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崩れ始めた牙

ギルドの別室――報告室を出た《白銀の牙》の四人は、重たい沈黙のまま、広い廊下を歩いていた。


重ねた疲労だけでなく、心にのしかかるのは――はっきりとした「現実」。


「……結局、報酬は半額かよ」


カイルがぼそりと呟いた。


「信頼ランクも条件付きSになって……あと一回失敗したら、降格審査って……」


アゼルは拳を握り締めたまま、小さく舌打ちをした。


「チッ……オーガの素材、持って帰れなかっただけで……!」


「“だけ”じゃないわよ」


リーネの声は、淡々としていたが、どこか冷えていた。


「そもそも証拠が不十分。保存も不完全。私たちで確認した素材だって、劣化が始まってたじゃない」


「くそ……!」


ヴェルトは顔をしかめ、歩みを止めた。


「ルークがいれば――」


「……やめてって言ったでしょ、その名前」


リーネが、ヴェルトを睨むように遮った。


その瞬間、空気がピリッと張り詰める。


だが、そのとき――


ギルドホールの扉が開いた。


視線の先、受付の前に立っていたのは――ルーク・フレイアスと、彼の隣に立つ少女、レイナ。


小柄でおとなしく見えるが、どこか芯の通った表情で、受付職員と話していた。


「……あれ、あいつ……?」


アゼルが口を開く。


「今、依頼報告してたのか……?」


カイルが立ち止まり、視線を逸らすように天井を見上げた。


「あいつ……新しいパーティー、組んだんだな」


「隣の子……回復職か。俺たちと似た編成……」


アゼルが苦々しい顔で呟く。


「ったく、あのとき“補助役は向いてない”とか決めつけて、追い出したのは俺たちだよな……」


誰も返事をしなかった。


受付カウンターでは、リーナが嬉しそうに話している。


「おふたりとも、また次の依頼もご紹介できますから、いつでも言ってくださいね」


「はい」


ルークが穏やかに微笑み、レイナも控えめに頷いた。


その光景を、ギルドホールの隅で《白銀の牙》の四人が見ていた。


彼らを気にする素振りもなく、ルークはゆっくりと受付から離れ、レイナと共にギルドを後にする。


すれ違いざま――


ルークは彼らを一度も見ようとしなかった。


まるで、そこに「存在していない」かのように。


「……見たか、今の目」


カイルがぽつりと呟いた。


「いや、“目”ですらなかったな……最初から、こっちなんて見てねえ」


リーネは唇を噛んだ。


「当然よ……あんな追い出し方しておいて、今さら顔なんて合わせられない……」


「でもよ……あいつ、自分のスキルで、ちゃんと結果出してる」


アゼルが低い声で続けた。


「食料の保存、素材の処理、全部あいつの《無限インベントリ》で補えてた。……今さらだけど、やっぱすげえよ、あれ」


「そうね。私たちが、どれだけ“当たり前”を勘違いしてたか……思い知らされたわ」


リーネの声には、わずかな震えがあった。


ヴェルトは黙ったまま拳を握る。


「……あいつ、“ただの荷物持ち”なんかじゃなかった」


その言葉に、誰も反論しなかった。


ギルドの扉が閉まる音が、やけに静かに響いた。


ギルドホールを出たあと、《白銀の牙》の四人は無言のまま、王都の石畳を歩いていた。


それぞれの胸には――重苦しい沈黙だけが渦巻いていた。


「……なあ、ほんとに次、降格すんのか?」


カイルが口を開いたのは、中央通りに差しかかったときだった。


「“次に同等の失敗が記録された場合、Sランクの剥奪審査を開始する”。……そう言われただろ」


アゼルが低く返す。


「マジかよ……ふざけんなよ……たった一度のミスで……!」


「“たった一度”? 素材保存に失敗、証拠も不完全、依頼主評価も最低。」


リーネの言葉は冷たい。


「ギルドの推薦と直契約だった貴族案件も、これで凍結。現状じゃ、新人用の雑務すら満足にこなせるかどうか」


カイルがうつむき、靴先で石を蹴る。


「……まるで落ちこぼれだな、俺たち」


その言葉に、誰も否定の声を返さなかった。


ヴェルトが立ち止まり、深く息を吐いた。


「……明日、ギルドに行く。状況整理のためにも、ギルド長と話す」


「話すって、何を……?」


「現状のままじゃ、“高ランク任務”はおろか、まともな装備補助すら期待できない。……補填任務、やるしかない」


「補填って……あれか。下水清掃とか、街路の監視とか……」


アゼルの顔に、露骨な嫌悪が浮かんだ。


「ふざけんなよ、俺たちはSランクパーティーだぞ!? ゴミ掃除なんて冗談だろ!」


「冗談じゃない」


ヴェルトの声が低く響いた。


「評価を戻すには、実績を積むしかない。それがどんな依頼でもな」


沈黙。


リーネが、ふっと小さく笑った。


「皮肉ね。……結局、私たちが一番軽んじてた“地道な仕事”に、自分たちがすがることになるなんて」


「ルークは……」


ヴェルトが呟く。


「ルークは、ああいう地道な依頼を、ずっと黙ってこなしてたんだな。誰に評価されなくても……」


「……ほんとに。馬鹿みたいだ、私たち」


リーネが苦笑するように言った。


カイルも、どこか遠くを見るように空を仰いだ。


「それで、今は女の子と組んで、戦って、評価されてんのか……」


「成り上がってんのは、俺たちじゃなくて、ルークの方だったんだな」


アゼルの声は、もはや悔しさより呆れに近かった。


ヴェルトは、しばし黙ったまま空を見上げていた。


空は晴れている。けれど、胸の奥はひどく曇っていた。


「……全部、こっちの勝手だったな」


「……え?」


「強さだけを見て、効率だけを求めて……支えてくれてた仲間を、“いらない”って切った。それで、全部回らなくなった。あいつ一人にどれだけ頼ってたかも知らずに」


言葉が重く落ちる。


通りの喧騒のなか、《白銀の牙》の四人は、ただ立ち尽くしていた。


──そして翌日。


ギルド本部・副受付カウンター。


ヴェルトが報告を済ませると、担当職員は事務的な口調で言った。


「補填任務として《王都東部・下水路害獣駆除》が割り振られます。……開始報酬はEランク基準、手当は再評価申請後に見直されます」


「……了解しました」


「また、信用回復のための“再評価申請”については、最低でも三件以上の依頼完遂が必要となります」


「……三件、ね」


ヴェルトが苦く笑った。


かつては、B級以上の討伐依頼を選り好みしていた彼らが、今は信用を回復するために“働かされる側”になった。


それが、失ったものの大きさの――何よりの証だった。


そして、その背中を――ギルドの影の奥から、ルーク・フレイアスが静かに見ていた。


すでに彼にとって、《白銀の牙》は“過去”の存在だった。


何も言わず、ただ、振り返ることもなく――ルークは別のカウンターへと向かった。


新しい依頼を受け取るために。


新しい未来のために。



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