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第三希望はスイーパー〜配属ガチャでハズレの私はクエストの後始末をする〜

掲載日:2025/04/03

「大抵は第一希望が通るよ。そうなるようにくんでくれるから心配しないでね」

 ギルドのお姉さんがそういうと彼女は胸をなでおろした、なでおろすような胸はないけれども、とシュティエは拳を胸にあてた。

「じゃあ、第一希望は受付嬢と」

 調査希望書に筆をはしらせたシュティエは第二希望でつまずくと、業務紹介の参考書類を開いた。

 シュティエはギルド公務員の試験に合格し、新年度からギルドで働くために勤務先に訪れていた。ギルドは街中の冒険者を集めて宴会を開いても収まるほどに広く清潔に保たれていた。シュティエは清掃業務のページをめくって目についた二つを書き込んだ。

「これでよしっ」

 ギルドのお姉さんは第一希望は通るといった。シュティエはそれを信じてギルドのお姉さんに希望調査書を提出した。第二希望以降は聞き馴染みのある単語を選んだだけであったが、ギルドのお姉さんは書類を受け取るとウインクを彼女に贈ったため、シュティエも気分よくスキップをして帰路に着いた。

 ギルドの研修を一通り受け接客と大まかな業務内容を把握したのは一週間後であった。その日は配属先通知の日であり、ギルド公務員に合格した新入社員の十数名は整列して一人ずつ配属先を言い渡された。

「シュティエ・リオンの配属先は――スイーパー!」

 ギルドのお姉さんは声高らかに告げた。そこには先週のアンニュイな受付嬢をするギルドのお姉さんはいなかった。

「スイーパー……?」

 シュティエは首を傾げた。他の新入社員一同も首を傾げた。


「いやいや、第一希望が通るように組んでくれるって教えてくれたじゃないですか!」

「汲んでくれる、ね? 誰も第一希望が必ず通るとはいってないもの。決めたの私じゃないし、恨まないでよねッ」

「でっでもお。受付嬢になりたかったのにい……」

 ギルドのお姉さんは足を組み煙の出る巻いたものを吹かしながらカウンターでシュティエの言い分に白煙をふきかけた。

「それに何よ、なんでスイーパーなんて書いたわけ? それは自業自得でしょ」

「ぐすん。スイーパー……それって何やる仕事なんですか、受付嬢と似て非なるものなんですか?」

「貴女、知らないで書いたの? だから第二希望は保険かけときなさいってあれ程いったじゃない」

「……いってないですし聞いた覚えがない嘘をつかないでくださいいそれに通ったの第三希望ですからあ! っもう、スイーツみたいで美味しそうだから選んだんですよ、これで泥臭い仕事だったらギルド公務員試験をわざわざ受けた意味がないってもんです」

「本当に知らないのね、なら自分の目で確かめるといいわ」

「それが」

 シュティエは肩に提げた鞄から一枚の紙を取り出すと折り目を伸ばしてギルドのお姉さんに要所を指さした。不安そうな顔つきの彼女を見た受付嬢は重そうな腰を上げて覗き込んだ。

「地図だと、受付のところにピンが立っていてここだと思ったんですけど、行き方がわかんなくて」

「それなら裏にある小屋に入って奥に階段があるから。小屋はそっちの裏口から外に出るといいわ」

 ギルドのお姉さんは受付に向かって左側の扉を指さすと再び足を組むように座した。幸運を願っているわ、といわん表情で見送る姿にシュティエは、表情筋が剥がれるような人間の悍ましい一面と上っ面の優しさに顔がひきつってしまった。

 小屋は小柄なシュティエが見上げる大きなもので、高さはギルドにひけをとらない。目線を拳ひとつ落とした先の取っ手に手をかけて横に引くと昼に差しかかるとは思えないほど暗がっていた。ギルドの陰に隠れて日が入ってこないのだ、おまけに窓はひとつしかない。翌目をこらすと、そのフロアにはスイーパーの手がかりとなるものはなさそうに見えた。机と椅子、書類が山積みになり今にもなだれるようだった。

「おっとと」

 シュティエはドアの縁に手をかけて前に進んだが、コロンと音を立てた何かを蹴ってしまった。彼女は穿き物の裾を上げて膝を折ると、やっと慣れ始めたまなこをそれに近付けた。余力で動いた中身が彼女に向いた。中身は液体に付けられた『オークの眼球』であった。

「ひぎー!」シュティエは尻もちをついた「め、めめめ、め、めめめめ、めだッ!」

 シュティエが腰を抜かしていると、暗闇の奥に微かに見える下階行きの階段から声が手を伸ばしてきた。

「ぉーぃ」

 その声は心臓が飛び出ては収まってを繰り返す彼女の耳には遠く聞こえた。鼓動が耳の膜を叩いて中に入りたがっている。大きく空気を吸い込んで驚愕を追い出すと、音は耳に入ってくるようになった。

「新入社員かー? 臆することはねえ、勇気振り絞って降りてきてくれ!」

「はっはえ!?」

 下から聞こえたのは年季の入った声だった。シュティエは声が裏がえるも歓迎に答えて立ち上がる。オークの眼球を見ないように手で隠しながら進み、階段の手すりに体重の半分を預けて分針が動くと光が強くなった。足元に不安が無くなると前を見れるようになったが、降りたところで大きく柔らかな物体にぶつかった。

「わわ、すみませんすみません」シュティエが見上げたそれは眼球のないオークであった。「ひぎー!」

「大丈夫か嬢ちゃん、ほら座って座って」

 されるがままに着席したシュティエは目をこすってにじんだ光を取り込んだ。ぼやけた視界は次第に焦点を合わせ、一人の巨漢を認識した。

「新入社員は君だね」

「はい、お世話かけました」

「ははは、これからお世話になるんだよ、互いに」

 シュティエが見上げるほどの巨漢は白髪にオーバーオールがよく似合う初老に見えた。思えば小屋のでかい扉は彼に合わせて作られたのかもしれない、と彼女は感じていた。

「ここはクエストの後始末を兼ねてモンスターの死亡確認や環境被害を抑制する環境管理清掃課、通称スイーパーと呼ばれているね」

 落ち着きのある声音、辺りを見渡した彼の先には物騒な器具と薬品が並んでいる。

「私はジオ・ルグイユ。気軽にジオと」

「申し遅れました、私はシュティエと申します。本日からよろしくお願いします!」

 律して立ちあがったシュティエはカバンから書類を手渡した。

「ちなみに」

「へ」

 ジオは彼女にぐんと近寄ると声細く尋ねた。周りに人は見当たらない。

「第何志望ですかな」

「だ、第……三志望です。すみません!」

「いえいえ、自分を責めることはありませんよ。ったく編成の連中ときたら」

 怒るような口調のジオだが顔色は変わらない。シュティエから視点を変えると斧や剣の方をまじまじと見つめた。

「ど、どうかお気に召さないことを……?」

「はあ……シュティエも見て分かるように、この仕事って怖いんですよ。だから皆やりたがらないのですが何年かに一度、志望しただけの子を寄越してくるんですよ」

 それって私ド直球だ、とシュティエは青ざめた。

「シュティエは、スイーパーを知っていたのですか?」

「なんといっていいのか、全く存じ上げておらず……スイーツに似ているなーと思って書いてしまいまして」

「ほう、なら皆と同じだ」

「同じ?」シュティエは首を傾げた。

「ここは私が立ち上げた課なのですが、ここへやってきた皆一様にスイーツと似ていて美味しそうだからというのです。地味な仕事なので知られていないのは私と広報部が周知に力を入れないからなのは重々承知していますが、何故も美味しい職場が甘いと思うのやら」

「すみません」

「いいのですよ、私は編成部署に伝えておきます。シュティエも配属されたからにはスイーパーの仕事をしてもらわなくてはいけませんが、新入社員は再編成が半年後にありますから打診するといいです」

 シュティエは四つの壁を順々に見て心臓が縮こまるのを感じた。器具と薬品、武器、ポストと剥製、鏡が並んでいるのを見て再編成の時期を手繰り寄せようとジェスチャーをした。ジオは何をしているのですか、とクスリと微笑み茶を入れ始めた。

「業務内容はシンプルですが如何せん体を酷使する上に移動の多い仕事です。普通魔動車一種免許か普通魔動二輪免許の取得をおすすめします」

「それなら、両方とも取得しています」

「ほう、何にお乗りで?」

「スーパーラディッシュc50です」

「おやおや、ラディッシュライダーですか。実は私もラディッシュライダーで、愛車はヨッスィのスーパーラディッシュc125なんですよ」

「本当ですか! 私も学生時代から愛用しているラディッシュはヨッスィです、あの愛らしいバイクのフォルムと色合いが癖になるんですよねっ! バイト沢山して買った初めてのラディッシュで愛着が湧いて湧いて」

「ほっほ、まさかラディッシュライダーだとは、いい趣味ですな、自分でいうてますけどもッ!」

「「あははは」」

 ヨッスィのスーパーラディッシュは世界で最も売れたバイクとも呼ばれている、車両メーカーヨッスィを代表して初の作品なのだ。

 ジオは菓子を口に運び茶を流し込むと咳払いをした。

「話が浮いてしまった、業務内容でしたな。まず、クエストを達成した冒険者がギルドに訪れると、受付からそこのポストに業務完了報告書が投函される」

 ジオは壁に着いたポストを指さした。

「投函された報告書を確認してクエストが『本当』に達成されたのかを確認するのが仕事です」

「本当に、ってことは嘘でクエスト達成したっていう冒険者がいるんですか?」

「疑ってかかる仕事ではない、と初めにいっておくべきだった。悲しい事に嘘を報告する冒険者もいる、しかし殆どいない。それがまかり通るのはギルドではないからな」

 シュティエはジオの説明に耳を立て手元の手帳に言葉を書き起こしていた。

「通常、冒険者が報酬を受け取るまでにかかる時間はご存知かな?」

「ええと? その日というか、すぐに貰えるものかと思います。けれど話を聞いていると時間がかかるものでしょうか」

「ああ、時間がかかる。厳密にはこの仕事を体現する時間がかかる。我々スイーパーが報告書の通りかを確かめる時間があって、初めて冒険者は報酬を受け取るのです」

「スイーパー、初めて知った職種ですが奥が深いです」

「でしょう」

 シュティエの筆が止まった。悩むように頭にペン元を押し付け、書き記した内容を目でなぞった。

「ずっと気になってたのでお聞きします……そのオークとスイーパーは、ど、どういうご関係で?」

 彼女は恐る恐るオークを指さす、その指先は一点を蜂が踊るように震えていた。

「そいつがこの仕事の一番の難点とでもいおうか、クエストの種類はまちまちだが、飼い魔獣の散策、地方の降水量調査、モンスターの討伐と誰でも何でもギルドはクエストとして掲示板に精査して貼り付ける。中でも」

 ジオはオークを上から下へと見た。血抜きがされているようで腐る様子はなく肌は砂ひとつ付着していない。まるで生きようとしている人形、といえば物好きな収集家が買値を与えるやもしれない。

「モンスターの討伐は達成確認に時間がかかる。倒したモンスターはその場でどうしていると思う? 血を吹き出し腐敗臭が蔓延し土や木、水をダメにする。だからこうして回収するのもスイーパーの仕事です、あと、全体を提供できない場合は体の一部を提出することで前金を与えるようになっていますが、欠損部位を持ち帰りクエストを達成したと宣う人もいますから、本当に討伐したのかを確認しにいくのも大事な仕事なのです」

 シュティエは感心した。世の中には見えていない仕事があって、その仕事こそ規律を支えている。まるで精巧な歯車が寸分の狂いなく時間を示しているにもかかわらず、上面の重厚感に気を取られて本質を見失っているようだ、とどこかのだれかがいっていた。

「やってみるのが早いでしょう、慣れです」

 シュティエは緑体をまたいで避けるようにジオの横を通り、ポストに手を伸ばした。


『スライム討伐/ナンデソンナコト東端のイーツラノ川/冒険難度★☆☆☆☆(初級指定)/冒険者名:ギゼン/報酬:五万トイル(一匹一千トイル換算)/報告:スライム五十匹を討伐/提出部位:五匹分の液体/前金:五千トイル』

「怪しいです。ひじょーに怪しいですよ」

「こいつはずる賢く生きてやがりますね」

 舌が届くほど近距離で眼力を凝らして報告書を見つめるシュティエ、ジオは机の角に手を置いて紙を覗き見た。

「スライムというのはマニュアルが作られるほど簡単に討伐できるモンスター、もちろん油断は禁物だが他の冒険者が通りすがりに軽々と屠る事が多い。それに漬け込んで前金分を頂いて残りはあわよくば倒されているのをスイーパーが確認すれば報酬になるって算段でしょう」

「そんな緩み切ったクエストが出続けているんですか?」

「ここ、初級指定って書いてありますね? 星の数は難易度で五つに区切られているがこの指定が入ると一級冒険者かつ成り立てか二級に程遠いって意味になる」

「自分で決めるんですか?」

「このクエストは元々、冒険者になる前にお試しでも受けられる初級も初級のクエストで、他の街から来た冒険者も条件に合うと思えば受けられるようになってる。ギルドとしては自分の街の管轄外の冒険者は皆、初級に見えてもおかしくないのです」

「そんな、ルールがプルプルのプリンみたいなことあるんですか!」

「俺も一度クエストを取り下げるか初級指定を解除するかした方がいいと打診したが、この街ならではの制度でもあるらしく、街に冒険者が来るキッカケにはもってこいなんだと」

「それも一理あるのが悩ましいですね」

「仕方ないこともある。シュティエ、俺も同伴するから仕事に出ましょう。魔動車を出してくる、その間にこれを読んでおいてください」

 シュティエはフィルムに抑えられたスライム討伐マニュアルを手渡された。

「なになに」

『スライム討伐マニュアル

 ひとつ――不規則な動きをするため距離を取る。

 ふたつ――飛び、着地すると地面に張り付く。

 みっつ――地形を把握する。土壌なら五秒/硬質素材なら十数秒以内に仕留める』

「簡潔に書くなあ」

 スライムには種類がおり、色によって特性が分かれている。水色なら水分を多く含み毒性は無いが、赤色や緑色だと木の実や植物を主食に生存するため食事によって毒物を含んでいる場合がある。特殊な例であると透明なスライムがいて、珍しく空気中の成分を補給し浄化する良性のスライムも潜んでいる。

 シュティエが今回、クエスト達成の確認を行うのは水色のスライムで、イーツラノ川付近にはそれが多く生存し、水をたぶんに食すると下流に流れる水量が減ってしまうため処分の対処となっている。しかし数に制限が設けられており、水を浄化する作用も確認されているため、数を維持するために討伐依頼を出している。今の季節は雨量が多くスライムが大きくなり、増える時期であるため五十匹と報告されても多いとは思えない数字なのだ。

 彼女は小屋から出ると久しく光を浴びたように手で太陽を遮った。目をしょぼめた先にはジオが後部が開けた荷台なっている大型魔動車を傍に寄せている。

「便利な世の中になったな」

 二人はナンデソンナコト東端、イーツラノ川に到着して唖然とした。そこは山林に割って入った先にあり人の居住実態はないが、人工的に作られた芝の高水敷にはスライムが溢れかえっていた。

「集合体恐怖症の人には見せられたもんじゃないですね……げっ」

 天日干ししてフカフカに膨らんだ枕ほどの大きさがあるスライムが飛んで移動して、植物は押し潰され花の色は泥に汚れて見るに堪えない。驚くべきはその流量だ。恐らくはここ数日で蓄えられた上流の水が一気に流れ出たのだろう。森の建築家と称されるモンスター・バービービーバーのダムが意図せず破壊したのかもしれない。

「数が多い、これだとスライムとはいえ初級指定と呼べる難度でなくなってしまう」

「もも、もしかして」

 何かピンと来たのか、シュティエは青ざめた表情でジオを見上げた。震える手は彼の体幹に寄り、片方は口元からこぼれる言葉を微弱ながら抑えようとしている。

「あれ……私が倒すんですか」

「ここまで数が多いとクエストに出す以前に国として環境を保全しなければならない領域に達しています。それを冒険者に依頼するのがギルドの仕事ですが」ジオは魔動車の荷台から大きな短剣と小さな短剣を手に取った。「さあ」

「嫌です嫌です!」シュティエは涙をこぼし後ずさった。「普通に、モンスターですよ!」

「ええ、ですがこれは仕事です」

「私は受付嬢になりたくてギルド公務員になったんですよ!」

「受付嬢も要請がかかればスライムを討伐します」

「するわけないだろ、足組んでタバコ吹かしてたぞ!」

 納得のいかないのか地団駄を踏んだ、跡に溜まった一杯の水は小さな芽が出るのに役立つのだろう。

「マニュアルは読みましたね?」

「もう知らん、私はもう知らんぞ!」

 不憫な憐れな気の毒な、シュティエとジオは剣を構えた。

「まずは手本を見せます」

 ジオはスライムの群れから距離を取り目を凝らした。やがて飛んだスライムが着地した時、辺り一帯の大木の幹を両断しかねない一撃を放った。

 スライムは飛ぶとか着地した瞬間とか、そんなのはどうでもよくて、倒せればなんでもいいわけで、ジオはその通り、一撃で十数匹のスライムを一掃した。

「マニュアルは……?」

「次はシュティエの番!」

 仕方ない、と腹を括った彼女は及び腰。足の踏み場はできたと見える川沿いだが、スライムはごちゃついている。

「落ち着くんだ私……マニュアルは覚えた。覚えたことをやるのは得意なんだから。ひとつ――不規則な動きをするため距離を取る」

 シュティエは最も近いスライムから十メートルほど離れた位置で短剣を握りしめた。冷や汗でにじむ手のひらに力を込め、集中して気を待った。とうとうと流れる川のせせらぎが耳に届く。してスライムが飛び跳ねる。

「ふたつ――飛び、着地すると地面に張り付く」

 雲と重なるスライムを目で追いかけ、瞬時に着地点を見定めた。シュティエはフライボールを取る初心者がグローブをずっと構えるように短剣を頭上に振り上げた。棚の上にしまった扇風機をとるときに脚立が揺れるほどの振動が足に伝わると、スライム目掛けて走り出す。

「みっつ――地形を把握する。土壌なら五秒以内に仕留める!」

「おお、いい腕してるじゃないか!」

 ジオが感心するほどの剣筋は、押し付けるだけでは切れないという剣の本質を見抜いており、剣先は弧をえがき、剣身の全体でスライムを切り捌いた。

「やった」

 シュティエの肩の力が抜けたのもつかの間、一息つこうと踵をかえす準備が脳に伝わっていた。

「っなんだ!」

 巨漢が隠れるほどの影が彼らを襲う。無天の蒼穹。一斉に飛び跳ねたその場のスライムらで見上げる限りが埋め尽くされた。ジオは剣を握る力が遅れて、普段の持ち手からズレてしまった。

 逃げるしかない。ドラゴンの突進を受け止めたことのあるジオであったが、どうしても、どうしてもスライムの液体感だけは克服できなかった。シュティエにスライムの瓶詰め作業を手伝ってもらおうという隠れた算段の後ろめたさがとんぼ返りした。

「逃げるぞ、シュティエ……! どうした、どうしたんだ、構えて!」

 まるまると太った無慈悲な巨体は敵に背を見せて退避したが、振り返ってみる彼女は、まるで剣聖が宿ったかのように腰を低く、抜刀の姿勢を見せた。

 してシュティエは飛ぶ瞬間を見ていたのだろうか、ひとつ、距離を取り構え、ふたつ、まばらな着地の刹那を感じ取り、みっつ、無駄な所作を削ぎ落とした剣の亡霊は一秒に満たない刹那を演じる。

「何者だ……」

 たかがスライムと思わせる彼女の立ち居振る舞いは美を感じさせた。周囲のスライムは野垂れ死に、生き延びた種は川へ潜っていった。

 憑き物が取れた様のシュティエはおもむろに直立すると、逃げた姿勢で固まるジオに振り向いた。

「昔から剣術をね……少々」

「シュティエ、やるじゃねえか」ジオは固まっている。

「誰にもいわないでくださいよ!」

 大半のスライムをシュティエがかき集めて帰宅した。


 ギルドに帰宅した頃には日が沈んでいて、魔動車の荷台からスライムを詰めた瓶をジオが軽々下ろしていた。

「凄いわね、一日でこんなに?」

 ギルドのお姉さんは定時に帰るため準備を始めていた。正装から腕を抜いているところ、シュティエに歩み寄った。

「はい、あまりにも大量のスライムがいてジオさんが保護基準を上回っているからと」

「助かるわ。基準値を超える討伐依頼は特定の冒険者に頼むことになってるんだけど、これがまた高くて」

 ギルドのお姉さんは肩を竦めた。するとそこへ一人の冒険者がやってきた。

「ほら、言っただろ? スライムは重いから全部は運べなかったけど、これ俺が倒したやつだよ!」

「は?」

 シュティエが睨んだのは、見た目で判断されても仕方ないと過半数の人が答えるであろう悪い態度に悪い顔、悪い服装の悪い人だった。

「報酬! スライム五十匹分!」

 その冒険者はギルドのお姉さんに手を広げて何度もせびった。しかし嘘を見抜いていた二人は顔を見合わせると受付台に移動した。

「それでは冒険者カードをご提示ください」

「ほい」

「ギゼン、ですね」

「おいおい丁寧語はどうした、ギゼン様、じゃねえのか?」

「ギゼン、てめえにふさわしい名前だなあ!」

 ギルドのお姉さんは怒ると怖い。

「倒してないのは確認済み、冒険者カードは私の手に、お前の人生終わったな!」

「おい、何いってやがんだよ。俺が倒したに決まってるじゃねえか……」

「その子が、スイーパーが倒したんですけど!」

「逃げるが勝ち」冒険者は逃げた。

「ほい」シュティエは足をひっかけた。

 転んだ冒険者に影が迫った。

「おい兄ちゃん、てめえ、何した」ジオだ。

「へ……あ……すませ」

「よく聞こえないな、何しやがったんだ?」

「す、すみませ」

「スライムで顔洗うとな、張り付いて息ができなくなるんだよ」

「ひ」

「俺は昔、それで死にかけた」

「嘘吐きました!」

「冒険者の申告虚偽は冒険者カード停止処分で済みますが、国家反逆に問われると歩けなくなりますからね」

 ジオとギルドのお姉さんが冒険者を詰めるのをシュティエは眺めていた。

「初日なのにいい働きっぷりね」

 そういわれて、自分が何故ギルド公務員を志したのかを考え直した。

「シュティエ、怖い思いをさせてしまって申し訳ないです。スイーパーはこういうこともしていかなければなりませんから、再配属を希望するなら無理をしないでいってくださいね」

「ありがとうございます。でも、今は考えてないですよ」

 彼女は人のために生きたかったのだ。

「少しだけ、興味が湧きましたから」

 シュティエは笑顔を見せた。

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