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4 王となった王子と王女となった公爵令嬢の再会

「陛下、そろそろご結婚のことを考えてください」


 その言葉はもう聞き飽きた。だが王家の血を絶やしてはいけないことも理解しているので、そろそろ本格的に考えなければ、と憂鬱だった。

 しかし、どうしても気が乗らない。ユフィーナのことが忘れられないのだ。彼女に似た女性であれば、心が動くことがあるかもしれないと、金髪に若草色の瞳に似た色を持つ女性を探してもらったこともあった。

 だが、やはりどんな女性も彼女の存在ほど心を揺さぶられることがなく、リュシアンは次第に諦めるようになる。


「どんな美貌の王でも三十五を超えて独身では国の威信にかかわりますよ」


 王妃の座が空いていること自体、すでに大問題なので、家臣からはかなりせっつかれていた。

 彼女でないのであればどんな女性でも同じだ。そろそろ腹をくくるべきなのだろう。


 そんなとき隣国のソラジュ国王から書簡が届く。

 年に一度行われていた交流会には王子と王女を遣わせると。そして王女との縁談を考えてくれないか、という内容だった。

 その王女というのは第五王女でまだ十六歳だという。一方リュシアンはもう三十四だ。年の差がありすぎる。

 貴族の結婚ではよくあることだが、さすがに王女にも申し訳ない。正式な縁談の申し込みでもないので、断る方向で進めようと考えた。




「はじめまして、ラフォンディエ国王陛下。ソラジュ王国第五王女、ユーフィシア・ギイ・ソラジュでございます」


 礼をし、顔を上げた彼女を見てうんざりとした。

 彼女はユフィーナと同じ金髪に若草色の瞳をしていたのだ。緩くウェーブした髪型も同じで、ユフィーナと顔つきまでそっくりだった。


 一時期、リュシアンがユフィーナの面影を探して金髪に若草色の瞳の女性はいないかと話した際、似たような色を持つ女性がたくさん集まった。

 ソラジュ王国もそれを聞きつけ、ユフィーナの色を持つ女性を送ってきたのだと思った。


 言外に自分は王女には興味がないという意味を込めて「我が国に良い者がいれば気軽に言ってくれ」と言った。

 彼女はショックを受ける様子もなく「ありがとうございます」と言った兄パトリックと一緒にホールへ戻ろうとした。だがそのときパトリックが発した「ユフィ」という言葉に反射的に身体が動いていた。

 ユーフィシアの腕を掴んでいたのだ。いきなり腕を取るなど紳士としてあるまじき行為である。

 だが、今は彼女をこのまま行かせてはいけない気がして、強引にダンスを踊る権利を得た。



 踊ってみてわかった。彼女はきっとユフィーナの生まれ変わりだ。

 ユフィーナであることを隠そうとする動きが裏目に出たのだ。


 ユフィーナと踊った曲は我が国の伝統曲。ファーストダンスはいつもこの曲と決まっている。だがこの曲は女性パートのある箇所の足さばきが非常に難しく、上手く踊れる女性は非常に少ない。

 間違っていても指摘するのはダンス教師くらいなのだが、ユフィーナもいつも失敗を誤魔化しながら踊っていた。

 だが初めて我が国の夜会に参加したユーフィシア王女は完璧に踊ったのだ。もちろん夜会に参加する前にその国の伝統曲くらいはレッスンしてくるだろうが、付け焼刃で上手く踊れる女性はなかなかいないだろう。


 ダンスを必死に練習したという可能性も否めないが、彼女はリュシアンとの会話の中で失敗をしている。


 リュシアンはダンス中、ユーフィシアとの会話の中で王宮の庭に咲く花について話した。


「今の時期はユリやキキョウが満開なんだ。ジーニャも色とりどりで綺麗だよ」


 昔ユフィーナが好きと言っていた花も交えて説明した。


「まぁ、素敵ですわ」


 その反応を聞き、リュシアンは「帰る前に庭園に寄っていくと良いよ」と返した。

 この会話でユーフィシアがユフィーナであることを確信した。


 まず、この世界に『ジーニャ』という名前の花はない。幼いころからリュシアンが『ジニア』を『ジーニャ』と間違えて覚えていたのだ。

 リュシアンがユフィーナの好きだったジーニャを用意しようと庭園で庭師に「ジーニャの花束を用意して欲しい」と頼んだ。そしてそのとき庭師が進言してくれて、ジニアの名を間違えて覚えていたことを知った。

 ジニアの花はそこら中で咲いているような花ではなく、珍しい花を育てようと遠い異国の地から種を取り寄せ、王宮の庭園でのみ育てている花なので、ジニアの存在を知る者が少ない。

 彼女がユフィーナでないのであればきっと「ジーニャとは何ですか?」と答えるはずなのだ。


 ジニアを知っていて、かつジーニャと言っても会話が通じる者はユフィーナ以外いないのだ。



 ユーフィシアは来週帰国予定だが、彼女がユフィーナであるならば、きっとあることをしてから帰るはずだ。



     ◇



「アーニー……十七年もここへ来ることができなくてごめんなさい」


 夜会の三日後のこと。

 ユーフィシアはポピーの花束を用意して、アーニーの墓に手向けた。


 今回の夜会がアーニーの命日の三日前だと知ったとき、必ずここへは訪れたいと考えていた。

 前世ではアーニーの命日に毎年必ずポピーの花束を用意して弔いをしていた。

 大好きでリュシアンと一緒に可愛がっていた犬。

 アーニーが生きていたころは楽しかった。

 ユーフィシアは思い出を懐かしんでから「帰りましょうか」と侍女と護衛に声をかける。


「ユフィ、君ならきっと来ると思っていたよ」

「っ……!」


 現れた人物を見てユーフィシアは大きく目を見開いた。


「ラフォンディエ国王陛下……本日はご機嫌麗しく、先日の夜会では──」

「ユフィ? アーニーへの弔いは終わった?」


 すぐに姿勢を正して、挨拶をするが被せるようにリュシアンが話しかける。リュシアンは何もかもを見透かしたようにじっとユーフィシアを見つめている。

 完全にバレている。今日用意したポピーの花束があっては言い訳などできない。


「ご、ごめんなさい。あなたの前に二度と姿を現すまいと思っていたのに……」


 ユーフィシアはリュシアンから目を逸らす。


「すぐにこの場を去りますから」


 急いで踵を返して、その場から逃げ出そうとした。


「待ってくれ!」


 リュシアンに腕を掴まれ「私に少し時間をくれないか?」と懇願される。


「ずっと謝りたいと思っていたんだ!」

「あやまり、たい……?」


 どういうことかわからない、という顔をした。


「公爵は……メルローゼ公爵は冤罪だった。公爵を邪魔に思った父が捏造された証拠に便乗して、冤罪で処刑したんだ……!」

「えんざい……」


 ユーフィシアが呆然と話を聞くと、リュシアンが懸命に説明する。

 ユフィーナが処刑されてから、騎士団長と秘密裏に捜査しルチェール伯爵が冤罪の証拠を捏造していたことに気づいたこと。ユフィーナの母が殺された経緯。ジュストは処刑前に脱獄して処刑をしていないこと。

 そして、王家が冤罪を認めるわけにいかず、前王は隠居、ルチェール伯爵は大臣失脚と子爵への降格の処分にしかできなかったと、話してくれた。


「本当に君には申し訳ないことをした」


 リュシアンが地面に頭を擦りつける勢いで謝罪をしてきて、ユーフィシアは「やめてください!」と声を上げた。


「父は……謀反などしていなかった……そういうこと、ですよね」

「ああ。僕が……僕がもっと早く調べていれば……。それに公爵の冤罪を公表することができず結局なんの償いも……」


 興奮のせいかリュシアンの昔のように一人称が『僕』になっている。

 俯くリュシアンの頬をユーフィシアが両手で包み込む。


「顔を上げて、リュシー……私、お父様が国を裏切ってないってわかってホッとしているの」


 リュシアンが泣きそうな顔を上げてユーフィシアを見る。


「ずっとお父様を尊敬していたの。これからもお父様のことを尊敬し続けてもいいってことよね」

「あ、ああ……でも、僕のせいで公爵は……それに君……ユフィーナも……」


 リュシアンが顔を歪ませる。


「僕がしっかりしていればこんなことにはならなかった。なんであのときあんなことを言ったのかと後悔してるんだ」


 リュシアンは「泣いて助けを乞うならなんとかしてあげる」と言ったことを心底後悔しているようだった。


「ずっと君の笑った顔、泣いた顔、素直に感情が動く顔が見たかった。だからあんなひどいことを……」


 リュシアンが着ていたフロックコートの胸ポケットから短剣を取り出す。


「ずっと君を大切に思っていたはずなのに、最後まで君のことを守らなかった。僕は最低だ。僕なんて、死んで詫びるべきなんだ」

「や、やめて!」


 ユーフィシアがすぐにリュシアンの手を全力で叩いて、手にあった短剣がカランと地面に落ちていった。


「これ以上、私の……私の愛する人を殺さないで……」

「愛する……人……?」


 その言葉を聞いたリュシアンが大きく目を見開いた。


「ええ。出会ったころからあなたのことが好きだった。いつも私を気遣ってくれるあなたのことを……」

「僕のことが……?」

「ずっとあなたの隣に立ちたくて必死だった。完璧なあなたの隣に立つには弱い自分ではいけないと、あなたに迷惑をかけてはいけないと、私は一人で頑なだった……」


 辛くても泣き言をいうことなく頑張ってきた。


「でもそれは間違っていたの。もっとあなたを頼ればよかった。あなたに助けを求めればきっとあなたは助けてくれた。それをしなかったことを後悔しているわ」


 そしてユーフィシアはとびきりの笑顔をリュシアンに向ける。


「もっとあなたと笑い合えばよかった」


 そして笑顔を向けたまま、ツーッと一筋の涙を流す。


「あなたにちゃんと助けてって言えばよかった」

「ユフィ……」


 ユーフィシアは一呼吸おいてから少し頬を赤らめる。


「そして、あなたに……愛していますって伝えればよかったの……」


「ユフィ!」


 リュシアンがガバッとユーフィシアを抱きしめる。


「ごめん、ごめん、ごめん……! 僕が悪かった。許してくれ。もう一度、君とやり直したい」


 リュシアンが必死に声を上げ、かすれた声で「お願いだ……許して……もう一度チャンスを」とユーフィシアに縋るように乞う。


「許すなんて……ねえ、リュシー……私、今世こそは幸せになりたいの。あなたは私を幸せにしてくれる?」


 ユーフィシアはリュシアンを見上げで試すように笑った。


「僕に……その権利はあるのかな……」

「幸せにしてくれたら許すわ」


 そう言ってしな垂れかかるとリュシアンは「頑張るよ」と一層強くユーフィシアを抱きしめる。


「ずっと君の面影を求めていた。今度こそ、この手を離さない……! ユフィ、君を愛してる」


 リュシアンから初めて聞いた「愛してる」という言葉。ようやくその言葉を聞くことができ、ユーフィシアはまたポロリと涙を流し、彼の胸の中で安堵した。


 ――やっとだわ。いいえ、まだこれはスタートライン。これから始まるのよ……!


 リュシアンの死角でこっそりとユーフィシアの唇は弧を描いたのだった。

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