10.新しい図書館
暑さも落ち着き、涼しくなり始めた10月になると、図書館では今まで後回しになっていた事を考え始める時期になる。
今日は、毎週火曜日に行われる朝のミーティングの中で、前に問題になった雑誌の盗難が話題になっていた。
「……それで、盗難防止のゲートの予算計上をしていて、来年度には買ってもらえそうなんだけど……」
先ほどから、吉田館長が職員の前で現状の説明をしていた。
「でも、来年は図書館システムの更新もあるから、そんなにお金つきますかね」
横田さんが心配そうな顔つきで言った。
「うん、それもそうなんだけど、実はそれとは別の問題が出てきてさ」
吉田館長は、そう言うと少し身を乗り出して小声になった。
「去年から町長になった三船町長が、選挙の時に生涯学習環境の整備を公約にしたから、その目玉に図書館を新しく作りたいって言っているみたいなのよ。でも、まだ内緒だから他に言っちゃだめだよ」
「へえ……」
それを聞いた瞬間、吉岡さんの目が輝いた。
「だから間野部長も、今買っても無駄になるかもしれないから、やめとこうかって言い出してさ」
「でも、新しく出来る公共図書館って大体どこも計画してから4、5年はかかってますよ」
僕がそう言うと、吉田館長は頷いた。
「そうなんだよね、だから買っても無駄にはならないと思うけど」
「今、買っちゃいたいですね。せっかく予算ついてるのに」
吉岡さんが、そう言って残念そうな顔をした。
「それで、これから新しい図書館計画を立てるのに、町長や議員さんたちが視察出来るような図書館の情報を集めといてくれっていうのが、今回内々で依頼されている事なんだ」
「そういう事ですか」
「それで長谷川君と吉岡さん。今月末くらいまでに視察先候補をリスト化しといてくれるかな」
ミーティングが終わり、昼の休憩時間の時に吉岡さんと話をした。
「でも、どうやって調べればいいんだろうね、視察する図書館なんて」
「来週の司書会で、みんなと会うからその時聞いてみるつもりだけどね。大崎町が去年新しい図書館になってるから、きっと南さんとか調べてただろうしね」
「そっか、そうだね」
吉岡さんは、そう言うと図書館向けの情報誌である『図書館雑誌』を手に取った。
「あ……っ、それにも新しい図書館の情報載ってたね」
「うん、そう。これ見てネットで調べるのもいいね」
それから数日後……、今日は6か月に1度、この地域の図書館司書が集まって情報交換をする日になっていた。その為、僕と吉岡さんは車で新しく出来た大崎町の図書館に向かっている。通常、この情報交換会は持ち回りだが、今回は見学を兼ねて大崎町立図書館で行う事になっていた。
「大崎町も、今はほとんどの図書館スタッフは、民間の受託会社の人なんだよね」
助手席に座っていた吉岡さんが、自分のスマートフォンで大崎町立図書館の情報を見ながら話した。
「うん。でも……、どうなんだろうね、公共図書館って『無料の原則』っていうのがあるから、民間企業の利益の追求っていう考え方に、そぐわない気がするけどね」
僕がそう言うと、吉岡さんも頷いていた。
車で30分ほど運転すると、大崎町の大崎高野駅のすぐ隣にある大崎町立図書館に到着した。この図書館は、5年前に大崎高野駅前の再開発の目玉として計画され、今年出来たばかりの図書館である。
「うぁー、綺麗だね」
吉岡さんは急いで車を降りると、図書館の正面に立って感動していた。大崎町立図書館は、2階建ての真っ白な建物でガラスが多く使われた開放的な図書館だ。大崎高野駅とは繋がっており、2階の渡り廊下を歩いてそのまま図書館へ入る事が出来る。
僕と吉岡さんは、建物の裏手に回って従業員専用の扉の横にあるインターホンを押すと、中から南さんが出てきた。
「やあ、久しぶり」
小太りで人懐っこい顔をした南さんが、左手で扉を開けながら、右手を上げた。
「南さん開館準備が忙しくて、ここ2回くらい司書会も来てなかったですね」
「そうそう、1年振りだよね」
「少しお太りになられました? 南さん」
吉岡さんがおどけた様子で言うと「ストレス太りです」と苦笑いをしながら南さんが返した。
そうして、僕たち二人は事務室の隣にある会議室に鞄をおいて、図書館の館内を南さんと見て回った。
「お金かかってるなぁ。家具も全部木製じゃないですか」
「うん、駅前開発の一環だったからさ、かなり予算が付いたんだ。まあ、複合施設だから良かったけど、図書館単独なら無理だったね」
「なるほど、でも見慣れない家具もいっぱいありますね。独立した予約コーナーなんかもあるし」
「書籍の管理をバーコードからICタグに変えたからね。いろいろ出来る事が増えたよ」
「あ……っ、そうだった。ICタグを導入したんですよね」
吉岡さんが、思い出したように言った。
「うん。思ってたより大変だったよ。タグを貼ったりシステムに登録したり……、まあほとんど業者さんがやってくれたけどね」
「――そう言えば、南さん」
僕は、南さんに近づいて小声で話した。
「ん? はい」
「どうやらうちも新しい図書館に向けて動き出すみたいなんですよ」
「へえ……、いよいよこの地域最古の図書館も新しくなりますか」
南さんは、やや大げさに驚いた。
「しっ、まだ内緒なので」
「あーごめんなさい」
南さんはそう言って、太った体を小さくした。
「それで視察先を調べとけって、上から言われまして……」
「そういう事ですね、リストありますよ。うちも何回も行ったからお偉いさんたち。今度データをメールしときます」
「すいません、ありがとうございます」
僕は南さんにお礼を言うと、内心、今日の用件は終わったな、と一息ついた。
そして、会議室へ戻ると、既に周辺地域の図書館司書が来ていて情報交換を行った。今回は大崎町の図書館という事で、ICタグと民間委託の話が中心となった。
そして情報交換会が終わると、数人は本来の目的でもある、駅前にある酒処に出かけていった。
僕と吉岡さんは車で来ていたので、南さんに帰りの挨拶をした。
「多分、来年は私いないと思うので、これが最後になるかもしれません」
「え……っ、どうしてですか?」
吉岡さんが驚いて訊いた。
「来年から、指定管理者制度を本格的に導入するみたいなんだ。もう図書館には、行政職員は必要ないって事になるね」
そう言うと、南さんは寂しそうな顔をした。
「それで、南さんは?」
「多分、役場のどっかの部署に行く事になるだろうね。もう司書資格は必要なくなるね」
「ひどい話ですね。民間の会社に図書館の管理と運営全て委託しちゃったら、質の良い無料サービスなんて出来っこないですよね」
吉岡さんは憤慨した様子で話した。
「まあ、良い事もあるだろうからね、サービス面でも。もうそういう時代だよ。まだこの辺は田舎だから遅いほうだ」
南さんは、諦めた様子でそう言った。
「そうかもしれませんね」
僕も頷いた。
そして、帰りの車の中でも吉岡さんの怒りは収まらなかった。
「鳴滝町で、この話題になったら絶対に阻止してやるんだから」
彼女はそう言うと、車の助手席で鼻息を荒くしていた。




