推薦の声と、新たなステージへ
翌朝。
宿屋〈三日月亭〉の食堂には、香ばしいパンとハーブ入りのスープの香りが立ちこめていた。
ルーク・フレイアスは、深呼吸をしてゆっくりと椅子に座る。
「おはよう、ルークさん!」
厨房からメリアが顔を出し、いつものように元気な声をかけた。
「おはよう、メリアさん。……今日は一段とにぎやかだね」
「うんっ! 今朝は近くの隊商さんが泊まってて、朝から賑やかで! ……あ、それと! これ、朝ごはん!」
ふかふかのパンと、野菜と鶏肉の温かいスープが、丁寧に並べられる。
ルークは自然と頬がゆるんだ。
(こんなに安心して朝を迎えられるなんて……ほんの少し前までは、想像もしなかった)
静かに食事を終えた後、荷物をまとめて〈三日月亭〉を出た。
目指すのは――冒険者ギルド・王都本部。
石畳を踏みしめながら、ルークは少し背筋を伸ばす。
昨日の報告の評価が記録され、今日からは新たな依頼が提示されるはずだ。
ギルドの扉を開けると、受付のリーナがすぐに顔を上げた。
「ルークさん! おはようございます!」
「おはようございます。……昨日の報告、問題ありませんでしたか?」
「はいっ。むしろ、すごく良い評価が出てます! あの後、ギルド長からも照会が入って……」
「ギルド長から?」
ルークが首をかしげると、リーナはそっと一枚の書類を差し出した。
「これ、見てください。……ルークさん、Eランクとしての実績とスキル内容から、Dランク推薦対象者として選出されました!」
「……え?」
「討伐成功率、支給品未使用率、連携評価、報告処理の完璧さ、それと……例の《無限インベントリ》。すべてが高評価なんです」
リーナは誇らしげに微笑んだ。
「このまま、あと一件、中級依頼を達成すれば――正式にDランク昇格の選考に入ります!」
ルークはしばらく黙っていた。実感が、追いつかない。
かつて、補助職として疎まれ、役立たずと呼ばれ、追放された自分が――
今、こうして、実力を評価されている。
(……僕は、ちゃんと進んでるんだ)
「ありがとうございます。……その、次の依頼も、確認できますか?」
「もちろんですっ!」
リーナは素早く資料を取り出し、数件の中級依頼を並べた。
【中級討伐依頼】
依頼主:王都・衛兵団東部支部
内容:郊外の廃村付近にて出没する中型モンスター《影猟りハウンド》の駆除
目標:ハウンド3体以上の討伐、および周辺調査
推奨ランク:D~C/推奨人数:2~3名
報酬:46,000リル+成果に応じて追加加算
備考:高い機動力と嗅覚を持つ。夜間活動が多いため、探索時は注意が必要。
「……気になりますね、この依頼」
ルークがつぶやく。
すると、リーナが小声で続けた。
「それなんですが……ルークさん、覚えてますか? 森の奥で見つけた、あの《ダスクフォング》たちの異常な死骸のこと」
「赤黒い浮腫とか、皮膚の裂けとか……普通の死に方じゃなかったって、報告してくれましたよね」
「実は、その地点の南東、およそ10キロ圏内に、この《影猟りハウンド》の出没が集中してるんです」
「でも……この辺り、《影猟りハウンド》が今まで一度も姿を見せたことのない区域なんです」
「縄張り意識がとても強い魔物で、基本的に棲み処を変えることはないとされていて……少なくとも、過去十年間、一度も確認されていません」
「それなのに、あれだけの数が“急に”現れてるんです。あの異常な死骸のあった場所の、すぐ近くに」
「だからこそ、偶然とは思えません。“何か”があの森の奥で起きていて……それが他のモンスターたちにも、影響を与えているのかもしれません」
ルークの表情が、静かに引き締まる。
まるで、森の中で何かを試されているような――そんな気配を、どこかで感じていた。
「これ……受けます。できればレイナさんにも声をかけて、二人で対応したい」
「かしこまりました! おふたりなら、きっと問題なくこなせます!」
ルークは依頼書にサインを入れ、資料と装備支給袋を受け取った。
「それと、これはギルド長からの私信です」
渡された封筒には、ルークの名前と、ギルド本部の印章。
中には簡潔な文面が記されていた。
――
《ルーク・フレイアス殿》
貴殿の冷静な報告と実務能力は、王都ギルドとしても高く評価している。
特に、森の異常死骸に関する報告は、現段階で唯一の有力な手がかりだ。
その洞察力と判断力に、私は大きな可能性を見ている。
次の任務にも、期待している。
ギルド長 ラザン・クローディア
――
ルークはそれを胸元にしまい、静かに息を吐いた。
(……やっぱり、あの死骸、ただの偶然じゃなかったんだ)
背筋にひやりとしたものを感じながらも、彼の表情に迷いはなかった。
(これが……僕の、新しい道なんだ)
そのとき――カウンターの端で、何かを聞き耳立てていた若手冒険者たちの声が漏れる。
「え、今の人……ルークって言ってた?」
「元《白銀の牙》の? Dランク推薦だって……すご」
「いや、正直、あの人の収納スキル、チート級だろ……」
ざわざわとした声が、遠巻きに広がっていく。
けれど、ルークは振り返らない。
耳に入っても、気にしない。
もう、誰にどう見られるかよりも――「自分がどう在りたいか」を大切にできるようになった。
「……行こう」
受付をあとにしたルークは、ギルドの扉を開け、朝の陽射しの中へと歩き出した。
次の依頼が、待っている。
そしてその足取りは、かつてよりもずっと、力強かった。




