評価と後悔
朝のギルドは、昨日と同じように活気に満ちていた。
けれど、ルーク・フレイアスの胸の奥には、少しだけ違う感情があった。
それは誇りとも呼べる、小さな自信。
そしてもうひとつ、昨日、森の奥で感じた――異変の記憶だった。
「……おはようございます」
「ルークさん、レイナさん! おかえりなさい!」
受付にいたリーナ・エステルは、ぱっと顔を輝かせた。
昨日と変わらぬ笑顔。けれど、そこに込められたものが――今日は、違って見える。
「依頼、無事に完了しました」
ルークが言い、レイナが隣で頷く。
「……こちら、討伐証明と、回収素材になります」
「ありがとうございます。確認しますね――」
シュウゥン――
ルークが足元に《収納展開》の光円を出現させ、牙獣ラット五体の死体を整然と取り出す。
血も臭気も抑えられ、分類も完璧。
すでに耳や爪などの証明部位は切り分けられており、素材袋には整った状態で納められている。
「……すごい、もうギルドの中堅以上並の処理ですね……」
「ありがとうございます」
リーナは資料に印を入れながら、ふたりの成果をギルド記録に登録する。
「おふたりの討伐評価、申し分ありません。支給品未使用、負傷軽微、時間内達成、協調性あり。Eランク帯依頼としては、かなり高評価ですよ」
「そ、それは……よかった……」
レイナが胸をなで下ろす。
「特に収納と回復のコンビは、ギルドとしても貴重です。おふたりはこのまま正式パーティ申請されるご予定は……?」
「いえ、今回は臨時登録なので……」
ルークがやや苦笑気味に答えたそのとき――
「でも、また一緒に行きたいです!」
レイナが、少し顔を赤らめながら口を挟んだ。
リーナが微笑んだ。
「いいですね、仲良くて。おふたりとも、また次の依頼もご紹介できますから、いつでも言ってくださいね」
「はい」
「それと……昨日、森の中で少し気になる痕跡がありました」
ルークが、声のトーンを落として切り出した。
「討伐範囲外で、中型モンスターの死骸を複数見つけました。どれも急所を一撃で仕留められていて……戦闘の跡が残っていました」
「しかも、全個体に赤黒い血管のような浮腫があって、皮膚の一部が破れていました。普通じゃないです」
リーナの手が止まる。
「……赤黒い浮腫? 本当に……?」
「信じられないかもしれませんが、全個体に共通してました」
「はい。位置も記録しています。ここです」
ルークがメモを差し出す。
「……わかりました。位置の記録も助かります。すぐギルド長に報告します。この時期にその辺りに異常があるとなると――対処が必要かもしれません」
リーナの笑顔の奥に、事務職員らしからぬ“冒険者の勘”がよぎっていた。
(何かが――森に紛れ込んでるのかもしれない)
その同じ日の午後。
ダンジョン遠征から戻った《白銀の牙》の四人が、ギルドの裏口から帰還した。
疲労困憊の表情、かろうじて立っている足取り。
「……ったく、重すぎだろ、あのオーガの腕……」
「文句言うなら、もっとちゃんと計画立ててから出るべきだったんじゃないの?」
カイルとリーネの言い合いを、ヴェルトが沈黙で抑え、アゼルがただ不機嫌そうに舌打ちする。
受付で報告を済ませた彼らは、すぐさま別室に呼ばれた。
対応していたギルド監査官は、手元の報告書を読みながら、淡々と告げた。
「討伐報告、および成果物確認、完了しました。
……ですが、提出された素材情報が規定を満たしていません。討伐証明としての確証が弱いため、報酬は50%減額となります」
「は……?」
アゼルが低くうめく。
「依頼主からの信頼ポイントも、評価基準を大きく下回っています。
これにより、《白銀の牙》の信用状態は“条件付きSランク”へと移行されます」
ギルド監査官は表情ひとつ動かさず、淡々と続けた。
「今後、あと一度でも同様の評価不足が記録された場合、Sランクからの降格審査が開始されます。
Aランク以下の通常任務への移行、優先指名の停止、報酬上限の制限など、複数の影響が生じるでしょう」
その瞬間、テーブルの下でカイルの拳が震えた。
「ルークが……」
ヴェルトが押し殺した声でつぶやく。
「ルークがいれば、証明素材の保存も分解も……!」
「やめて!」
リーネが鋭く遮る。
「……もう、その名前、やめてよ……」
「あの時、誰が『補助職に戦果はない』なんて言ってた?」
カイルの言葉に、誰も何も返せなかった。
部屋に沈黙が落ちる。
だが、ギルド職員の処理は止まらない。
「また、今回の成果不足により、王都上層部との高額任務に関しては、次回以降は優先候補から外される可能性が高いとの連絡も入っています。
詳細は後日、ギルド長からの通達をご確認ください」
完全に、切り捨てる口調だった。