飲み屋にて
ヴァルムヒト魔導帝国。ルームネス地区、四番街。
大衆居酒屋「ビリガーシュナプス」安酒という名を冠している。
今時珍しい手動のドアを開けると、がやがやと騒がしい喋り声とグラスの音が響いていた。
「今日もまたヴァルムヒト魔導帝国の勝戦だ! ヴァルムヒト魔導帝国に乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
誰かが取り仕切り、乾杯の合図をすると周りもそれに呼応しグラスを打ち合わせる。
ちっちゃな戦で勝利を上げて、毎回毎回近所の店で安酒を浴びるように摂取する。
何も知らない人間が迷い込んだら、ろくでなしの巣窟のように映るかもしれない。
まあ、なんせこんなにの浴びるほど酒を、アルコールを摂取しているのだ。どうかしていると思うのも道理だ。
だが、実際のところはそうではない。
みんな怖いのだ。明日は我が身。今日は助かったが、明日は? 明後日は? この戦争はいつ終わるのか? そんな漠然とした不安に悩まされ続けているのだ。
だからこそ、その不安を酒で消し飛ばしたい。見て見ぬふりをしたい。
そうやって酒を脳内に入れ続ける。なんとも情けない話だが、仕方のないことだ。
みんなアルコールで明日の不安を忘れたいのだ。
忘れたいというのなら……そう。例えば隣の会話なんて、まさにそうでないだろうか。まあ、忘れるというよりかは逸らす。という方が正しいのかもしれないが。
「なあ。今日の殺戮兵器みたか?」
「ああ。やばかったな。正直、気持ち悪くて吐き気がしたわ」
「だよな。よくあんな事を平気でできるわ。逆に尊敬まである」
「よくあんなことしておいてのうのうと人前に立てるよな。あの神経がどうかしてんだよ」
「ほんとにな。人殺しのくせして俺等とおんなじ顔しやがって。腹立つわ」
「それな。なんであんな化物とおんなじ特徴を兼ね備えてなくちゃいけねえんだよ」
「あー。あいつらみんな死にゃあいいのにな」
「まじでな。あいつらがいるから、今も戦争が続いてんだよ。さっさと自害してくれたほうが国のためだわ」
「首吊って自害しろ!」
「あっはっは! 言えてるなあ! それ!」
「自害だぁぁ! 自害しろ! 死ねぇぇ!」
ギャハハハと笑っている。こいつらは人型殺戮兵器に責任を押し付けたいだけなのだ。自分たちがこうやって戦っているのも、ひいては戦争が起こっている原因も。
自分の中のわだかまりすべてを人型殺戮兵器の所為にしているのだ。
なんとも醜い話だが。戦場では当たり前の光景だ。
擦り付け、ぶつけ合い、文句を吐き続ける。そうやって自分の精神を保とうとしているのだ。
なんとも汚いことこうえない。
それが人なのだから仕方ないと割り切って考えるしかないのだ。
だがまあ、本人の前で言うのもどうかと思うが。
ほら、みてみろ。あの白髪の人型殺戮兵器、今にも泣きそうな顔をしているぞ。
いやまあ、酔いでまわりが見えていないのだろうとは思うが。
……さすがに見てられないな。
俺は白髪の少女に話しかけることにした。
悲しさからか肩を震わせている。……というか、なぜここに来た。
「大丈夫か。いくらなんでも気分が悪いだろ」
声を掛けるも、軽くスルーされる。
なぜだ? なにか悪いことでもしたのだろうか。
喧騒で声が通っていないだけの可能性も捨てられないため、もう一度声を掛ける。
「大丈夫か? 気分悪くないか?」
俺がもう一度声を掛けると少女は反応を示した。
「それ、私に向かっていってるんですか?」
そんな素っ頓狂なことを少女は聞いてくる。
「なにをいってるんだ。お前じゃなけりゃ、俺は壁に向かって話しかける異常者じゃないか」
なにせ、彼女にいる場所は壁の際も際そのさらに角なのだ。
彼女に話しかけていないのだとしたら、壁に向かって話しかけているか幽霊に話かているような頭のおかしいやつだ。
「初め、無視しちゃってごめんなさい。私に言われていると思わなかったんです」
「じゃあ、わかってて俺はスルーされたのか?」
「はい。すみません」
「まあ、別にいいけどな。それにしてもなんで?」
「私、こういう場で話しかけられたことないんです」
「まあ、人型殺戮兵器だからな」
「ほかの魔術師と私は何が違うのでしょうか」
「殺戮兵器であるかだな」
「……殺戮兵器」
呆然とするように彼女は呟く。あるいは噛みしめるように。
「俺達はお前らのことを人型殺戮兵器と書いてウィザードと呼んでいる。普通のウィザードは魔術師と書く。その差だ」
「私は殺戮兵器なんでしょうか」
「そうじゃないか? 上の命令に従って人を殺す」
「魔術師との差はなんでしょうか」
「数じゃないか? 後は被害」
「そんな理由で私は兵器になるんですか」
「なるんだ」
「私だって、他の魔術師と変わらないのに」
「周りがそう思わないんだ」
「……ひどいです」
「でも事実だ」
「どうしてそんなことを言われないとならないんですか」
「人が悪を望むからだ。共通の敵がいることで、人は結託できる。そのための贄だ。人が開くと謗るための道具だ」
「そんなことがゆるされていいんですか」
「許される許されないじゃない。そうなるんだ」
善とか悪とか偽善とか。本質的な話は誰も望んでいない。わかりやすく悪い悪者だ。
そいつを小馬鹿にすることで心の平穏を保っている。
「それがひとだっていうんですか」
「当たり前だ。それが人だ。醜いだろ? でもそれが人だ。醜くて、汚くて、意地っ張りで、文句をよく吐いて、悪を誹り続ける。それがひとだ」
「人が一番の悪ですね」
「それはそうだ。だが人からすればお前が悪だ。それだけの話しだ」
「嫌になっちゃいますね」
「そうだな」
「でも、それを受け入れるしかないんですよね……」
「そうだな」
「はぁ……」
「エルドリース=クロックリック」
「?」
「俺の名前だ。これだけ話しておいて名前も知らないなんて悲しいじゃないか。お前は?」
「ルミナス=ブリッツェル」
「―――ルミナス。……光り輝くか。いい名前じゃないか」
「あなたも。エルドリース。素敵だと思いますよ」
「長いだろエルでいいぞ」
「エル。じゃあ私のことはルミで」
「ああわかった。ルミ。……ちょっとまっててくれ」
言って、俺は席を立つ。
アルコール度数の低いなんらソフトドリンクと変わらないような酒とビールを手にルミノ元へと戻る。
「酒、飲めるか? ビールかホワイトサワー。どっちがいい?」
「……ホワイトサワーで」
「了解」
そう言って俺はルミにホワイトサワーを手渡す。
ルミは手渡されたホワイトサワーをちびちびと飲んでいる。
「酒も入ったほうが話しやすいこともあるだろ」
「そうですかね」
その返事を聞いて俺はビールを一気に呷った。
✕ ✕ ✕ ✕
―――前言撤回しよう。ルミに関しては酒が入ってはいけないタイプの人間であった。そう、ホワイトサワーを飲みきったところまでは良かったのだ。
意外と酒が飲めたことで調子に乗ったルミがウォッカのカクテルやら、緑ハイなんてものを一気に呷ったの問題だった。
一気にアルコールを体内に入れることで酔いの回りが早くなり酔いやすくなる。
何が言いたいのかといえば今のルミは最悪ということだ。
「えぇぇぇぇるぅぅぅぅぅ」
「なんだ?」
「わたしれぇ。しゅっぎょくこころぼしょかったんらけろねぇぇ? えるがいてくれたからぁ。いみゃはきょころびょそくにゃいんだぁ。えりゅのおかでだりぇ」
そう言って笑いかけてくる。正直何を言っているのかはさっぱりわからない。
それそろ大衆居酒屋の営業終了も近づいてきているというのに、こいつがこんな条第だとかなりまずい。従業員にも迷惑をかけてしまう。
そう考えた俺は閉店の十分前にルミを抱えて外に出た。
出たはいいものの俺もまた酔いが回っているため担ぎ続けるという選択肢はないのだ。
「ああ、最悪だ」
俺はそうこぼした。




