表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

ただの荷物持ち、追放される

 「悪いな、ルーク。今日で《白銀の牙(はくぎんのきば)》を抜けてもらう」


 焚き火のはぜる音が、ひどく耳に残った。


 夕暮れが迫る森の中。風はなく、空気が濁った水のように重たい。


 唐突な言葉だった。何の前触れもなかった。

 けれどその瞬間、世界の色が変わった気がした。


「……どういうこと、ですか?」


 絞り出すような声。聞き返しているのに、答えを知るのが怖かった。


 言ったのは、魔術師アゼル。癖のある銀髪を後ろでまとめた男で、冷静沈着を絵に描いたような性格をしている。


「俺、《収納魔法・拡張型》を覚えたんだ。補給も運搬も、もう俺がやる。つまり、お前の《無限インベントリ》は……必要ないってわけだ」


 そっけない。冷たい。

 それはまるで、壊れた道具を処分するような口ぶりだった。


 焚き火を囲んでいた五人のうち、ルーク以外の四人――アゼル、リーダーのヴェルト、斥候のカイル、回復役のリーネ――誰一人として目を合わせようとしなかった。


「おいおい、今さらだろ?」と、カイルが鼻で笑う。


「実際そうだよな。高ランクダンジョンの遠征中、お前に気を遣うの、正直しんどかったぜ。なんで荷物持ちのために俺らが死にかけなきゃなんねーんだか」


「カイル、それは言いすぎ……」


 リーネが小さくたしなめたが、声に力はなく、ただ空気をやわらげようとしただけに過ぎなかった。


 誰もがわかっていた。

 これは既に、決まっていたことなのだと。


 ルークは、最後の希望を込めてリーダーのヴェルトに目を向けた。

 彼はルークを何度も庇ってくれた。仲間として扱ってくれた、唯一の人間だと――思っていた。


 ヴェルトは目を伏せ、焚き火の赤に照らされた顔がかすかに陰る。


「悪い、ルーク。戦えないやつを守るのは負担だ。Sランク帯の依頼は、そういう余裕がある場所じゃない。……俺たちだけでやっていける」


 それは、突き放すのではなく、ただ“諦め”を語る声だった。

 けれど、その事実はルークの心に、突き刺さるような痛みを残した。


(やっぱり……みんな、そう思ってたんだ)


 誰も否定してくれない。

 誰も、「いてほしい」と言ってくれない。


 僕のスキルは《無限インベントリ》。

 戦えない補助職。

 物を仕舞うだけの人間。

 ただの荷物持ち――そう思われていた。


「……今まで、ありがとうございました」


 それだけを絞り出す。

 声が震えそうだったので、背を向けた。


 誰も追いかけてこなかった。

 誰も名前を呼ばなかった。

 焚き火の音だけが、背中に残った。


◇ ◇ ◇


 王都グランヴェルド。

 冒険者ギルド・中央本部。


 石畳の道に、冒険者たちの靴音が響く。

 賑やかな声、金属がぶつかる音、掲示板の紙を剥がす音。


 その喧騒の中を、ルーク・フレイアスは一人歩いていた。


(……ここに来たはいいけど)


(これから、どうしよう)


 《白銀の牙》を追放された。

 それは突然の、そして決定的な終わりだった。


 Sランクパーティーに所属していたとはいえ、自分が前線に立ったことはない。

 ダンジョンの深部に挑み、死線をくぐったのも、仲間がいたからだ。


(……ソロでやっていけるのか、僕に)


(戦闘経験は……正直、ほとんどない)


 《無限インベントリ》というスキル。

 物を出し入れするだけ。誰にでもできると思われていた。

 だからずっと、荷物を持っていただけだった。


(……けど)


(もう、誰かの後ろに隠れていられない)


 握った拳に力を込める。


 ギルド本部の大扉をくぐると、ホールは想像以上に広く、眩しかった。

 高天井から光が差し込み、冒険者たちの声がこだましている。


 カウンターへ進み、受付の女性に声をかける。


「すみません。パーティーの脱退申請をしたいんですが……」


「はい、承ります。お名前を――」


 女性職員は淡々と書類をめくり、ペンを走らせた。

 だが次の瞬間、彼女の手が止まった。


「……ルーク・フレイアスさん……?」


 目を丸くし、顔を上げた。


「えっ、あの、《白銀の牙》のルークさん、ですか!?」


「……はい。少し前まで、所属していました」


「えええっ!? 本物……!? え、うそ……っ」


 受付嬢の金髪のポニーテールが跳ねる。

 その名はリーナ・エステル。若手職員としてはかなり優秀と評判の人物だ。


「すごい……! わたし、あのパーティーずっと応援してたんです! 動画も記事も読んでて、物資の補給速度が神ってて……」


 テンションが上がりすぎた自分に気づき、頬を押さえて赤くなる。


(やばい、憧れの人目の前にしてテンパりすぎ!)


 けれど、ふと目の前のルークを見ると、どこか儚げな目をしていた。


「……脱退理由は……?」


「……追放です。“戦えない補助職は要らない”と、言われました」


 その言葉は静かだったけれど、胸にくるものがあった。


(うそ……あの《白銀の牙》がそんな理由で……?)


 リーナは思わず唇を噛んだ。

 こんな人を追い出すなんて――信じられなかった。


「……スキルは《無限インベントリ》と記載されていますね」


「はい。一応、物の出し入れに関しては自信があります。ただ、それ以外は……」


 そこまで言いかけて、ホールの空気がざわめいた。


 ギルドの入り口が開いた。


「《鋼の翼(はがねのつばさ)》だ……!」

「Aランク、また昇格近いらしいぜ!」


 数人の男女が堂々とホールを横切っていく。

 全員が揃いの黒銀のマントを羽織り、その中心に立つ赤髪の青年が、ルークの姿を見つけた。


「おーい! そこのお前……お前、ルーク・フレイアスだろ?」


 ルークは驚いて顔を上げる。思い出した――以前、合同討伐で同行したことがある。


「……はい。《鋼の翼》のアレッドさん、ですね」


「覚えててくれて光栄! あのときマジで助かったんだよな。インベントリの動きが完璧で。補給忘れたやつにも全部回してくれたし」


 その隣で、片手を上げたのはパーティーの回復役・リクス。


「え、ルークさん? 本物? 合同戦のとき、隣で回復しながら感動してましたよ。あの動き、マジで神業でしたって!」


 さらにもう一人、少女の声が割って入った。


「お、おひとりなんですか……?」


 振り返れば、そこには細身の体にぴったりと合った軽装をまとい、ショートカットを揺らす少女――斥候のミリア・セランが立っていた。


 彼女の頬はほんのり赤く染まり、声がわずかに上ずっている。


(うわ……やっぱり、かっこいい……! こんな至近距離で話すの、初めて……!)


 心臓の鼓動が耳まで響く気がする。

 ルークの目と、少しだけ目が合った瞬間、思わず視線を逸らしてしまった。


「ミリア、お前テンパりすぎ」

 そう呆れたように笑ったのは、盾役のダリオだった。


 だが、その直後――


「だったら……うちに来ませんか?」


 アレッドが真正面から、まっすぐにルークへ声をかけた。


「うち、今補助系の人材を探してるんだ。戦闘は俺たちに任せてくれればいい。安心して動ける環境、約束するぜ?」


 その言葉に、胸がぐらりと揺れた。

 認めてもらえた。必要とされている――


 ミリアも、意を決して声を上げる。


「ルークさん、あの……前のとき、すごく頼りになったっていうか、その……今度、一緒に、もう一度――」


(うわああ、なに言ってんの私!? まだ誘ってもないのに「一緒に」とか……でも……でも……!)


 彼女の声はかすれて、言葉にはならなかった。

 けれど、ルークはその真剣なまなざしに気づいていた。


「……ありがとうございます。でも……僕、戦えないんです。実際、戦闘の経験もほとんどありません。今の僕のままでは、また足を引っ張ってしまうと思います」


 ミリアの胸がきゅっと締めつけられる。


(そんな……そんなことないのに……)


 でも、ルークは真剣な顔をしていた。

 その瞳に、無理をしてるわけでも卑屈になっているわけでもない、覚悟の色があった。


 アレッドは目を細め、口角を上げた。


「……いい判断だな。ちゃんと自分で戦えるようになってから来たいってことだろ?」


 ルークは静かにうなずいた。


 アレッドは親指を立てる。


「気が変わったら、いつでも歓迎する。お前の居場所、うちにもあるぜ」


 ミリアも、ひそかに小さくうなずいた。


(……待ってますから。次は、ちゃんと隣で戦えるように、なって……!)


 そして《鋼の翼》のメンバーたちは、ホールの奥へと消えていった。


 リーナはルークを見て、そっと微笑む。


「……なんだか、いろんな人に愛されてるんですね。ルークさんって」


「……そんなこと、ないですよ」


 だけどその言葉を口にするとき、ルークの声はほんの少しだけ――あたたかかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ