「ユウシャ、君に謝らないといけないことがある」
魔法がとても発展した世界、アニマ・マギア。大きな戦争もかれこれ100年近くない、かなり平和な世界です。
洗濯したり、遊びに行く子供を見送ったり、いつもの日常を送っていたある日のことです。
誰も見たことが無い生き物が街を襲いました。それは魔王が率いていた軍勢、『魔獣』でした。魔王は言いました。
『ヒトよ! あらゆるものから貪る強欲なヒトよ! 今まで享受してきた幸せを、世界に還元する時が来たのだ!』
その言葉を機に、アニマ・マギアにはどこでも魔獣が出没するようになったそうです。
誰か魔獣を消し去ってくれたら良いのに。そんな思いが人々の中に湧き上がってきました。
もちろんヒトもただ見てるだけではありません。全世界の国王は国中の猛者に討伐依頼を出しました。多くの国では一生暮らすのに困らない金銀財宝を報酬に依頼を出しました。
しかし、本日の舞台となるリーベ王国には、そのような資金はありませんでした。そのため、国王は「魔王の首を持ってきた者には姫の婿として王族に加え入れる」という約束をしました。国の血統すら天秤にかけた発言です。人々は一発逆転を狙って、魔王を討伐に出ました。
当然、魔王も只者ではありません。ヒトに反旗を翻すべく、長年準備をしています。ヒトと魔獣の争いは20年にも亘りました。ようやく魔王が討伐され、ヒトの世が取り戻されたのです。
さてお待たせいたしました。物語はここから。魔王を討伐した若者が、報酬を貰いにリーベ王国へやって来たところから始まります。
季節は冬。王都の外は雪が降り積もっている。そこを歩く軽装の若者がいた。人が入りそうな大きなリュックサックを背負っており、片手には綺麗に磨かれた剣を握っている。
大きな球状のバリアに、リーベ王国のあらゆる町は包まれている。王都も例外ではない。
若者はバリアの外殻に触れ、語りかける。
「勇者第32番、ユウガ・シャルモンです。魔王の首を持ってきました」
『魔紋認証……おかえりなさいませ、ユウガ・シャルモン様』
バリアが一部分だけ解除され、町中に入った。魔獣襲来後に作成された堅牢なセキュリティだ。
若者は街を見渡した。魔獣の災厄が終わったばかりなのに、飲んだくれも居なければ自警団も騎士団も居ない。となれば、と慣れた足取りで近くの酒場に入った。
かつては人でごった返し、立ち飲み席すら埋まっていることも少なくなかった人気店。今日も大賑わいだが、テーブル席に少しだけ余裕があるようだった。
ユウガ・シャルモンはカウンターで店主に話しかける。
「すみませんマスター」
強面の店主だが、ユウガの声を聞くと別人のように笑顔になった。まるで親戚のおじさんだ。
「おっユウガじゃねーか。話は聞いてるぜ。魔王討伐したんだってな。傷だらけだが大丈夫か?」
瞬く間にユウガの好きなジュースが提供された。このままでは世間話に花が咲いてしまう。ユウガは早速話を切り出した。
「ええ、ありがとうございます。それより国王に謁見したいのですが、制度は変わってませんよね」
「ああ、俺たちが知ってる分には変わりないはずだが……悲しいことに、そこで飲んだくれてるよ」
店主がテーブル席の方を指さすと、そこには項垂れた国王と護衛らしき騎士が数名いた。店内を良く見渡すと魔法使いらしき人が何人も散らばっている。客の半数以上が護衛だろう。
満席じゃない理由はこれだと得心したユウガは、国王のもとへと近づく。
勿論ユウガは訪問する予定も伝えていない。店内の魔法使いは全力で拘束を試みた。拘束魔法と防御魔法を活用した檻にに不可視の術を掛け合わせたトップクラスの捕縛魔法だ。
しかしユウガには効果が薄い。勇者としての実力だけでなく、勇者として国家に登録された魔紋がその効力を抑えているのだ。
「国王陛下、勇者第32番のユウガ・シャルモンです。魔王討伐の報告に参りました」
ユウガの声に、国王は指をぴくりと動かした。
「ユウガ・シャルモン……? ユウガ……ユウシャか!」
ユウシャとは国王や王妃、そして王女たちに呼ばれているあだ名である。
国王は手を挙げ、ユウガの拘束を完全に解かせた。
「ありがとうございます国王陛下。本日は一体どのような用件で庶民の店に……?」
国王の顔を見れば、泣き腫らした目に酒で赤くなった顔。今にもまた泣き出しそうだった。
国王は用件を言う前に、ユウガに頭を下げた。
「ユウシャ、君に謝らないといけないことがある」
「陛下、やめてくださいよ。どんなことでもあなたが頭を下げるなんて」
「リリアが……リリアが恋愛結婚を強行したのだ!」
ここで少し昔話をさせて頂きましょう。リーベ王国は初めて魔獣の襲撃を受けた国家の1つです。その際の戦火で、ユウガの家族は全員死亡。つまりユウガは孤児になってしまったのです。
当時ユウガは5歳、まだまだ親に甘えたい盛りの年頃です。その心の辛さをはかり知ることはできません。当時魔獣による戦災孤児は沢山居ましたが、中々心を開いてくれなかった内の一人だと記録されています。
そんなユウガが国王たちと関係を築くことができたきっかけが第5王女リリア様だったのです。
王族としての自覚を育むため、リリア様は孤児院を巡回させられていました。当時リリア様は10歳で、孤児院の子どもたちは弟妹であり兄姉であり、そして何より守るべき国民でした。
リリア様は献身的に活動してくださいました。王城の案内だったり、広場で一緒に遊んだり。ユウガには理想的な姉として映っていたに違いありません。成長するにつれて、理想的な女性として慕うようにもなりました。
当然王家と一般市民である自分では不釣り合い。ユウガはせめて彼女に恩を返すために勇者となって魔獣を狩る旅をしようと考えたのです。
たまたま婚約者としてリリア様が選ばれて、喜ばなかったわけではありませんが、それでも実際に自分が魔王を討伐するだなんて夢にも思いませんでした。
だからきっとユウガは嬉しかったに違いありません。魔王を討伐して、夢にまで見たリリア様との結婚が間近に迫り、山を越え谷を越え、寒くて辛い日々でさえもリリア様のことを思えば百人力でした。
だからきっと、信じられなかったに違いありません。信じたくなかったに決まっているのです。




