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図書館物語  作者: 浅見はる
第三章 春の風
19/30

19.別れの時

 3月22日、今日は鳴滝町役場の人事異動の内示が出る日だった。午後から役場に行っている吉田館長が戻ったら、職員全員の個人面談をすることになっていた。去年まで、この時期といっても特に意識する事は無かったが、今年は僕も落ち着かない気持ちになっていた。


 ただ、物品の購入や年間で結んでいる保守契約等の事務処理など、3月末日の年度末で終わらせなければいけない仕事が山積みになっていた。そして、決まった受託会社の関係者も4月1日からスムーズに業務に入れるように、仕事のやり方の説明や引き継ぎ等で人の出入りも激しくなっている。


「――あっ、長谷川さん」

 僕が、図書館内の案内サインの入れ替えを発注している業者との打ち合わせを終えて事務室に戻ってくると、受託会社のライブネットの営業担当の住田さんに声をかけられた。40代くらいでとてもハキハキした話し方の、いかにも営業といった感じの女性だ。

「今よろしいですか?」

「ええ、どうしました?」

「4月からの、この図書館の責任者を連れてきましたのでご挨拶を……」

「あっ、はい。ただ、私も4月からいるか分かりませんけどね」

「あはは、そんな訳は」


 住田さんは僕が冗談を言っていると思っているようだったが、あり得ない話ではなかった。そして住田さんの隣には、彼女と同じくらいの年齢の眼鏡をかけて真面目そうな長身の男性が立っていた。

「すいません、近藤と申します」

 名刺を見ると『株式会社ライブネット 鳴滝町立図書館業務責任者 近藤悟』となっていた。まだ先週業者も決まったばかりなのに、やはり民間企業はやる事早いな、と僕は変に感心をした。


 そして、夕方になると吉田館長が戻ってきて面談が始まった。僕が横田さんの次にミーティング室に入ると、扉を閉めていつものように椅子に座った。

「一応、君には全体的な事を細かく話すからね」

 吉田館長のその言葉を聞いた瞬間、僕は少しほっとした。

「あ……っ、はい」

「まず第一に、今いる職員で図書館に残るのは君だけだ」

「え……っ、吉岡さんは?」

「僕も、吉岡さんは何とかしてあげたかったから、交渉したんだけどね」

 吉田館長は、静かに首を左右に振って残念そうに言った。

「……そうですか」


 そして吉田館長は事務室にある水場でポットのお湯を急須に注いで、湯呑2個とお湯の入った急須をお盆に載せて戻ってきた。そして、湯呑にお茶を注ぐと、僕の分を勧めながら自分の分を一口飲んだ。

「それで、新館長だが、生涯学習部の加藤君が来る」

「そうですか」

 僕もなんとなくそれは予想出来ていた事だった。

「君にとっては、厳しい上司になるだろうけどね。それで、私が間野部長の後任になる事になった」

「あっ、ご昇任おめでとうございます」

 僕がそう言うと、吉田館長は苦笑いしながら右手を左右に振った。

「まぁ、私も後1年だからね。何か出来る訳じゃないけど、君と加藤君の事はしっかり見るから」

「……はい、お願いします」

 僕の様子を見て、吉田館長は静かに頷いた。


「それでね、4月には新図書館の準備室が立ち上がるから加藤君は準備室長を兼務する予定だ」

「はい」

「だから、君も色々思う所はあるだろが、彼とはうまくやって欲しい」

 この時、吉田館長の僕を見る目が少し厳しくなった気がした。それはまるで、僕にも覚悟を求めるような視線だった。

 そして、吉田館長との面談が終わると、この日早番の僕はそのまま帰宅した。今日休んでいる吉岡さんの面談は明日行われる予定だった。



 3月も最終週に入っていた。毎年この年度末の最終週というのは、特に忙しいが、今年は人事異動でほとんどの人が変わってしまうので、引き継ぎも含めて大変な忙しさになっていた。

 パートの中では馬場さんや浅田さん等数名は、待遇が悪くなったと言いながらも委託会社との間でパート契約を更新する事が決まっていた。


 ……そして、僕は昨日の晩、吉岡さんと二人で食事に行き、彼女から話を聞いていた。

「私、辞めることにしたの。鳴滝町の職員」

「え……っ」

「長谷川さんも言ってたでしょ。私も図書館司書をやりたくて職員になってるから」

「ごめん……」

「――なんで長谷川さんが謝るの? しょうがないよ」

「それで、どうするの?」

「うん。司書の友達が勤めている、図書館の委託もやってる大手の書籍の販売会社に入れてもらえそうだから、そこへ行く事にした」

「そっか」

「ひょっとしたら、ここの図書館に業者で戻ってくるかも知れないから、その時は追い出さないでね。私がやったみたいに」

 そう言って吉岡さんは笑った。


「後、これはまあ……どうでもいい事かもしれないけど、私横田さんと今年から付き合ってるの。彼は職員で残るからよろしくね」

「えっ、ええ!」

「そっちの話の方が、びっくりしてるじゃん。長谷川さん」

 吉岡さんは、そう言って笑った。



 そして3月31日、この日は送別会を図書館近くの『丸ちゃん食堂』の2階を貸切にして行っていた。僕以外の職員全員と半数のパートとの別れであった。

「……と言う訳で私も、14年間も図書館にいましたが」

 先ほどから、田中副館長がすすり泣きしながら別れの挨拶をしていた。

「田中副館長、そろそろ……、お別れの挨拶も後ろが詰まってますので」

 吉田館長が困った顔で言うのを、みんな微笑みながら見ていた。

「そうかそうか。すいません、そう言う訳でみなさん有難うございました」


 そして、吉岡さんが立ち上がって話し始めた。

「これから、長谷川さんが将来私の子供を連れてきた時に、自慢できるような立派な図書館を作ってくれればいいなって思っておりますので、ぜひ頑張ってください」

 彼女が微笑みながらそう言った時、僕の目は潤んでいた。そしてこの時、隣に座っていた田中副館長が、優しく僕の肩に手を置いて、静かな口調で「頑張れよ」と励ましてくれた。


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