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図書館物語  作者: 浅見はる
第三章 春の風
18/30

18.父親

 間野部長と居酒屋で話をした翌日の晩、僕は京子と以前から約束していた国道4号線沿いにある『寿司・割烹忠吉』で食事をしていた。

「へえ……、父さんそんなこと言ってたんだ」

「うん。京子のお母さんが、それとなく言ってくれてたからだなって思ったよ」

「そうね、でもその話だと、それとなくになってないよね」

 京子はそう言うと笑った。

「それでさ、間野部長にそう言われちゃうと、やっぱり早めに挨拶に行かなきゃって思ってさ」

「私としては嬉しいけど、……大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。それで、その時……」

 僕はこの時、持っていた箸を箸置きに置いて、京子を真っ直ぐに見つめた。

「その時、何?」

「結婚を前提に付き合っていますって、言ってもいいかな?」

 僕がそう言うと、彼女は少し間を置いてから笑顔になって言った。

「いいよ。ありがとう」


 しかし、2月に入ると横田さんが突然腰の病気で入院してしまい、長期療養が必要になってしまった。その為、僕の土日の勤務が増え、間野部長との時間が合わなくなってしまい、結局3月になってから京子の家に行く事になった。



 この日、僕はセミフォーマルな服装を余り持っていなかったので、入庁式以来のスーツを着て行くことにした。

 僕が、緊張しながらインターホンを鳴らすと、しばらくして玄関の扉が開いて京子が出てきた。彼女の後ろに立っていた母親は、満面の笑みで僕を迎えてくれた。

「いらっしゃい、長谷川さん」

「初めまして、今日はよろしくお願いします」

「京子に連れていってもらって、こっそり図書館でもう会ってるのよ」

「――ちょっと。お母さん」

 京子は、慌てた様子で母親に言った。

「そうでしたか」

「お父さん、今畑に行ってるの。もう帰ってくると思うけど、ごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です。僕も少し早く来ちゃったので」


 リビングに入ると、僕は手土産の菓子箱を母親に手渡した。

「草加煎餅お父さん大好きなのよ。ありがとう」

 そう言って、母親は台所へと入っていった。

 そして、僕と京子が二人用のレザーのソファーに並んで座ると、母親がお盆にさっきの草加煎餅とお茶を持ってきて、リビングの中央のテーブルに置いた。


 そうして、しばらく3人で話をしていると、玄関の扉が開く音がした。その瞬間からみんな無言になった。

「ごめん、ごめん。待たせたね」

 間野部長は、いつもの役場で話す様子ではなく、気さくな感じで入ってきた。

「それで横田君は大丈夫なの?」

「ヘルニアが悪化しちゃったみたいで……。軽い手術すれば二日くらいで終わるって言ってたんですけど、結局切開することになって3週間かかりました」

 テーブルの上に置かれたお茶の入ったコップを取ると、間野部長は一口飲んだ。

「そうか、それは大変だったね。それにしても京子と中学、高校と一緒だったとはね。知らなかったわ」

「クラスは違ったんですけど、図書委員で一緒でした」

「そうか、そうか」

「それで、間野部長……」

 ……どう呼ぶのか昨日も京子と話したが、お義父さんもまだ早い気がしたし、間野さんも慣れてないから、いつものように言う事にした。

「京子さんとは、結婚を前提にこれからもお付き合いを続けさせてもらえればと思ってます」

「うん、もう京子も20代後半だし、こちらからもよろしくお願いします」

 間野部長はそう言って頭を下げると、京子と母親も安心した様子で目を合わせた。


 そして、儀式的な挨拶が終わり、くつろいだ雰囲気で僕は間野部長と話をした。

「……退職後は、いろいろとありがたい誘い話もあったんだけどね。俺だけ良い思いしたら、修ちゃんに何言われるか分かったもんじゃないからね」

「いや……それは、多分」

「冗談、冗談」

 そう言って間野部長は笑った。

「うちの実家が農家だから、畑もそのままにしとけないしね。まあ、両親の介護をしながら農家をやろうと、元々決めてたんだ」

「そうだったんですね」

「なんとか、修ちゃんにも、大村公民館に席が出来そうだしね。これで怒られずに済みそうだわ」

「それは良かったです」

 この時、僕は心からほっとした気持ちになった。

「――あっ、今の話はもう少し内緒にしといてね」

「はい、分かりました」

「後は……、今はまだ話せないけど、色々と君に話しときたいことがあるから、今度ゆっくり話そう。もう義理の息子になるんだしね」

「――お父さん、まだそこまで話進んでないわよ」

 お母さんは、そう言って間野部長の背中を軽く叩いた。

「あはは、そうか」

 隣で京子も、困った顔で僕を見たので笑顔で頷いた。

「吉田さんが言ってたよ。あの人も娘いるからさ。長谷川君なら安心だから羨ましいって」

「いえ……」

 僕が恥ずかしそうにしているのを、京子も微笑ましく見ている。

 そして、この日は昼食をご馳走になって帰宅した。



 3月に入ると、一気に来年度に向けた動きも活発になってきた。入札で4月から図書館の業務委託をする会社もライブネットに決まり、準備の為の調査や打ち合わせが頻繁になり、人の出入りも多くなってきた。間野部長が居酒屋で話していた通り、パートの人たちも条件さえ合えば受託会社との間で再雇用してもらえることになった。


 そんな3月のある日の休憩時間、休憩室で吉田館長を除く職員全員で昼食を食べていた。

「まぁ、大村公民館で紙芝居は続けていけそうだしね。あ……っ、もちろん図書館にも呼ばれたら来るよ。有料だけどね」

 そう言って、田中副館長も普段通りの様子で弁当を食べていた。

「有料なら遠慮します」

「そんな、冷たい事を老人に言うもんじゃないよ」

 横田さんの発言に、田中副館長が困った顔をしたのでみんな笑っていた。

「……ところで、もう僕には関係ないけど、役場の人事もそろそろだね」

「そうですね、明後日くらいですかね。例年だと」

「うん、そうだね。そんなもんだね。さてどうなる事やら」

 田中副館長は、そう言って首を小さく左右に振った。


 昨年行われた、生涯学習部での間野部長とのヒヤリングの内容からも、図書館で大きな人の動きがある事は確実だった。そして、それはうすうすみんなも気づいている事である。しかし、詳しいことは今この図書館では僕と吉田館長しか知らない事だ。


 田中副館長を除く図書館職員4名の内、一体何人この図書館に残れるのだろうか。そして、僕がその職員として残れる保証も無い。図書館司書に憧れて鳴滝町の職員になった僕は、不安な気持ちを抱えたまま、この時を過ごしていた。


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