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歪んだ宴

ゼオ視点

転移の揺らぎが静まった時、私はそっと目を開けました。

薄暗い天井には、黒晶石に刻まれた呪印と動力紋が微かに光を放っています。


「……ええ、帰ってきましたよ……ナワス・コロニー。相変わらず、無機質で、素晴らしい構造です」


ここは魔族の領地。人間の世界とは山脈と瘴気の壁で隔てられた北方域。

魔族の科学と魔術が交わる最奥、我々研究者のための居住区。

正式名称は《魔導基礎研究環境保全指定第七圏》。通称、《実験街》です。


血のように赤い天蓋灯が点灯するのと同時に、焦げた皮膚と焼け落ちた右腕に、じくじくと再生の波動が走ります。

肉が、骨が、神経が音もなく再構築されていく。まるで時間を巻き戻すような感覚。


「……ふふ、さすが《ベリタス・マギア》。実に優秀な成果を見せてくれましたよ。私の肉体にまで適応性を持たせるとは……ははっ、やはり人間などとは比べものになりませんねぇ」


と、そこへ──


「……ゼオ様。ご帰還との報告を受けましたので、お迎えに上がりました」


現れたのは、《再構成中枢》の魔導補佐官ロクス。

皮膚の代わりに魔術式が走る鉄面の種族で、必要最低限の魔力しか使わぬ冷徹な管理者です。


「ええ、ありがとうございます、ロクスさん。おかげさまで、なかなか興味深い体験ができましたよ。今回の“実験個体”、かなり有意なデータをもたらしてくれました」


「記録は、解析室へ提出されますか?」


「もちろんですとも。そのために、わざわざ“正面から”ぶつかったのです。得たものは大きいですよ。ふふ、まったく……Sランク、実に面白いサンプルでした」


私はそう言って、懐から黒い記録石を取り出しました。

接触したすべての戦闘魔力と反応を記録した、高密度の情報素子。


ロクスがそれを受け取り、無表情のまま頷きます。


「解析は三日以内に完了します。……ただし、問題もございます」


「問題、ですか?」


ロクスの目が一瞬だけ鋭く光る。


「上層会議から、ゼオ様の“独断的行動”について、正式な指摘が入っております。とくに“王都近郊での実験行為”は、本来の規律違反と判断されております」


「……ははっ」


私は、声を上げて笑ってしまいました。


「いえいえ、失礼。ですが、それは“失敗”だったという前提での叱責でしょう? ですが、ロクスさん……私は成功したのです。たった四人で、暴走体と私の複合強化形態にここまで迫るとは。あれほど精密なデータを取れるとは……誰が予測しました?」


ロクスは返さない。けれど、彼がわずかに沈黙したことこそが、事実の裏付けでした。


「お聞きになりたいのではないですか? 私の“次”の計画を……」


「……指示ではなく、命令が下るでしょう。ゼオ様、いまは処理室へ。直接の“尋問”がございます」


尋問、ですか。


ふふ……なるほど。

あの“方々”の機嫌を損ねてしまったようですね。


いいでしょう。参りましょう。

それもまた、魔族という組織の一部である証左。


私は再生した右手の感触を確かめながら、再構成中枢をあとにした。




階段を下りた先。重力制御によって歪んだ大広間が広がる。

闇色の石に縁どられた議場には、八つの玉座が円形に配置され、その中央に、私は一人、立っていた。


「久しいな、ゼオ」


低く唸るような声が響く。


その主は、魔族階位《第四等・重喰のデスキア》。

全身を金属鎧で覆い、腐敗した魔力の煙を常に漂わせている、典型的な武闘型。

私とは、水と油の関係です。


「ええ、お久しぶりです、デスキアさん。お元気そうでなによりですよ」


「ふん、遊びに出かけたガキの言い訳はいい。お前、あの場で王都近郊に痕跡を残したな?」


「残しましたとも。残してきましたとも。それが“意図的”であることは、報告にも明記しましたが?」


「貴様……貴様のその自己判断、何度咎められれば気が済む?」


「あらあら、そんなにお怒りになっては、魔力のコントロールが乱れてしまいますよ。……まさか、それも制御できなくなったのでは?」


その瞬間、玉座の周囲に重圧が走る。魔族たちの魔力が一瞬、牙を剥いた。


ですが、私は気にしません。


彼らがどう睨もうと、私は――成果を持ち帰ったのです。


「……ふざけた口を利くな、ゼオ。次の実験にお前の関与は認められん可能性もある」


静かに告げたのは、淡い白皮を持つ《精神通信官アウレア》。

私とは分野こそ違えど、彼女もまた“観察者”としては一流です。


「ええ、それも一興でしょう。……ですが、ひとつお聞かせください。

あなたがたは、まだ実験の“価値”を理解しておられないのでは?」


私は、ゆっくりと指を立ててみせる。


「白銀の牙。あの四人組。彼らは、魔族の力を前にして、逃げることなく“反応”しました。

ただの抵抗ではありません。即応、連携、そしてバフとデバフの選別まで完璧。私が手を抜いていれば逆に危なかった」


「つまり?」


「つまり……人間側に“対応能力”が芽生えつつある、ということですよ。

放っておけば、彼らは我々の力を超える個体に育つでしょう。

ですから……育ちきる前に、壊しておくべきなのです」


私は、にっこりと微笑みました。


「次は、広域に仕掛けましょう。人間の都市近郊、あるいは教会の地下、軍の倉庫、いずれかを“遊び場”に……」


「バカな……王都近郊に第二の実験を?!」


「はい、より強力な暴走個体と、失敗作を混ぜましょう。生き残りの戦闘データは、さらに有用です」


アウレアが立ち上がろうとする。


「そんな行為、階位を問わず統制違反に――」


「――ですが、それでも私の計画を止めたいのなら……データで、論破してください。

それが、我々“研究者”のルールではないのですか?」


言葉が止まる。誰も反論できなかった。


やがて最上段の玉座に座していた、真紅の衣をまとった老魔族が重い声を発した。


「ゼオ。次の行動に関しては監視が付く。それで構わぬな?」


「ええ、もちろんですとも。監視されようが、私の“結果”は変わりませんよ」


老魔族は無言で一度だけ頷き、席を立つ。


会議は、終わりました。




その夜、私はコロニーの実験塔の一室で、再び試薬を調整していました。


ベリタス・マギアの改良型。

より短時間での筋力増幅。暴走限界の遅延。

そして、魔力転移時の負荷を抑える“第七安定式”の構築。


「さあ……実験の準備は整いました。次は……何人の人間が、耐えてくれるでしょうね?」


私は、薄く笑いながら試薬に封印を施した。


闇の中で、その笑みだけが赤紫に光っていた――。



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