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図書館物語  作者: 浅見はる
第四章 おばけの紙芝居
22/30

22.恩返し

 鳴滝町立図書館の委託業務が始まってから4か月が過ぎた。ライブネットが設置したカウンターの横に置かれた意見箱にも、初めの頃はスタッフの対応が悪くなったとか冷たいといった否定的な意見が入っていたが、最近ではほとんど無くなっていた。


 今月に入り、町議会の準備もあって加藤館長は役場での会議が頻繁にある為、生涯学習部にいる事の方が多くなっていた。その為、図書館での実務はほとんど僕に任されていたが、特に大きな問題も無く日々が過ぎていた。

 ……そして、僕自身の昼食問題は、この頃になると休憩室でライブネットのスタッフと一緒に食べてもお互いに違和感を感じなくなり、楽しい食事になっていた。さらに、今月から田中さんの紙芝居が月2回図書館で定期的に行われることになったので、当たり前のように休憩室で弁当を食べている彼の姿を見かけるようになった。


 今日も昼の宅配弁当を食べながら、ライブネットの園部君と話をしていた。彼は、僕の一つ歳下だが、早くから結婚して既に2児の父親だ。彼の趣味は各地の図書館を見る事で、休みの日には車で子供を連れていくらしい。5月から産休に入った島津さんの後任となり、東京の墨田区から1時間以上かけて通勤している。電車は行きも帰りも通勤ラッシュとは逆方向なので座れるからと、満足している様子だった。


「……そういえばこないだ薦めてくれた、さいたま市立中央図書館に行ってきたよ」

「そうですか。浦和駅からすぐでしょ」

「うん、目の前だね。でも、あそこのパルコは知ってたけど8階にあるのは知らなかったな」

「図書館に入ってすぐの場所にある、自動で返却するカウンター見ました?」

「うん、すごいね。本の返却も自動だし、その後の機械で分類の区分けもしちゃうんだね。子供が、楽しそうに本を自分で入れてから見てたよ」

「あれのお陰で、面倒な返却処理と分類作業をカウンターでやる仕事が減って他の業務が出来ますから、ほんと便利ですよ」


 先月、議員の先生たちの図書館の視察先を調べている時に、責任者の近藤さんから紹介されて話すようになり、彼の住んでいる墨田区に新しく出来たひきふね図書館に、彼の案内で見に行ってから親しくなった。そして、それから僕も各地の図書館を見て回るようになった。


 昼食の休憩後、図書館内を歩いていると、周辺の学校が今日から夏休みに入ったので、随分と賑やかだった。ライブネットが色々と夏休み用の子供のイベントを考えてくれて、この辺は民間企業のノウハウの重要さを感じた。


 すると、カウンターの前で、来館者の女性とスタッフが話をしていた。僕がカウンターの横を通り過ぎようとすると、二人の会話の声が耳に入った。

「……うちの娘が夏休みの課題で、全国各地の花の事を調べたくて、花に関する本を探してるのですが、まとめて出してもらう事はできますか?」

「大丈夫ですよ、ただ、少しお時間いただけますか?」

 見ると、女性の後ろには大人しそうな女の子が、女性に隠れるように立っている。

「あっ、神田さん。僕が対応しますよ」

 僕が女性スタッフに声をかけると、彼女はお礼を言ってその場を離れた。


「あっ、家田さんの……」

 僕が声をかけようとすると、見覚えのある女性だった。

「ああ、その節はありがとうございました」

 そう言って彼女は頭を下げた。彼女は、家田さんの葬式の時に会った家田さんの娘だった。

「そうですか、家田さんのお孫さんでしたか」

 僕が、優しく微笑みながら見ると、女の子は恥ずかしそうに俯いている。

「ええ、この子もお爺ちゃんに似て本が好きなので」

「ああ、それは良かった」

 僕は、家田さんの孫が本好きだと聞いてとても嬉しく感じた。そして、どことなくこの女の子の面影は、家田さんに似ている気がした。


「じゃあ、僕について来てください」

「すいません、お忙しいのに」

「いえ、大丈夫ですよ」

 僕は、階段を下りて二人をミーティング室へと案内した。

「お名前は?」

 部屋に入って、僕が尋ねると「……成美です」と、恥ずかしそうに答えた。

「成美ちゃんか、よろしくね。じゃあ、本を探してきますので少しお待ちください」

 そして、僕は閉架書庫へ向かおうとした時にふと思いついた。

「そうだ、成美ちゃん。大きな書架が動く場所見たくない? 昔、お爺ちゃんが毎日居た場所なんだよ」

 僕がそう言うと、成美は興味を持ったように頷いた。

「よし、行ってみよう。お母さんもどうぞ。昔、家田さんが大切にしていた場所です」


 そして、僕たちは部屋から出ると、奥に進んだ先にある閉架書庫へと入っていった。

「ここには、貴重な本や、あまり読まれない本が置いてある場所なんだよ。少し暗いけど怖くない?」

「……うん」

 そして、子供時代の僕に家田さんがしてくれたように、大きな書架がたくさん密集して並んでいる場所の書架の一つの前に立ち、前面についている丸いボタンを押すと、その書架と隣の書架が左と右に動き出して、真ん中に通路が出来た。そして、その通路の奥にある壁の上部の小さな窓から洩れる光りが、通路を照らしていた。以前と比べると、年季の入った電動式の書架は動きも少しぎこちなく、モーターの音も大きくなった。


「昔、僕も成美ちゃんくらいの時に、ここに家田さんに連れてきてもらって見せてもらったんです」

「ああ、そうだったんですね」

「どう? 成美ちゃん」

「うん、……かっこいい」

 成美は、この日初めて僕に笑顔を見せてくれた。

「図書館にはね、表に出ている本以外でもこんなにたくさんの本があるんだよ。成美ちゃんのお爺ちゃんは、この図書館が出来た時からずっと、ここの本を守ってきたんだよ」

「お爺ちゃん、すごい」

 成美はうれしそうにそう言った。

「じゃあ、ちょっと待っててね」

 僕はそう言って、書架にある花に関する本を数冊探し出すと、ブックトラックに載せてミーティング室へと戻った。

「この本を2階の閲覧室に持っていきますので、そこで読んで下さい。もし良いのがあったら、貸出も夏休み期間中なら8冊まで出来ます」

「何から何まですいません」

「いえ、僕も家田さんに同じことをしてもらいました。だから、今日はとてもうれしいです。こんな形で、家田さんに少しでも恩返しできるなら」

「ありがとうございます」

「それに、今日来てもらったのになんか運命を感じるんです」

「どうしてですか?」

「もうあと数年で、この図書館は無くなって新しい図書館になるんです」

「そうなんですか……。それは、残念ですね」

「ええ、でも今日こうしてお孫さんに、家田さんが大事にしてきた図書館を見てもらえて良かったです」

「ええ、成美も喜んでます。ねっ」

 母親がそう言って彼女を見ると、成美は微笑んで頷いた。


 閲覧室で楽しそうに花の本を読む成美を見ながら、小学生の頃、家田さんに出会って夏休みの課題をしていた自分の事を思い出していた。そして、僕はこの事を家田さんに報告しにお墓に行こうと思った。




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