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赤紫の戦慄

空気が変わった。


それは"戦場"と呼ぶにふさわしい、殺気と魔力が支配する空間。

ゼオ・ラグナイルの身体から噴き出す魔力は赤紫の稲妻となり、周囲の木々を焦がし、空気を焦がし、地面を振るわせた。


「はは……ははは……ああ、いいですね。この感覚。理性が剥がれ、ただ力だけが剥き出しになる……とても、とても楽しい……!」


声のトーンが一段、狂気に染まる。

ゼオの周囲に現れたのは、魔力の塊──それはまるで実体を持つ鎧のように彼の体表を包み、肉体を強化していた。


「奴の動きが変わった、気をつけろ!」


ヴェルトが低く唸るように言った次の瞬間──


ゼオの姿が、かき消えた。


「消え──ッ!?」


叫ぶ間もなく、風が裂けた。

目にも留まらぬ速さでゼオがヴェルトの背後へと回り込み、その掌から重力のような魔力波を叩きつける。


「《マギア・インパクト》」


ドゴン、と重く低い音が炸裂した。

ヴェルトは防御姿勢のまま吹き飛ばされ、背後の巨木に叩きつけられる。


「リーダー!!」


「……くそ、こいつ、さっきよりも桁違いに……!」


アゼルが歯を食いしばる。ゼオの動きは、まさに魔族の身体能力と暴走魔力が融合した異常なものだった。


「……アゼル、援護を。カイル、前へ。リーネ、バフは重ねて!」


ヴェルトは壁に背中を打ちつけながらも、即座に指示を飛ばす。


「《フレアランス・デルタ》!」


アゼルのロッドが三つの魔法陣を展開し、連続する火球をゼオへと浴びせかける。

けれどゼオはそれをあざ笑うように、片手で薙ぎ払った。


「ええ、それは少しだけ、熱かったですよ。ほんの少しだけ、ね──」


その返しに、ゼオの放った魔力の爪がアゼルへと殺到する。


「《ホーリーガード》!」


リーネの守護魔法がアゼルを包み、寸前で直撃を防ぐ。


「おっと、サポートも完璧ですか。良いですね、いい連携だ!」


だが、その一瞬の硬直を狙って、地を滑るようにカイルが踏み込んでいた。


「──舐めるなッ!!」


二刀が音を置いてきぼりにしながら交差する。


カイルの刃がゼオの左肩を裂き、赤黒い血が舞った。


「がっ──!」


ゼオの表情が初めて崩れる。

同時に、ヴェルトが戦線に復帰。背中の大剣を振りかぶり、勢いそのままに振り下ろした。


「喰らええええッ!!!」


ゼオが咄嗟に魔力障壁を展開するが──遅い。

分厚い鉄を砕くような一撃が、ゼオの胸に直撃。地面に叩きつけられたゼオが、土煙とともに沈む。


「ぜ、はっ……ふふ、いいですね……これくらいでなくては──」


それでも笑う。

倒れたまま、ゼオは血を吐きながらもなお満足げな顔をしていた。


「……君たちは、素晴らしい戦闘データをくれますね。できることなら、もっと……」


「言ってろ!」


アゼルが詠唱を終えた。


「《イグニス・ジャッジメント》!!」


天から赤い魔力の裁きが降る。

巨大な魔法陣がゼオを囲み、上空から光と炎が放たれる。避ける隙はない。


──爆発。


地面が揺れ、草木が焼け焦げ、衝撃波が森を切り裂いた。


しばらくして、煙の中からふらふらと立ち上がる影。


それは──魔族、ゼオ・ラグナイル。


だが、傷は深く、右腕は半ば焦げ落ち、口元にかつての余裕はない。


「……っ、認めましょう。今日は……ここまで、ですね」


「逃がすか……!」


カイルが短剣を構えたまま飛び出そうとした、その時。


ゼオの足元から広がった、異質な魔法陣。

転移魔法──!


「次は……もっと強い“個体”を用意しておきますね。では、また──」


一閃。

光の柱とともに、ゼオの姿は霧のように掻き消えた。


その場に残されたのは、焦げた土と──嫌な、粘つくような魔力の残滓だけ。


沈黙。


「……くそ、逃がしたか」


「でも、手応えはあった。あと少しだった」


ヴェルトが、大剣を地面に突き立てたまま息をつく。

リーネが回復魔法を詠唱し、仲間たちの傷を癒していく。


アゼルが、燃え残る草の上に落ちていた紫の薬瓶の破片を拾い上げた。


「ベリタス・マギア……魔力の制御を捨てて強化する薬。こいつが今後、どれだけの厄災を生むか──」


「これ以上、野放しにはできない」


ヴェルトの言葉に、誰も異論はなかった。


Sランクパーティー《白銀の牙》。

彼らは森を後にし、ギルドへの報告と、次なる戦いへの準備を静かに始める。


魔族ゼオ・ラグナイル。


その名は、確かに《白銀の牙》に刻まれた。


そして、彼の目的と組織の存在は──まだ、謎に包まれたままだった。



王都――夕暮れ。


金と紅に染まる空の下、冒険者ギルド本部の石造りの建物が、沈みゆく太陽に照らされていた。


Sランクパーティー《白銀の牙》の四人は、無言のままギルドの正面玄関をくぐる。


受付ホールに入った瞬間、カウンターの奥にいた受付嬢――リーナ・エステルが顔を上げた。

金茶の髪を三つ編みにまとめた若い女性。丁寧な接客と冷静な処理で、信頼も厚いギルド職員の一人だ。


「……え? ヴェルトさんたち? お疲れさまです。でも……えっと、補填任務で、こんな時間までかかるなんて……何かあったんですか?」


彼女の表情から笑みが消えるのに、そう時間はかからなかった。

ヴェルトたちの服には火の煤、裂けた裾、魔力の名残――どこをどう見ても「草刈り帰り」ではない。


「緊急報告だ。ギルド長に、直接通してくれ」


ヴェルトの声に、リーナの目がわずかに見開かれる。


「……わかりました。すぐに通します」


彼女は急ぎギルド奥の廊下へと姿を消す。


その間に、アゼルがローブの中から布に包んだ薬瓶の破片を取り出して見せた。


「証拠物品。魔力暴走を引き起こした薬の残留。使用者の名前は、ゼオ・ラグナイル。魔族です」


「正体も、目的も不明。ただし一つ言えるのは……」


と、カイルが重く言葉を継ぐ。


「こいつは、遊びでやってる」


数分後、リーナが戻る。


「ギルド長、ラザン様がお待ちです。応接室へご案内いたします」


四人は無言のまま立ち上がり、重厚な木製の扉をくぐっていった。


――そして、物語は次の段階へ進む。



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