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3 転生した公爵令嬢

 ユフィーナが転生したと気が付いたのはユーフィシアとして生まれて五歳になったときだった。


 何の因果かユーフィシアは前世ユフィーナの生きていた世界と同じ世界で生まれ変わっていた。

 ちょうどユフィーナが処刑された時期にユーフィシアは母のお腹に宿ったらしい。


 ユーフィシアはラフォンディエ王国ではなく隣のソラジュ王国の第五王女として生まれた。

 前世の記憶をそのまま持って生まれ変わったユーフィシアは賢い子だともてはやされる。

 ラフォンディエ王家では末っ子のユーフィシアは、可愛げがないと言われることもあったが、それについては王妃である母が助言をくれ、十五になるころには親兄弟から可愛がられ、多少のわがままも許されるほど幸せな環境で過ごすことができた。


 ユーフィシアは転生したと気づいたときからいろいろと気になることがあったが、幼い少女が何かを調べまわって不審に思われてもいけないため、相応の年齢になるまで我慢していた。


「姫様、ご指示のあったリストが作成できました。お時間のあるときにご確認を」

「ご苦労さま、ありがとう」


 ユーフィシアはすぐにそのリストに目を通す。


 前世の父、メルローゼ公爵とユフィーナの名前は見つけることができた。だが、ジュストの名は見つけられなかった。


「良かった……! 逃げられたのね……」


 用意してもらったのはラフォンディエ王国の処刑者リスト。転生したと気づいてから十年間ずっとモヤモヤしており、これで一つすっきりした。

 そしてユーフィシアはラフォンディエ王国についてもっと調べた。

 どうやらあれからすぐに国王はリュシアンに代わったようだ。王妃はまだいない。

 リュシアンはエミーリアを気に入っていた様子だったので、てっきりエミーリアが王妃の座に就いていると思ったが、意外にもそこは空席だった


「ラフォンディエの美貌の国王はどうやら忘れられない人がいるとか、そういうお噂があるみたいですよ」

「そう」


 ユーフィシアは表情を変えずにそう答えた。

 それから一年後のことだった。


「シア、隣国ラフォンディエ王国での夜会に出席しておいで」

「っ!」


 今世の父王に言われ、少し瞳を揺らしてから「かしこまりました」と頭を下げた。

 このソラジュ王国とラフォンディエ王国は友好的な関係を築いている。

 今度のラフォンディエで開催される夜会には今世の兄パトリックと一緒に参加するようにと指示された。



 とうとうこの日がやって来た。前世で恋したリュシアンとの再会だ。


「ユフィ、知ってるかい? 父上、ラフォンディエ王国の国王にうちの末娘はどうですか? って手紙出してたぞ」

「え……そうなのですか……?」

「ああ、見初めてもらえるように頑張れよ!」


 貴族の結婚となると政略的なものも多く、十以上歳の離れた相手へ嫁ぐことなどよくあること。兄にはそう言われたが、ユーフィシアは夜会で積極的にリュシアンに何かしようなどと考えていない。

 それよりできればラフォンディエの貴族令嬢と交流したいと考えていた。



「──ええ、我が国では喜劇よりも悲恋のお芝居の方が人気で」

「悲恋が得意な劇作家が登場したとお聞きしましたわ」

「そうなのです。彼は劇作家なのですが詩人でもあり──」


 ユーフィシアは人気の話題をいくつか用意して夜会に挑み、ラフォンディエの貴族令嬢に積極的に話しかけた。

 ラフォンディエの貴族のことは王太子妃教育でよく学ばされていたこともあり、家名を聞くだけで、領地の場所や名産物がわかるので、夫人らと挨拶をしても会話に詰まるということもなく、この国の貴族ともそつなく交流して、夜会を過ごしている。


「あ、陛下がいらしたわ!」

「今日も素敵ね……!」


 この国の令嬢たちが現れたリュシアンをうっとりと見つめた。

 十七年ぶりに見たリュシアンは面影はそのままに男らしく貫禄のあるたち振る舞いでやってきた。

 髪型も以前とは違って前髪を上げ、大人っぽい雰囲気に変わっている。

 つい、ほう、と声が漏れる。


「陛下はあの美貌でまだご結婚をされていないのはなぜなのでしょう? 縁談だってたくさんあったでしょうに」


 自然な流れで聞くことができた。


「女性に興味がないのですよ」


 どれだけ積極的に話しかけても、皆つまらないという顔で冷たくあしらわれるという。


「ダンスなども断れないお相手としか絶対に踊らないわ」


 たとえば他国の女王陛下など、と説明をしてくれた。


「以前交流会で我が国にいらした小国の王女様はそれとなくダンスカードを見せて、お名前を書いてほしい素振りをしてみえたけど、陛下がカードにお名前を書くことはありませんでしたわ」


 そうなると、今日リュシアンがユーフィシアとダンスを踊ることはないだろう。


 令嬢たちとの歓談を終えると貴族令息がやってきてユーフィシアのダンスカードに名前を書き、全ての予定が埋まった。


「ユフィ、ダンスが始まる前に陛下に挨拶へ行こう」

「はい」


 これは避けては通れない。

 ユーフィシアは兄パトリックとともに挨拶に向かう。


「ラフォンディエ国王陛下、本日はお招きくださり、ありがとうございます」


 パトリックが礼をし自己紹介する。そしてユーフィシアを紹介し、目線を下げて淑女の礼をした。


「ようこそ、パトリック王子とユーフィシア王女。今宵は我が国の伝統料理や自慢のワインなども用意させているので、ぜひ楽しんでいって」


 リュシアンはそう述べたあと思い出したかのように一言添える。


「ああ、ユーフィシア王女には婚約者がまだいないとソラジュ国王からお聞きしたよ。我が国に良い者がいれば気軽に言ってくれ、できる限りのことはしよう」


 パトリックがにこやかな顔で「ありがとうございます」と返事をした。

 先ほどパトリックは父王がリュシアンへ手紙を出したと言っていた。その答えが今の言葉に繋がるのだろう。

 パトリックがユーフィシアに残念だったな、と肩をすくめて目配せし、ユーフィシアは軽く目を伏せ、礼をする。


「では、失礼いたします」


 挨拶を終え、ホールへ戻ろうとパトリックが「行こうか、ユフィ」と声をかけた。


「ユフィ……?」


 リュシアンの口から久しぶりに聞いた自身の名に、ユーフィシアはドキリとした。


「待ってくれ……!」


 パシリと腕を取られてビクリと肩が振れる。振り向くと、リュシアンは思わず身体が動いてしまったのか、瞳をうろうろさせて動揺した様子を見せた。


「あ、すまない……! えっと……ユーフィシア王女、私とダンスを踊っていただけないか」


 すぐに手を離され、代わりにダンスに誘われる。


「え? あ、あの……ダンスカードが……」


 ユーフィシアのダンスカードはすでに埋まっている。リュシアンが名前を入れられるような空きはない。


「見せて」


 リュシアンはユーフィシアの取り出したダンスカードを取り上げ、カードと一緒に挟んでおいたペンでさらさらと何かを書く。


「これで私と」


 返されたカードには一番上に書いてあった名前の上に線が引かれて消されており、代わりにリュシアンの名が書かれていた。

 リュシアンはすぐそばに控えていた侍従に「この者に王女とのダンスの時間は私が使わせてもらうと伝えてくれ」と言伝を頼む。

 国王でなければ絶対に許されないマナー違反。だが、国王からの命であれば、誰も文句は言えないだろう。強引な手段にユーフィシアは驚いたが、パトリックは嬉しそうに「妹をお願いします」とエスコートをリュシアンに託す。


「ユーフィシア王女、お手を」

「あ、は、はい……よろしくお願いいたします」


 リュシアンに手を差し伸べられ、そっとその手に自身の手を乗せ、リュシアンは優雅な足取りで演奏隊の近くへ向かう。

 普段踊らない国王の動きに皆が注目した。そして、王に続いて高位貴族から立ち位置を決め、リュシアンが軽く手を上げて演奏隊に合図を送ると曲が始まる。


 ユフィーナは転生してユーフィシアとして生まれた。似たような名前をつけられたのは神様のいたずらだろうか。

 リュシアンはまだユーフィシアの名前に反応しただけだ。たまたま同じ愛称だったから。

 探るような目でユーフィシアをじっと見てくる。

 まだはっきりと何かに気づいたわけではなさそうだ。不審な行動さえ取らなければ……。


 流れ始めた曲は前世でリュシアンと何度も踊った曲だった。


 いつも同じところで足をもたつかせてしまっていた。何度もレッスンで叱られリュシアンが「泣いてもいいんだよ」と慰めてくれた。

 社交界デビューをしてからリュシアンとファーストダンスでもこの曲を踊った。いつも足がもたついて失敗していたところは、上手く誤魔化して踊っていたが、実は完璧に踊れたことはなかった。


 お辞儀をして踊り始める。


 同じところで失敗をしてはいけない。ユフィーナと同じ失敗をしないよう丁寧に踊る。

 踊りながらわずかに交わす会話は当たり障りのない会話。曲が終わって再びお辞儀をした。


「貴重な時間をどうもありがとう、ユーフィシア王女。帰国は来週だと聞いているよ。それまで我が国でゆっくりと過ごしてくれ」

「こちらこそありがとうございました」


 恙なく踊ることができたはずだ。始めは怪訝な顔で踊っていたリュシアンも疑うことをやめたのか最後は穏やかな顔で礼を言ってくれた。

 そのあとはダンスカードをこなすように夜会を過ごし、何人かの貴族令嬢と茶会の約束をして、夜会は終わった。


 この国での一番の目的を果たしたので、あとは帰国日を待つだけなのだが、ユーフィシアにはもう一つだけやりたいことが残っていた。

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