Fランク依頼で覚醒する
《鋼の翼》が去ったあと、ルークはカウンターの前に立ち直った。
「……すみません。続きをお願いします」
「はい、承りました。脱退申請はこれで正式に処理されました」
リーナ・エステルは少しだけ間を置き、そして迷うように言葉を継いだ。
「……あの、ルークさん。ひとつ、提案してもいいですか?」
「……なんでしょう?」
「今、ちょうどFランク向けの臨時討伐依頼があって。すこし難しい内容なんですが……あなたのスキルに合ってるんじゃないかって思って」
「……難しい依頼?」
ルークは少し眉をひそめた。Fランクとはいえ、自分は戦闘未経験。装備も、今はまともなものがない。
「内容を見てもいいですか?」
「もちろんです」
リーナが差し出した依頼書には、こう記されていた。
【Fランク臨時討伐依頼】
依頼主:冒険者ギルド中央本部
地域:ローヴの森 中部
対象:ゴブリン五体の討伐
備考:大型個体出現の可能性あり。注意
報酬:一五〇〇〇リル+追加査定報酬あり
特記事項:査定評価対象依頼。今後のランクアップに影響あり。
「……五体。ちょっと多いですね」
「はい。Fランクとしては、難しめ。でもこれは、ギルドによる能力査定を兼ねているんです。実績を出せれば、ランク昇格にもつながります」
ルークは依頼書を見つめた。
そして、少しだけ視線を外して、リーナを見た。
「……僕の《無限インベントリ》なんて、物を入れるだけですよ」
「でも、“無限”ですよね?」
リーナの声は真っ直ぐだった。
目もまた、真剣だった。
「使い方次第では、誰よりも戦える可能性だってあると思うんです。わたし……あなたのスキル、信じてます」
(なに言ってるの私、職員なのに。でも、でも……)
リーナは心の中で自分を叱咤していた。けれど、それでも、彼の姿を前にしたら、声にせずにはいられなかった。
ルークは短く息を吐き、頷いた。
「……やってみます。依頼、受けます」
「はいっ! ではこちら、登録手続きいたしますね!」
彼女の声が弾んでいたのに、ルークは少しだけ驚いた。
(……こんなに応援されるのって、なんか……不思議だな)
◇ ◇ ◇
その日の午後。
ルークはローヴの森、中部エリアの入り口に立っていた。
簡素なレザーアーマー。
支給された短剣一本だけが、腰にぶら下がっている。
だがそれだけで、ルークには十分だった。
彼には、《無限インベントリ》があるのだから。
(……ここからは、僕が自分で戦う番だ)
風が葉を揺らし、どこかで鳥が鳴いた。
だがその静けさは、まるで罠だった。
カサッ――と音がして、低い唸り声が耳に届く。
(……来た!)
木々の間から、黄緑色の肌をした小柄な影が五つ――
「ゴブリン……!」
牙を剥いて唸り、棍棒や石斧を手に、こちらを囲むように現れる。
間違いない、依頼に記されていた五体だ。
だが――
「……デカいのもいる……!」
その中に、頭ひとつ以上大きな個体がいた。
全身に太い筋肉が盛り上がり、錆びた鉄棍を引きずっている。
《ジャイアントゴブリン》。
C級相当のモンスター。Fランクのソロが戦う相手ではない。
「っ、逃げ――」
思考が切れる前に、最初の一体が飛びかかってきた。
「くっ!」
ルークはとっさに体を低くしてかわすと、脇腹めがけて短剣を突き込んだ。
刃が肉を割り、骨に引っかかる。
ぐっ、と刃が止まり――強く引く。
ズリッと感触を残して抜け、ゴブリンが地面に崩れ落ちた。
「はぁ……っ、はぁ……っ!」
息が荒い。心臓が喉を叩く。
だが、休む暇はない。
二体目のゴブリンが、右後方から斧を振るって突進してくる。
咄嗟にしゃがみ込み、相手の足元にスライディングするように入り込む。
手にした短剣を、ふくらはぎへ斜めに――裂く!
ゴブリンがバランスを崩して転倒。
間髪入れず、胸部へ刃を突き立てる。
「――っ!」
返り血が頬をかすめる。
膝が震える。けれど、止まらない。
「あと三体……!」
そのとき、ガシャッ、と重い音がした。
振り返ると、ジャイアントゴブリンが背後に迫っていた。
「っ――!」
巨大な鉄棍が、唸りを上げて振り下ろされる。
「……う、わっ!」
地面に転がって間一髪で回避。
土と石が顔にかかり、視界が一瞬だけ白く霞む。
(やばい……!)
ジャイアントの巨体が、踏み込みと同時に地面を揺らす。
迫る。
重い殺意と、圧倒的な質量が迫る。
(間に合わな――)
全身の力が抜け、反射的に手をついた。
「っ、ぐ……!」
乾いた土の感触が掌に広がると同時に――
ギィィィン――!
低く澄んだ共鳴音。
空間が揺れ、光の円が足元に広がっていく。
「えっ……なに……?」
ジャイアントゴブリンが、踏み込んだその瞬間――
その巨体が、まるで底なしの奈落に吸い込まれるように、沈んだ。
「な……えっ!?」
――ゴブッ!
完全に、ジャイアントの体が光に包まれ、空間に呑み込まれた。
消えた。
「……入った……?」
「……嘘だろ。こんなこと……一度も考えたことがなかったのに……」
あまりのことに、ルークは自分の手を見る。
(い、今の……まさか……)
脳裏に、スキルの感覚が流れ込んでくる。
《収納対象:生体》
(――生きてるモンスターが、入った……!?)
これまで、一度も考えたことがなかった。
《無限インベントリ》は、物を入れるためのスキル。
戦闘には無縁。ずっと、そう思い込んでいた。
けれど今、間違いなく――“それ”は起こった。
後ろで、ゴブリン二体が怒声を上げる。
ルークは咄嗟に、もう一度地面に手をついた。
ビィン……!
音と共に、淡い光の円が広がる。
一体目のゴブリンがそのまま突っ込み――収納された。
「ま、また……!」
恐る恐る、横に腕を伸ばす。
――触れた空間に意識を向けると、もう一体もすうっと引き込まれていった。
(本当に……生きてるままでも……収納できるんだ……)
目の端に、文字情報が浮かび上がる。
【スキルレベルアップ】
《無限インベントリ》 LV2
【新機能開放:任意座標展開】
「任意……座標?」
収納口が、地面以外にも展開可能に――
脳内に、自動的に使用可能な範囲と指示が伝わってくる。
(スキルが……進化した……!)
(そういえば、スキルの熟練度は蓄積されるって聞いたことがある。戦闘での使用回数や成果が関係する、とか……)
今の僕には、まだ信じられないほどの力がある――
そんな実感が、心を満たす。
残るは、最初に倒した二体。
ルークは短剣を構え、確かめるように片方の死体へ近づいた。
(収納――分解)
意識を向けると、死体はすっと光に包まれ、インベントリ内に取り込まれる。
そのまま、内部で解体が進み――皮、魔石、証明部位となる耳などが自動的に分類されて記録された。
もう一体も同じように処理する。
(これで……ギルドにも証明できる)
(僕は、“ただの荷物持ち”なんかじゃない――)
ルークの中に、確かな誇りが生まれていた。