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Eランク昇格と、信じてくれた人

 風が、森を通り抜ける。


 ローヴの森をあとにしたルークは、太陽が西に傾き始めた頃、ギルド本部に戻ってきた。


 体は重く、汗でシャツが背中に張り付いている。

 けれどその一歩一歩には、確かな重みと――自信があった。


(僕は、やれた。自分の力で)


 王都グランヴェルド。冒険者ギルド中央本部。


 玄関をくぐった瞬間、ざわつくホールが静かに波打つように動いた。


「……あれ、《白銀の牙》の……」


「え、嘘、もう別行動してんの?」


「でも装備、なんか地味すぎない?」


 そんな声が耳に届いたが、もう気にはならなかった。


 彼の足が向かったのは――登録カウンター。


「……あっ」


 受付にいた金髪のポニーテールの女性――リーナ・エステルが顔を上げる。


「ルークさん、おかえりなさいっ!」


 表情がぱっと明るくなり、カウンターから身を乗り出す。


「依頼、終わったんですね?」


「はい。報告をお願いします」


 ルークは静かに応じると、足元の床に手をかざす。


「収納展開」


 シュウゥン――という静かな音とともに、光の円が出現。

 その中から、一体ずつ、整然と並んだゴブリンの死体が姿を現す。


「っ……!?」


 リーナは小さく息を呑んだ。


 五体。それだけではない。


「これって……ジャイアントゴブリン……!?」


 通常のゴブリンの倍近い体格、特徴的な赤黒い肌、太い筋肉。

 明らかにC級相当のモンスター。


「出現したので、緊急対応しました」


「緊急、って……ソロで、ですよね?」


 リーナの瞳が大きく見開かれる。


 その表情に、ルークはふっと息を吐いた。


「なんとかなりました」


 簡素に答えたが、その言葉の奥に――確かな手応えがあった。


「それに……もうひとつ。死体、確認してもらえますか?」


 リーナが一歩前に出て、ゴブリンの遺体へ目を向ける。


「あっ……これ、全部……処理されてる……?」


 皮は丁寧に剥がされ、魔石がきれいに取り出されている。

 討伐証明の耳や指も、整理されていた。


「あの、ギルドに提出すべき素材と証明部位、インベントリ内で分解されて……ると思います、多分」


「えっ……インベントリに、分解機能……?」


 リーナがぽかんとした表情で見つめてくる。


 ルークは少し困ったように笑って、首をかしげた。


「え、普通ありませんか?」


「……い、いえ……確認しますね……」


 リーナがやや引きつった笑顔で書類に目を落とす。


 ルークは内心、ほんの少しだけ疑問に思った。


(ん……なんか、ちょっと違った? でもまあ……こういうもんだよね、きっと)


 どこかのんびりと、そんな風に納得していた。


「確認しました。……討伐依頼、完遂です。しかも、規定を超える成果です」


「……え?」


「これ、ギルド査定で言えば――特別昇格対象に該当します」


 リーナはにこっと笑って、正式な通知書類を取り出した。


「ルーク・フレイアスさん。あなたのランクは、FからEへ昇格となりました」


「……!」


(今まで、誰かの陰で生きてきた僕が……)


「……ありがとう、ございます」


 そう絞り出した言葉に、リーナは一瞬きょとんとしたあと――ふわっと微笑んだ。


「わたし、あなたのこと……ただの荷物持ちだなんて思ってませんでしたから」


「……リーナさん」


「だって、自分のスキルで戦って、生きて帰ってきたんですよ? それだけで、すごいことです」


 そして、少しだけ頬を染めながら、そっと視線を伏せる。


(あんな目で、自分を信じてるって言われたら……)


(……惚れちゃうに決まってるじゃない……!)


 リーナは心の中で何度も何度も叫びながら、それを顔に出すまいと必死だった。


 ルークは照れたように小さく頭を下げると、カウンターを後にした。


 まだ不安はある。でも――


(僕はもう、“ただの荷物持ち”じゃない)


「それとこちら――今回の報酬になります」


 リーナが小箱を取り出し、カウンターにそっと置いた。

 金属の留め具を外し、蓋を開けると、ずっしりとした音とともに銀貨と金貨が整然と並ぶ。


「基本報酬の一五〇〇〇リルに加え、ジャイアントゴブリンの討伐と素材回収分、それに査定加点の特別報酬を含めて――合計で三八〇〇〇リルになります」


「……さんまん……え?」


 思わずルークが聞き返す。


「戦闘評価、討伐証明の完璧さ、素材回収率。どれもFランク依頼では滅多に見ない記録です。昇格と同時に、それにふさわしい報酬もお支払いします」


 ルークはしばし言葉を失ったまま、銀貨の光を見つめていた。


(僕が、こんな額を……。自分の力で、稼いだんだ……)


「大切に使ってくださいね。宿泊費も、装備も、きっと必要になりますから」


 リーナはふんわりと微笑んだ。


「……はい。ありがとうございます」


 そう言ってルークは、受け取った報酬袋をそっと懐にしまい込んだ。


 それはただの金銭ではなかった。

 “自分の価値”を、初めて目に見える形で証明された――そんな気がしていた。


 リーナが柔らかく頷く。


「明日の依頼も、よかったら紹介しますね。……あなたの力、もっと広げていけますから」


「……はい」


 ルークは小さく頷き、カウンターを離れた。

 まだ不安はある。でも――


(今度は、自分の足で前に進める)


 そう思えた。


 王都の空に、夕日がゆっくりと落ちていく。

 今日の終わりと、明日の始まりが、静かに重なっていた。


 遠くで鐘の音が鳴り、石畳を行き交う人々の笑い声がこだました。



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