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5 復讐を誓う公爵令嬢

 ユーフィシアは五歳のとき、前世の記憶を取り戻した。

 前世では王太子妃を目指した教育を受けており、マナーも勉強も完璧だ。

 ただ、五歳の幼女が何もかも完璧では不自然なのでできるだけ年相応に。だが、賢い子であると思われるように振る舞った。


 しかし、たびたび可愛げがないと言われることがあった。ユーフィシアには『可愛げ』というものがわからない。


 今世の父であるソラジュ国王もユーフィシアには一目置いてくれているが、可愛がってくれているかというと少し違う。


「お母様……私ってそんなに可愛げがないのでしょうか?」

「シア……」


 思い切って聞いてみた。

 すると、ユーフィシアのことをシアと呼ぶ母は「良いことを教えてあげる」と父の心を掴む秘策を教えてくれた。


「弱いところを見せる?」

「そう。いつも凛としている女性の弱い部分を自分だけに見せられたら、なんとなく特別な感情を抱いてしまうのよ」


 ユーフィシアは首を傾げた。


「弱いところを見せたら幻滅されたりしませんか?」

「いつも泣いてばかりでは、きっと幻滅されるわ。でも、そうではなくていつも強いのにときおり見せる弱さが男の心を掴むのよ」


 よくわからないが、母は「女は強かでないとね」と教えてくれた。

 物は試しだ。


 家族で過ごす晩餐のあと、姉が言う。


「だからシアは可愛くないのよ。そんなんじゃ大人になっても結婚できないわよ」


 よく言われることなので、気にしていないし、傷ついてもいない。姉もユーフィシアを心配して言ってくれているのだろうとわかっている。その場でも「精進します」と軽く目を伏せ応えた。

 そして食事を終えたあと、皆が部屋に戻るなか、あらかじめ父王にお願いしたいことがあると時間を取ってもらっていたので、ユーフィシアと王が食堂に残る。


「話とはなんだ?」

「ダンスレッスンの授業をもう少し増やしてほしいのです」

「それは構わぬが、シアはもう十分踊れるだろう。これ以上頑張る必要があるのか?」


 そう問われてチャンスだと思った。姉がタイミングよく問題を投げかけてくれている。

 ユーフィシアは悲しそうな顔を作って答える。


「私は可愛くないので……こうやって自分のできることを頑張るしかないのです。魅力的な女性になるためにこうするしかないのです……」


 そう言うとユーフィシアは父王に無理やり作った笑顔を向ける。


「頑張っていたら、いつか魅力的な女性になって、可愛げのない私でも結婚ができるかもしれないので」


 前向きに頑張る姿勢を見せる。だが、ポロリと涙が零れ落ちてしまう。


「シア……」


 母は言っていた。泣きそうな顔で笑って、それでも堪えきれずに涙が出るともっと良いわね、と。


「わかった。シア。ダンスのレッスンは増やしても良い。だが、お前は決して可愛くないなどと言うことはない! お前の結婚は私がなんとかしてやるから!」

「お、お父様……!」


 ユーフィシアはさらにぽろぽろと涙を流して父の胸に飛び込んだ。


 それ以降、父王はユーフィシアを可愛がるようになる。コツを掴んだユーフィシアは王宮内で敵を作らないように兄や姉にも同じように上手く懐へ入り込むようにした。

 母はそれでいい、と満足そうな表情をしていた。


「うーん、帝国と対等に繋がれるようなパイプが欲しいな……」


 晩餐のときに父王がたびたびそんな話をしていた。同じ大陸で絶大な権力を誇る帝国の属国にはなりたくないが、同盟は結びたいと考えている。同盟国になるだけで近隣諸国からは一目置かれる存在となれる。だが、ソラジュ王国と同盟を結んだところで帝国にはメリットはないため、話を持ち掛けることすらできない。


 ユーフィシアは父の執務室を訪ねた。


「陛下、帝国と同盟を結ぶ方法を思い付きました」


 ユーフィシアの言葉に父は片眉を上げる。

 十五になったユーフィシアは早いうちから王宮で学ぶ学問をすべてクリアしていたため、父の執務の手伝いも積極的にこなしていた。

 王女に執務など……と始めは執務をやりたがるユーフィシアに戸惑っていた父だったが、彼女の的確な処理に、任せる執務も増えていった。


「ラフォンディエを売ることを条件に帝国には同盟を結んでもらいましょう」


 父は「ラフォンディエはソラジュにとってただの同盟国なので、売るようなことはできない」と言うが、ユーフィシアには作戦がある。


「私がラフォンディエの王妃になります」

「っ! シアの結婚は私が何とかしてやると言っただろう! そんな危険なことはしなくてもいい」


 王妃になって国を売るなど、一歩間違えば反逆罪で死刑となる。前世の父メルローゼ公爵のように。


「陛下、私は上手くやります。もし出戻ることになったら、また私をこの国の王女として受け入れてくれますか?」

「当たり前だろう。お前はいつまでも私の娘だ。だが……シア、お前はそれでいいのか? 中年の国王に嫁がずとも、若いお前にはもっと良い縁談を用意してやれる」


 父王はつらつらと近隣諸国の未婚の王子の名前を挙げて、他の国の王子を勧めてくる。


「陛下? ラフォンディエ国王のお顔はご覧になったことありますよね。私は姿絵でしか拝見したことがありませんが、美貌の国王に心が震えました。あの方の隣に立ってみたいのです」

「ははっ、そういうことか。シアがラフォンディエに嫁ぐことは承認しよう。だが、ラフォンディエを帝国に売るという話はなしだ」


 父王が優しい顔で諭すように言う。


「ユーフィシア、お前は賢い子だが、国のためなど考えずに幸せになればいい」

「ありがとうございます。お父様」


 ユーフィシアは微笑みながら涙した。



 それからユーフィシアがラフォンディエ国王に気に入ってもらえるように、ラフォンディエについて調べたいと言えば、父王はすぐに人を遣わせてくれた。


「姫様、来月も貿易取引条件のことでラフォンディエに行くのですが、ついでに確認の必要なことはありますか?」


 外交でラフォンディエを担当している文官は、ユーフィシアがたびたび頼みごとをしてくるので、ラフォンディエに行く前に声をかけてくれるようになった。


「それって来月のいつの予定?」


 日にちを聞いて、もしかしたらと考える。


「取引条件が決まった後は最後に国王のサインをもらうのよね。もしかしたらその日ではラフォンディエ国王の予定は押さえられないかもしれないわ」

「え?」

「とりあえず、その日に約束が取り付けられたかだけ教えて」


 そして後日、その文官はユーフィシアに聞いてくる。


「姫様! なんでわかったのですか! その日は都合が悪いから別日程を、と連絡がありました!」

「いつになったの?」

「その前日です」

「そう……それなら一つお願いが……」


 父王はその文官に娘の恋を成就させるためだから出来るだけ協力してやってくれ、と言ってくれていたので、「いいですよ」と快く引き受けてくれた。

 そして文官がラフォンディエから帰ってきて報告を聞く。


「姫様の指示通り墓地で誰が来るのか隠れて見ていたら、ラフォンディエ国王が来るんですもん、僕びっくりしましたよ!」


 文官は「姫様が賢いことはよく理解していますが、人の行動パターンまで読めてしまうなんてちょっと怖いですよ」と慄いた。



「シア、そろそろラフォンディエに縁談を申し込もうかと思う。条件などもまとめないといかんのだが、何か要望はあるか?」

「陛下……正式な縁談を申し込むのは止めてもらえませんか?」

「ん?」

「先方に断る余地を与えてもらいたいのです。条件を提示し政略的に無理やり結婚させられたとなると遺恨が残りますでしょう。そうではなく自然な形で結婚したいと思いまして」


 ユーフィシアの申し出に父王は「ほう」と面白そうな目を向けた。


「そうですね。できれば私がお慕いしていることは伏せて、うちの娘はどうですか? と軽く尋ねるような。そんな手紙でも書いてもらえると。結婚に際してはうちに有利な条件で結婚できるよう努めます」

「それだけで大丈夫なのか?」


 父王は「断られたら結婚ができなくなるぞ?」と心配した。だが、ユーフィシアには勝算がある。


「大丈夫です」


 そしてユーフィシアが十六歳をすぎ、ソラジュでのデビュタントを終えると父王が年に一度のラフォンディエとの交流会があることを説明する。


「シア、隣国ラフォンディエ王国での夜会に出席しておいで」

「っ!」


 今年はラフォンディエで行うことになっており、現在日程を調整中だという。


「来月で調整中だが……」

「あの……再来月にしてもらうことってできますか?」

「ん? まあ、できると思うがどうかしたか?」


 ユーフィシアはラフォンディエ国王に良いところを見せたいので、ラフォンディエの伝統曲も完璧に踊れるようにダンスレッスンをしっかり受けてから来訪したいと話した。


「本当に健気な子だな。ユーフィシア、お前はとっても可愛い。心配しなくとも大丈夫だ。ちゃんと、ラフォンディエ国王に手紙も出しておいてやるから」

「ありがとうございます」

「日程が決まったら教えるから、ダンスの練習頑張るんだぞ」

「はい。かしこまりました」


 ユーフィシアがラフォンディエを調べ始めて一年。再来月にはアーニーの命日がある。

 前世では毎年欠かさずユフィーナとリュシアン二人で墓参りをしていたのだ。昨年の文官の報告でリュシアンは今でもアーニーの命日に墓参りをしている様子だった。

 そこで再会すればリュシアンはユーフィシアがユフィーナであると確信してくれるはずだ。



 顔に性格が表れているのか、ユーフィシアの顔つきはユフィーナとよく似ている。ユーフィシアの髪型はストレートヘアだったので、侍女に頼んでユフィーナに似せるため髪は緩くウェーブしてもらった。化粧もあれこれ指示を出し、よりユフィーナに近づけるような化粧をしてもらった。



「お兄様、私、本当はシアじゃなくてユフィって呼ばれたいです」

「え? 今さら?」


 ユーフィシアはもう十六年シアという愛称で過ごしてきた。


「ほら、シアよりもユフィの方が可愛いでしょう?」

「シアでも十分可愛いけど?」

「家族の中でユフィって呼んでくれる人は誰もいないんです。お願いできるのはパトリックお兄様だけです。お兄様だけこっそり私のことをユフィって呼んでくれませんか?」

「私だけ?」

「ええ。お兄様だけに呼ばれたい」


 あざと過ぎたかと心配したが、パトリックは満面の笑みで「わかったよ、ユフィ」と言ってくれた。



 リュシアンとのダンスで、ミスなく完璧に踊ったのは彼の隣に立つにふさわしい女性であると見せつけるため。

 彼との会話の中でラフォンディエ王宮の庭園の花の話題になった。

 前世でジニアが好きだったユーフィシアは今世で前世の記憶を思い出してから、ジニアの花を育てたいと調べたことがある。

 『ジーニャ』の花と聞いていたため調べることにかなり時間がかかったが、彼がジーニャと言っていた花がジニアであることは知っていた。発音が似ているので、リュシアンは聞き間違えて覚えてしまったのだろう。

 だが、会話の中で相変わらず彼がジーニャと言っており、懐かしい気持ちになった。

 ジーニャは何かなど聞き返さなくても良い。ヒントを与えておけば、アーニーのお墓で再会したとき、スムーズに話が進むだろう。




 アーニーのお墓の前でリュシアンがユーフィシアを抱きしめた。


「ユフィ、君を愛してる」


 ユーフィシアはリュシアンがこの言葉を言ってくれるとわかっていた。


 一年前、墓地でリュシアンのことを盗み見していた文官が教えてくれたのだ。


「ラフォンディエ国王は、墓石に向かって何度も『ユフィーナに伝えてくれ』『僕のせいだごめん』『本当は好きだった』と繰り返していましたよ。彼の忘れられない人というのはユフィーナという女性ですかね」


 その話を聞いてリュシアンは冤罪の事実に辿り着いたことを知る。そして、ユフィーナに対しての想いも。




 ユーフィシアの前世の父、メルローゼ公爵はよく言っていた。


「この国は終わっている」


 当時のラフォンディエ国王は傲慢で愚かな王だった。自分に苦言を呈するものは権力を使って強引に排除する。

 彼は国民の血税を貴族にバラまき、頻繁に夜会を開き己の欲を満たしていった。

 この国がまだ国の形を保っているのは愚王の周りで賢く立ち回り、王には気づかれないように国を正常な形に指揮している者がいたからだ。


 父はいつか国王を引き摺り下ろそうと不正の証拠を集めていた。


 ユフィーナをリュシアンの婚約者に推したのも、もしこのままリュシアンが王になり不正が続けられるのであれば、ユフィーナにその証拠を掴んでこさせるためだ。父からは良く言い聞かされていた。

 リュシアンが王になり国を正しく導いてくれれば良いが、そうならないのであれば、帝国の属国になることも視野に入れていると話していた。


 この話を聞いたときにはすでにリュシアンのことが好きだったユフィーナは、優しく完璧な彼ならこの国を助けてくれると信じていた。

 父が動く前に、彼がきっと国を建て直してくれる。そうあって欲しいと願っていた。

 そしていつまでもユフィーナはリュシアンの隣で彼を支える存在でありたいと思っていた。


 父は帝国とも繋がりを持っている。それは国が把握しているようなものではなく、王家を排除できるほどの不正の証拠が集まったあかつきには帝国の属国にしてもらうための繋がりで、細かな条件などの相談もしていた。


 国に知られれば反逆罪で捕まるような相談をしていたのだ。


 だから、父が「立ち回りが悪かった」と言ったとき、とうとうこの日が来てしまったのかと覚悟した。

 そのときリュシアンは十七で、自分で物事を調べて判断できる年齢だった。

 彼が少し調べれば、国の状態がどのようなものなのかわかるはずだ。父のしていたことは単なる反逆罪ではなく国のための活動であることを理解してくれれば、父やユフィーナたちのことを助けてくれるかもしれない。


「君が泣いて助けを乞うならなんとかしてあげるよ」


 この台詞を聞いたとき、こんな王子に国を任せてはもうだめだと思った。

 帝国との本当の繋がりを突き付けられたのであれば諦めもついただろう。しかしリュシアンが言ってきた罪は冤罪だ。


「つまらない」


 泣くとか笑うとかそんなくだらない理由で父は処刑されたのだ。弟は逃げることができたようだが、リュシアンの話では母の死も国王が裏で糸を引いていたらしい。


 幸い、母を殺した国王も、父が処刑される原因となった冤罪の証拠を捏造したルチェール伯爵もまだ生きている。


 彼らを生かしておいてくれてありがとう。


 ――お陰でこの手で復讐を果たせるわ。


 泣いている姿が見たいのなら、いっぱい泣いてあげる。

 笑っている姿が見たいのなら、いっぱい笑ってあげる。


 ――最後にはあなたの絶望する顔をいっぱい見せてちょうだいね。


「ユフィ、君を愛してる」

「私も愛してるわ、リュシー」


 彼女は彼の求める答えを告げてやるのだった。

短編で上げても良いような文字量でしたが、続きが書けそうな気もするので、連載形式で投稿してみました。

こちらで完結にしますが、いつか続きを書けたらいいなと思います。

拙い文章でしたがお読みいただきありがとうございました。

評価いただけると嬉しいです。

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