「良くおみかけしますよ」と言って微笑んだ。


 そして薄焼き卵に真っ赤なケチャップの付いたオムライスを食べ終わると、食後のコーヒーを飲みながら佐野は声を落して話した。

「それでさ、今日呼んだのは、坂中のバスケ部の男子が、最近図書館によく行ってるらしいんだけど」

「吉村君だっけ」

「おお、良く知ってるな。ひょっとして、図書館でなにか問題起こしたとか」

「いや、たまたま彼の近所の人が図書館にいるんだよ」

「ああ、そういうことか。それなら話は早いわ。そ、それでさ、去年くらいから夕方暇だから俺、坂中のバスケ部で手伝いしてるんだよ」

「へえ……」

「吉村ってさ、今年のバスケ部のキャプテンだったんだ」

「だった?」

「ああ、バスケ部辞めたんだよ」

「なんでまた……」

「うん、部活のみんなで無視するってやつよ」

 佐野は、声をひそめて周りを窺いながら話した。

「……いじめか」

 僕も佐野に合わせて声をひそめた。

「うん、……まあそういう事になるな」

「顧問の先生も、お互いの言い分を聞きながら対処しようとしてたんだけどさ、吉村の方から辞めちゃったんだ、部活」

「そうか」

「キャプテンって事で、気負い過ぎた部分もあるんだろうけど、メンバーの中にも問題児がいてさ。クラスでも、いじめでちょくちょく問題起こしてるようなやつなんだ」

「なるほどな、そういう子がいるとキャプテンも大変だな」 

「うん。……それでさ、彼が辞めて試合勝てなくなって、残ったメンバーも反省して戻ってくるように言ってるんだけど、なかなかね……」

「勝手な話だな。でもまだ子供だしそのへんは難しいとこかな」

「うん。それで図書館での様子はどう?」

「一生懸命勉強してるよ」

「そうか」

「もう中学最後の大会前だし、なんとかバスケ部に戻ってこないかなと思って。学校生活もまた楽しくなると思うしさ」

「うん……」

「なんとかタイミング見て話しかけてみてよ。俺らみたいな関係者よりいいと思うんだよな」


 佐野の話を聞いてから、僕はしばらく考えていた。その間、佐野は黙って加熱式たばこを吸っていた。

「……悪いな、佐野。やっぱ、それは出来ないわ」

「え……っ」

「吉村君にとって、バスケ部に戻ることが良いとは言い切れない気がするからさ」

「あっ、う、……うん」

 佐野はその瞬間、僕の言いたい事を理解したようだった。


「今は、勉強で見返してやるぞってやる気になってんなら、それも良いかなって思うんだ。今どうこうより、彼の将来にとってもね」

「……」

「バスケが好きなら、高校に入ってからでも出来るし」

「うん、まあな」

 佐野は納得してくれた様子だった。

「ちょっと様子を見てみるわ。まだ未練がありそうだったら聞いてみるよ。かわいい後輩だしね」

「そうだな、頼むわ」


 それから、吉村君は夏休み中ずっと図書館に来て勉強をしていた。僕はなるべく彼が来そうな時間になると、図書館の玄関口に立っていて意識的に彼に挨拶をするようにしていた。そうするうちに、彼も次第に挨拶を返してくれるようになっていた。



 結局、僕は佐野から頼まれたような話を彼にすることもなく、彼の中学生活は終わりを迎え、馬場さんから聞いた話だと、彼は埼玉県内でも有数の進学校に合格したという事であった。

 そして、ある日突然、彼は僕の所に図書館ではお世話になったとお礼を言いに来た。後で聞いた話だと、馬場さんから母親伝えに僕の事を聞いていたらしい。


 そうして、彼は高校ではバスケットボール部に入り、高校卒業時には、今度はしっかり3年間頑張れたと僕に報告をしにきてくれた。

 この時、僕は彼を食事に誘い、喫茶モテギでオムライスをお祝いにご馳走した。



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