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馴れ初め

 ユウガ・シャルモンは泣いた。かつては王女と結婚なんてできないと思っていた。勇者に選ばれてからも、内心浮かれていたが、それでも本当に結婚できるなんて夢だと思っていた。魔王を討伐するまでは。

 夢が目の前にあった。それでもあり得ない現実が目の前に現れて、また手から零れ落ちていく。ぽろぽろ、ぽろぽろと。

 泣き崩れて、泣き崩れて、どうしようもなくて。最後に残ったのは、手元にある地図だった。


「呪いを解きます」


 その言葉を聞いた国王は術士を呼び寄せた。


「兄さん、大丈夫?」


 ローブを着た女性だった。見覚えのある顔にユウガは再び目を見開いた。


「クリス……お前呪術の才能があったのか」


「……リリアさんの呪いをかけたのは私、解き方も私が知ってる」


「そうか……孤児院に戻ったら直ぐ出発する。急いで準備してくれ」


 ユウガが玉座の間を出ると、着の身着のままクリスはついて行った。


「兄さんは、どうして呪いを解きたいの?」


「……俺にも分からない、俺がどうして呪いを解きたいのか。どうしてそんなことを考えたのか」


 それ以上クリスも聞かなかったし、ユウガも語ろうとはしなかった。何かが壊れてしまった。



 孤児院に挨拶してから、大した準備も無くリリアのもとへ向かう二人。リーベ王国は広大な土地を有し、王都から国境まで通常なら三日はかかる。しかしユウガの膂力をもってすれば一時間で到着する程度の距離だ。


「あっちよ、兄さん」


 地図も見ずにクリスは指をさした。


「分かるのか? じゃあこの地図は要らないよな?」


「ん? ええ、燃やしても問題はないけれど」


 ユウガは顔の高さまで地図を投げた。直後、地図はバラバラの紙くずと化した。ユウガの剣技だ。


「向こうについたらリリア様の前で燃やす。これで誠意は見せれるだろう」


「どうせ呪いを解くのに、意味ってあるのかなぁ」


「無くても、こうしたという体裁が重要だと思うんだよ」


 そういうもんかぁ、と言い、クリスはユウガの背に乗った。


 およそ1時間後。目的地に到着した。眼前には広い土地に小さな小屋があるだけだった。疑うまでもなく事実上の勘当だろう。知識として知っていたが、実際に勘当されているのを見るとユウガは複雑な気持ちになった。

 小屋のドアを叩くと、若い男が出てきた。

 土で汚れた手、農家の手だ。農家と言えば、孤児院に卸してくれている農家が居たのを思い出した。農家の若い衆の一人に、こんな顔つきの男が居た気がした。


「すみません、何か御用でしょうか」


 男は何も知らない顔だった。ユウガは勇者であり王族とも悪くない仲だったが、魔王を討伐したこと以外は無名だ。


「私、ユウガ・シャルモンと申します。こちらは妹のクリス。リリア様に用があって参りました」


「ユウガ様でしたか、どうぞお上がりください」


 小屋の中は案外綺麗なものであったが、仮にも王族が住んでいるとは到底思えないほどぼろ屋でもあった。雪は落ち着いてきたが、それでも冬の寒さは残っている。何かが一つ欠ければ確実に凍え死ぬだろう。

 そんな環境でも、リリアは美しさを損なってはいなかった。今も冷たい雑巾を片手に自ら掃除を行っている。庶民に愛される姿は健在と言えよう。


「お久しぶりですリリアさん。ユウガです」


 彼の声に振り返ったリリアは、女傑の顔をしていた。


「遂にこの時が来たのですね……」


 死を覚悟した目だ。どうしてリリアさんはこんなことを、そう思うと自分を保てなくなる。そう確信した。


「クリス、後は頼んだ。俺は旦那さんと話してくる」


 強く、旦那さんの手を引いた。

 男二人だからこそ聞けることもある。


「旦那さん、お名前は?」


「ケイです。ケイ・ガルブラズ」


「ケイさん、馴れ初めを聞いても良いですか?」


 ユウガは言い訳が欲しかった。呪いを解いたら、二人とも殺すつもりだから。


「……俺はリリアが管理している孤児院に、野菜や果物を卸しています。仕事の中でリリアと出会いました」


 どんな悪行を重ねたのか知りたかった。


「正直、一目惚れでした。身分の差なんて考えてませんでした」

(俺は諦めたのに。勇者になって、やっと見えたのに)


 嘘を言えばすぐ分かる。


「リリアが孤児院にやってくる日程と卸しに行く日程が被るように親方に頼み込んで、少しでも話す機会が増えるように」

(俺はリリアのために苦しんで、魔獣を討伐していたのに)


 旅の中で培った技術だ。精度は間違いない。


「孤児院の子供たちの話で盛り上がったり、一緒に季節の企画を考えたりして。時には自慢の野菜を食べてもらいたいと言って、料理を振る舞うこともありました」

(俺だって子供たちの話で盛り上がったりしたさ。俺と話す時は、大体がそうだった。俺だって城で一緒に食べたこともあるんだぞ)


 魔法に長けた国に立ち寄って、真偽判定の魔法だって使えるようになった。


「魔王討伐の半月ほど前、リリアが30歳になった日です。自分はその日、リリアに気持ちを伝えました」

(魔王討伐を決心して行軍していた頃だ。俺だって、俺だって急いでいたのに……!)


 だからこそ


「リリアは婚約者が居るからと、断りました」

(俺もそうだった。婚約を迫られても操を立てた)


 だからこそ今のユウガには


「それでも諦められなかった俺は、何度も愛を伝えました」

(でも俺は……俺には伝えられなかった)


 魔獣討伐に明け暮れたユウガには


「ある夜、リリアは自分に協会に来るように言われました」

(俺には、どうせ無理だと思ってたから)


 魔王討伐で苦しんだユウガには


「そこにはリリアがお嫁さんの格好で待ってくれていて、自分たちは隠れて式を挙げたのです」


(俺には、どうせ好意なんて、返してくれないと思っていたから)


 嘘偽りなく聞こえてしまった。

 誠実なケイの声も、自分の嫉妬に満ちた心の声も。


(返せない好意を向けても、嫌がられると思ったのに)

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